世間一般では給料日ですね… 私にはまだまだ先のお話ですが…

しかも体調不良でズル休みのような事をして、更には無謀な買い物までしてしまい

家計は火の車どころか、もはや火事場の残った柱のようになってます。

それでもなんとか生きていたりするから、これもまた人生ですね…


そんな心身共に寒々としてる最近は

もっぱら練習です。


以前、管楽器から弦楽器にスイッチされた方のお話で

「左手で音程が変わるのがなかなか身体に馴染まない」「エモーショナルに表現出来ない」

などと言われまして

久し振りに細かい練習をしていますと、両手のバランスは難しいですね。

特に指の使い方は、習慣していないとちぐはぐになってしまいます。


これがいい具合にマッチングすると、一音、一音がキレイに再生されます。

効果的な練習はテンポ、ベースのトーン、音色、エレベかシンベか それと録音された年代

これをバラバラにコピーしてコピーしてを繰り返す。

難しいけど、非常に効果的ですね。

オブリが沢山入ってる曲や、ほぼループっぽく構成されてる曲、バシバシに弾きまくってる曲、歌ものなど

何回も繰り返すと、自然に全部の弦を適度に循環していき

慣れたところでアドリブを入れると、非常に自分らしく弾けてる気がします。


で、このような個人的練習をしても本番で活用出来るのは、およそ三割ぐらいでしょう。


普通の方は七割ぐらいは活用されるて思いますが、私のトーンや音量やアプローチは特別なんで

かのような数字になってしまいます。故に、自宅での練習量は非常に長い時間を必要とします。

荒井由実時代の細野さんの、リアっぽいトーンとタイトなリズムのあとに

クリムゾンとかにいきますと、ギャップが激しくてたまらんです。

原曲のアレンジを崩さないようにさりげなく、Low-Bをゴーストさせたり、

オクターブ下でランさせたり、工夫したり失敗したりなど…


でも、最終的には歌メロをカバァーするような形になりやすいんで、このワンパターンも解消したいかなと。


近年の歌バンドサウンド、みんなベースが同じ様な音してますね。


ジャズベとサンズやら、60下ぐらいからグライコで山を作って、更にパラでミドルを盛り上げたり削ったり


低音傾向なんですかね。


最近、シビれるベーシストの出会いが減りましたがツボな歌詞の歌はちょいちょい出会ってます。

ここ最近は大塚愛女史の「ユメクイ」

家で弾いててオフパートのところやサビは、一緒に歌詞を口ずさんでしまいます。しかもかなり感情入れながら涙めで、ヨダレたらしながら…(^^;


この容姿でそれですから、客観的にみたらかなりヤバいです。

主観的には狙い通りですが(`∀´)/



人楽と音-090425_015020.JPG

まぁ、私…ちょっと音楽活動してる訳なんですが。


その際に、今使ってる楽器が、その音楽の非常に重要な部分を占めています。



非常に大雑把な言い方をすれば


この二本のベースが完全に楽器として使えなくなってしまったり、


自分の音楽創作意欲が消滅してしまったり


それが同時に起こってしまったら


自分と今のバンドの世界は消えてしまって、自分も愛してるこの楽器も


記憶や記録には残っても、死んでしまうんだろうなと


そんな事を思ってみた。



愛着ではなく、必要だからこの楽器を使う。この音が欲しいから使う。


そしてそこから音楽が生まれる。


ここでいう音楽とは、世間一般的なものではないので


音楽=特別な形の感情表現と受け取ってもらった方が判りやすい。



人楽と音

Pazzもユウさんもしゅうちゃんもマツザキもすべて


自分の所有物ではない。しかし


自分が音楽と生きるには欠かせないものだろう。



そして、そういう繋がりがもう少しだけ広がっていけば嬉しいと思う。



唯一無二


それが世界と自分とを結んでるものなんだろう。



人楽と音


人楽と音-玄関の名もしらない花


こちらに引っ越そうかと。。。ちょっと下見にきました。


敷金、礼金、いらないっすよね?