君も笑ってた 僕だってそうだった | AGAINST THE WALL

AGAINST THE WALL

わすれはしないよかこのきみはずっと おそれはしないぜみらいもぼくはずっと

◼︎渋谷駅のコンコースを朝の通勤の殺伐にまみれ歩いていた。

音楽も時代に淘汰されて、粉々に砕け散る。
今日は一番大好きな愛してやまないバンドのシングルリリース日だった。ネットを見ていたら、ラベル広告にでかでかと書かれていたから、頭の隅に残っていた。
デジタルダウンロードのみの販売らしい。
CDの販売は、無い。

昔のことを思い出す。ニューシングルのリリース日のこと。
サビ前だけラジオで解禁になったあの曲を、ラジカセを前に正座して、静かで寒い廊下で震えながら聴いた。
たった何十秒のその曲を聴いて、文字通り震えた。

それから、CDの発売が待ち遠しくて、新星堂で予約した紙を机に置いて、リリース日を楽しみに毎日を過ごしていた。
リリース日の前日はフラゲのために、学校が終わったらチャリに乗ってみんなでCDショップに駆け込んだ。
朝からみんなで狂喜乱舞して、リリースの喜びを分かち合った。
手に取ったシングルのCDはずっしりと重く、他のアーティストと並べられて飾られて置かれているのが信じられないぐらい、その場所だけ何か崇高なものとして輝いていた。
買うや否や、一目散に家に帰った。

ピリピリと包装を剥がす。
キズ一つないプラスチックのケースを開けると、
ピカピカの円盤があって、まずは歌詞カードをそっと取り出して、見る。

ひとつひとつの言葉がわたしの心をぎゅっと鷲掴みして、身体中の血液が熱くなって、鼓動が早くなって、涙がぶわっと溢れてきた。

あわてて、CDプレーヤーに丁寧にセットして、再生ボタンを押す。
静寂に息を呑み、音が鳴らされた瞬間、この時を待っていましたとばかりに、心も体もその曲の中に飲み込まれてしまう。

今でもはっきりと思い出せる夢のような感覚。



今日発売される曲は、
デジタルか、
と、落胆する自分がいた。
きっと、自分より少し後の世代は
なんの違和感もなく、あの頃の私のような感動でこの曲を聴くのだろうと思うと、
なんとなく聴く気になれず、会社に着いて、いつものようにタイムカードを押した。


転職することが決まったのは6月、転職は翌年の2月。
1年前に転職するのを申し出るのが当たり前だと、転職をしたこともない社長の息子が偉そうに私に言った。
今すぐに辞めたかったし、こいつの首をちょいと締めてやりたかったし、何度も会社の入ってるビルが爆破テロに巻き込まれる妄想をした。
直属の上司は余地なく死んで欲しかったし、退社の帰路で明日の仕事を憂いだ。

新卒で入社したのに、自分の全仕事のマニュアルを作らさせられて、十個以上歳上のおばさんに、パソコン教室を開くような感覚で引き継ぎをした。
無口な人で、何を考えてるのかさっぱり分からなかった。分かってるのか、分からないのか、全く分からず、何度も、大丈夫ですか?と確認すると、慌てて大丈夫です。と返された。
では、今日は自分でやってみてくださいと、投げると、そつなく作業をこなし、まあ自分がやっていた仕事なんて、まあここでの存在価値なんて、まあそんなものかと、少し悲しくなった。

兎にも角にも早くここから居なくなりたかった。

その日のお昼、シフトでお昼休憩に入っていて、一人で休憩室でご飯を食べた。
母親が心を込めて作ったお弁当を、一人でぼそぼそと食べるのをなんだか申し訳ない気持ちになる。

すぐ隣が、例の息子や社長やその奴隷どもの席で、全く面白くないクソみたいな話を盛り上げようとゴマを擦りまくり、上っ面みたいな笑い声が絶え間なく休憩室に響き渡り、より一層冷めた気持ちになった。



ふと、デジタルリリースになる、あの曲のことを思い出した。


響き渡る雑音をシャットアウトしたくて、聴いてみてもいいかという軽い気持ちで、タップひとつでダウンロードして、タップひとつで、その曲を再生した。



音楽が流れ出してすぐに動けなくなった。

バキバキに縛り付けられた心の鎖をゆっくりと解されている感覚に陥った。

とんでもない曲を再生してしまったと、
耳から入ってくる音が、身体中の血液に流れ込んで、循環して、響音し、涙が出た。

私が大好きで愛してやまないバンドが、変わらず大好きで愛してやまないバンドであったことを痛いほどに思い知った。

ゴミ溜めの社内で聴いてしまったことを心底後悔しながらも、何度も何度も再生して聴いた。
この場所だけが、何か特別な場所に思えて、会社であることを忘れそうになった。

スマホをぎゅっと握りしめて、
あの頃と変わりない気持ちで泣いた。

記念撮影を聴くたびに、
あの日のことを思い出す。

転職して引っ越しして自立して
成長して失敗して忘れて


でも、このバンドはずっと私の背中を支えててくれていて、わたしがそっぽむいてしまっても、その存在を無視することができないぐらいに大きなもだ

アルバムはCDをネットでフラゲしたけど、
ダウンロードでも普通に聴く
CDショップまで必死でチャリ漕いだあのころの私と一緒に再生を押す
このバンドは本質的なところがなんら変わっていないし、わたしも同じだ
良い意味で

これからもずっと繰り返していく色々の中で、このバンドがずっと私の背中を支えてくれればなぁと祈る、ポケットにしまえるようになった素晴らしい音楽たちにありがとうと思いながら、
新しい通勤路を急ぐ

そして今、想像じゃない未来に立って