最近、どーにもこーにもならないことがあります
それは
私がレジに並ぶと
そのレジで必ずといっていいほど
長く待つ羽目になるということ…
面倒なばあさんが、後ろに客がずらっと並んでるのわかってんのかないのか
服のタグを全部きってくれとか
普通袋に入れないものを「これもいれてくれ」とか
並んでる時間が長かったくせに会計始まってからやっと財布開けてカード探すとか
普通に仕事じゃなくてプライベートでも
同じような目にあうことも多い
特に最近
もうカンベンしてくれ…って感じ
なんでこの状況を引き込んだのか
ここに何か気づきがあるのねえ…
しっかし、見事なまでの
妨害ともいえる会計が長い人々たちよ
うまくっているときとか
それが気にならないときってのは
それがスムーズに行っているときだ
スムーズに行かなくなったとき
そのときのことを忘れちゃうのだ
大体気にかけ始めた時点で
もうスムーズに行かず
「あ、まただ」
「やっぱりまた!」と
経験を重ねていくことで
自分の中での思い込みを強化していく
でも
「私が行くレジはすいすい進む」という
暗示をかけて思い込んでいくことでこのことは解決しないぞ
解決しても根本的解決ではございません
まずは
待つこともすべて、そのときの流れのひとつ。
逆らわず気持ちに余裕をもって待つのだ~
と
長く待ってしまうシチュエイションを思い浮かべるのだ
まず
その効率の悪いレジ会計を待つことで
親の死に目に会えないわけではない
そのどーしようもないレジ会計を待つことで
お客さんが超怒るということではない
と
冷静になること、だ
でもそれって視点を変えるだけ…
む?
他にあるねえ
気持ちが「一秒でも早く『お会計』という目標を達成させたい」と
思っていると
お会計のことだけで頭がいっぱいになるし
手際の悪いレジ店員や空気が読めないばあさんが憎く見える
しかしこの
お会計目的
この私の人生でもいえるよね
たとえば
お会計を「就職」だとしたら
就職じゃなくて楽しく生きることが本来の目的なわけで
就職はそのための道具であり
飾りなわけで
どうでもいいのだ
会計も早く達成させるためにイライラとして、さっささっさ手際よくしても
達成に喜びなんてないのさ
ただ「あ、やらなきゃいけないことが終わった」と思うだけ
ただ楽しんで生きるのが目的なのに
目の前の状況に翻弄される
人間らしいけど
私の好きな『楽しさ』とは違うなあ
たかがレジ
されどレジ
私が創った状況だ
イラッとするのは
目的がホントの私自身のそれとずれるからかもね
…なんでずれるんだろ…
どんどん掘り込んでいくから
長くなるな