「あるプレス工員の喜劇」
日本人の従業員が指をプレス機にもっていかれた。
町工場の従業員は九人。
日本人が僕を入れて三人、残り六人はイラン人だった。
怪我をした男は創業当初から、社長であるおじの下で働き、
そのほとんどの稼ぎを競馬につぎ込む、ひとり者だ。
「それでも悪い奴じゃない」
と、おじは言う。
高校を卒業して上京し、まったくド素人な僕の面倒を見てくれた。
ほんとうにいいひとなのだ。ギャンブルと酒さえなければ・・・
僕は六十歳になるその従業員を「定年」と親しみを込めて呼んだ。
事故は、定年にとって三度目だった。
定年には労働災害が適用され、左手の小指と薬指に相当とされる、
わずかな一時金を受け取った。
その一ヵ月後、定年は何事もなかったかのように同じ機械の前に立つ。
定年のそばにいると、いつもの焼酎の匂いがした。
作業中、僕は定年に向かって、プレス音に負けない大声で叫ぶ。
「どうせ保険金は焼酎に代わっちまったんだろ」と。
すると定年は振り返り、にっこりと笑って答える。
「金がなくなったら、今度はここだ」
定年は左手の残った唯一の中指を示してみせた。
(伝えたい社会部記者)
「どうなのかは未だ不明」
「愛している?」
どうだろうか・・・
「じゃぁ簡単に聞くけど、私のこと好き?」
何だよ、今さら。
「なら嫌いなの?」
嫌いなわけじゃないけど、嫌いなところもある。
「どういうこと?」
無条件で、いつも買い物袋を持たされることとか、
「男なんだからいいじゃない」
つまり、そういったとこ。
「じゃ、なぜ黙っているの? はっきり言えばいいじゃないの」
改まって言うまでのことでもないからね。
「それで、ふたりでいて楽しいの?」
どうかな、楽しい時もあるし楽しくない時もある。
「で、どうなのよ」
何が?
「だから、私のこと愛しているの?」
わからないな。キミはどう思う?
「あなたが考えること、私に分かるわけないじゃない」
彼女は手をテーブルにトンと突き、立ち上がると、
プンプンして出ていってしまった。
リビングに取り残された僕は、ぼんやり宙を見つめ、
何か、あったか。昨日は・・・
あっ!
と、僕は声をあげた。
すべては後の祭りか。
その日の午後、僕はすごすごとケーキ屋さんに自転車を走らせたのであった。
愛しているとは言えないけれど、
こんな不器用な愛が、地球上に一つくらい存在してもいいじゃん。
「ドッグフードにおける哲学的見地」
真理。
人間の使う言葉ほど曖昧なものはないのよ。
と、トイプードルのナナは言った。
ドッグフードを皿に開けた時である。
「というと?」
と、僕は屈みこみ尋ねる。
それは認識の問題。
彼女はドッグフードに背を向けながら答えた。
もし、あなたがピラミッドを見たことがなくて、
その知識もなかったとしましょう。
そしたら、ピラミッドは存在していましたか?
「知らないものは、わからないな」と僕。
ということは、そこに実在しているのに、
あなたが知らないということだけで存在ではなくなる。
そういうことではありませんか?
「なるほど、そうだ」
それが人間の言う真理です。
「キミの言うことはわかるけど、つまり何が言いたいのかな?」
僕はドッグフードの皿を差し出した。
彼女は鼻を鳴らすと、こう続けた。
つまり人間が知らないものは存在しないってことが、
人間の間違った価値観なの。
もし、そこに実在しているという事実があっても。
「実在ね」
事実は別にあるのに、己の価値観でしか物事を計ることができない。
それが宇宙とか、生命の起源ということになると、
物差しが足りなくなって、途端に話を放り投げる。
「それでも生きてはいけるよ」
その通り。でも、それでは石を積み上げたエジプト人の真意を知ることはできないし、
まして私はドックフードが嫌いで、あの夏祭りのときに食べた串焼肉が、
もう一度食べたいって気持ちは、
あなたには永遠にわからないわ。
「・・・なるほどね」


