ゴーイング・マイ・ウェイ | hello-candy-candyのおかりなブログ

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ひねもす土の音(オカリナ)の響きに興をもよおせど、しばし徒然なるままに由無し事を綴りけるなり。

 1日1曲ずつオカリナを演奏しています。

  今日の曲は「いとしのエリー」です。

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  マイ・ウェイの歌詞

 

今、船出が近づくこの時に、ふと佇み、私は振り返る
遠く旅して歩いた若い日よ、全て心の決めたままに
愛と涙と微笑みに溢れ、今思えば楽しい思い出よ
君に告げよう迷わずに行くことを、君の心の決めたままに
私には愛する歌があるから、信じたこの道を
私は行くだけだ、全ては心の決めたままに
  ~フランク・シナトラのマイ・ウェイより~
これまで何度も耳にしたけれど、気に留めることも無かっこの歌の歌詞にふと目がとまった。物事は何でもそうだが、こちらの意識の持ちようで、対象の印象が全く異なってくるものだ。そろそろ人生の終焉を想定すべき時期に差し掛かった。なるようにしかならないし、無理に準備せずともその時が来れば何とかなるだろう、くらいにしか思えないまま今日まで来てしまった。そう遠くはないその時が来ることを頭の片隅に入れておかなくては、と近頃は思ったりしている。

 

  なぜ「君の心の決めたままに」か?

 

閑話休題。この歌詞は、中島潤が日本語に訳し、布施明が歌ったものだ。歌詞の4行目の「君の心の決めたままに」にふと目が留まった。君とは、親友や私の人生をよく知る伴侶などを指していると思う。迷わずに行こうとしているのは私だから、ここは「私(自分)の心の決めたままに」だと思うのだが。英語の歌詞はどうなっているのかと思って調べてみたら、日本語の歌詞は逐語訳ではなく、大幅に意訳されているので対照できなかった。英語の得意な布施明が、奇異に思わなかったのだろうか?それとも私の解釈が間違っているのだろうか?

 

  流れのままに生きてきた人生

 

 私は幾つもあった自分の人生の岐路に立った時に、この歌のように何かを強く心に決めたという記憶はなく、むしろその正反対に、成り行き任せだったように思う。だから人生の終え方も多分そうなるだろう。希望が叶えば一瞬で逝ける死として、昔から漠然と飛行機事故死を思い描いている。

 妻と二人で搭乗している飛行機が、エンジントラブルで海上に不時着し、機体が徐々に沈没していく。志賀直哉の「暗夜行路」の終末のように。だが、先月、伊豆諸島沖で海上自衛隊のヘリコプター2機が訓練中に墜落し隊員8人のうち1人が死亡し、7人が行方不明になっているとのニュースを聞いた。現場海域の水深が、1万メートル以上と聞くと、浮遊する間の小説の描写とは違うリアルさに、それも怖くなった。

 



▼Myオカリナ演奏

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いとしのエリー