息子は結局
朝には熱が下がった
嘘のように
私が息子の感覚に集中するのをやめた時から
もう
「回復する」ということは感じていた
夜中の自分
彼に集中して
不調に同調した自分
咳がとまらなかった30分
あのとき
私はもうずっと、このまま、ひどくなるのだと
確信に近く、その感覚に染まった
ところが
自分の肉体の感覚を戻した後には
もうそれはなかった
コロリと変化したのだ
精神的な変化
もう子供のことなんて
どうでもいいのだ
どうでもいいというか
なるようになるとうか
大事なのは自分なのだと気付いたのだ
今の自分の感覚
私は食べたいものがあっても我慢することがある
(誰でもそうだとおもう)
でも
たとえば冷蔵庫に入ってるあの牛肉のすき焼き煮が食べたいと思うとする
すると昼間に食べたいなと思っても
「いや、昼には我慢して、夕飯に取っておこう」とか
そんな風にしていた
(なんて地味なたとえ…
)
でも、今日は
食べたい時に食べた
「夕食の時には食べたいものは変わっているかも。そして我慢する必要なんてない」って
そう思った
うーん
くだらんけど
そんな感じ
私は自分を我慢させて欲望をマヒさせることがよくある
なぜならそれは
自分が常に自分の中にいないからだ
そして満足は自分の外にあると思い込んでいることも多いからだ
まあそんな感じで
我慢しないで自分に従えば
誰といてもつらくはない
誰といても邪魔されることはない
邪魔は誰もしていないことに気付けるのだと
そう思った
旦那は私のためにまあよく見せてくれるね
むかつくけど
それが助けになってる
本当に