自分なりの楽になり方 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

息子が保育園嫌がるけど


行けばいったで楽しんでいる


もちろん

「ママがいい」と言いながら

「保育園やだ」と騒いでから、保育園に行く


いまだに



でも

今日ふと思った


「息子はもしかして

潜在的にこの状況を楽しんでいるのかも?」


誤解があったら困るけど

私がただ感じただけのことですよ



「保育園に行かなきゃいけない状況」

「保育園行かなくてもいい状況」


もしかして

この二極を

楽しんでる?


いやいや


最初はそうは感じませんでしたよ


でもねえ

最近は「保育園行きたくない」といいつつ

いざ行く時間になると

にやっとして「自転車で行く~♪」と言って意気揚々


しかし教室につくと愚図るけどさ

でも、私がいなくなるとコロッと泣き止むらしい



でもねえ

ちゃんと「外の顔」と「うちの顔」使い分けてる姿を見ると

大人だねえと

思ったり



外の顔があるからこそ

うちの顔もあるのよねえと

その二極性も楽しいが


彼自身も

それをどうやら楽しんでいる可能性もあると


ふっと

今日家族でたの~しく遊んでるとき思ったんだよね



私は罪悪感を抱きやすいが

そう感じた時に

「あら?」と

罪悪感が薄れた



彼の体験の責任を私は背負いすぎ



彼は彼のしたい体験をしているのかもしれない



もちろんさみしい思いをさせたくはない

けど


ただ感じただけ

それだけ



自分が自分だけの感覚でいられない場合

こういう感じ方が妙にしっくり自分に働きかけてくる


不思議だよね



自分の感覚だけで盲目的に

「私がこうだからしょうがないでしょ?」と生きて

子供の気持ちをあんまり考えず割り切りのいい親って

あんまり自分を責めないで生きることができるから

楽だと思うけど


わたしは「そうじゃない」


だから

こうしてこういうふうに

パターンを感じることで楽になるのだ


めんどうくさいが


そういう今日でした



それにしても

息子が健康だと

本当にずっと一緒にいたいと思う



保育園なんていかせないでさ