【忠誠編】清和会が濁和会になった理由 | 国政報告 おおさか佳巨 福島県[県中]の生活

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世の中に必要なものは必要になります。
例え、今は笑われてもです。
限界が来るものについては、捨てなければ生きていけないからです。

 

安倍派の裏金問題から始まり、続々と炎上しまくってきた政治とカネ問題。

 

本日の衆議院政治改革に関する特別委員会で与野党から法案が提出された。

 

●政治資金規正法の一部を改正する法律案(208国会衆49)

は、立憲民主党・無所属が208国会で提出したまま審議されてこなかった法案。

法案

 

●政治資金規正法の一部を改正する法律案(213国会衆13)

は、自由民主党・無所属の会が単独で提出しており、公明党との共同提出ではない。

法案

 

●政治資金規正法等の一部を改正する法律案(213国会衆14)

は、立憲民主党・無所属、国民民主党・無所属クラブ、有志の会の3会派共同提出。

法案

 

●政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案(208国会衆48)

も、立憲民主党・無所属が208国会で提出したまま審議されてこなかった法案。

法案

 

●政治資金パーティーの開催の禁止に関する法律案(213国会衆15)

は、立憲民主党・無所属の単独提出。

法案

 

●政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案(213国会衆16)

は、日本維新の会・教育無償化を実現する会の単独提出。

1.政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案(骨子).pdf
2.政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案法案.pdf
3.政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案新旧対照表.pdf
0.政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案(頭紙).pdf

 

●参考人出頭要求に関する件

では、23日と24日に提出者に対する質疑をした上で、来週27日に参考人に対する質疑を行うことについて与野党の国会対策委員長会談で決めている。

 

この日の委員会は、各会派からの法案説明のみであった。

 

ところで荒井広幸元参議院議員は、自民党復党前には、この清和会に属していたことがあり、なかでも三塚派を名乗っていた。

 

清和会は初代会長が福田赳夫元首相であり、継いで安倍晋太郎元外相、そして三代目が三塚博元蔵相であった。次に四代目の森喜朗元首相が会長になっても、荒井氏は三塚派を名乗ったという。この地味な三塚博という政治家についてなぜ尊敬しているのか、よく意味がわからなかった。同じ東北だからなのかなと思っていた。

 

だが、その意味は今ではよくわかる。

 

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清和会というのはそもそも、田中角栄の金権政治に対抗すべく自然発生した派閥のようである。

 

福田赳夫初代会長自身が金権腐敗を忌み嫌い、そして派閥というものはなくしていくべきだという考えから派閥ができてしまっていることがある。

 

だが、それは田中派に抗ってきたのだから、竹下派・小渕派・橋本派という系統とは一線を置くべき派閥であった。

 

清和会と名付けられたのは、東晋の元帝が詔で諸葛恢の統治を「政清人和(清廉な政治でおのずから人民を穏やかにした)」と称賛した故事による。今や全く真逆のことをしているのではないか?

 

竹下派・小渕派については清和会の小泉純一郎元首相がYKKとして利権・金権政治の派閥たるこれらに徹底的に抗戦してきた。だが森喜朗会長になってからは事情が変わっていき、いつのまにか小渕派・橋本派に与するように知らず知らずのうちになっていた。それによって森内閣も誕生し、そこから引き続き小泉内閣が生まれ、いつのまにか田中派・竹下派につながる派閥が自民党を支配する時代を終わらせていたのである。

 

福田赳夫初代会長が存命で森喜朗衆議院議員が若かりし頃、二人が乗車中、森氏は田中派が膨張していく姿を見て、「こちらもお金を配っていきましょう」と福田氏に言ったところ、福田氏は激怒して「車から降りろ」と言ったという。つまりは森喜朗会長時代から田中派踏襲の流れができて、政治とカネ問題では危ない橋を渡る体質ができたのではないかと思う。

 

つまり、三塚派から森派に変わった時が転換点であり、荒井氏は森氏についての悪口は言わないし、お世話になったことを感謝していた人であるが、派閥の体質として切り替わったのはその頃なのではないかと思う。森派以降、そういう忠誠を誓うような派閥になれば、福田赳夫初代会長の志なんてものは消えてしまう。荒井氏はそれを持っていたが、郵政民営化以来自民党を離れた。そうした福田魂につながるようなものが途絶えたのではなかろうか。三塚氏には森氏のような腹黒な部分がなかったから荒井氏は事務所に三塚氏の写真を架掛けていたのではないかと思う。

 

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野党はこぞって、森喜朗元首相の参考人招致や証人喚問を求めているが、それはもっともなことだろう。

 

そして最大派閥として君臨してきている清和会にただ従順に、言われた通りにしているだけの政治家がいまやなんと多いことか。

 

野党に政権を渡したらまたもっとひどいことになったという経験を忘れたのか?

 

自民党は森喜朗氏の出席を認めるべきである。

 

いつまでもすっとぼけたことを言っていれば、次の総選挙で必ず壊滅する。先に手を打てば生き残ることができる。それが嫌だという自民党政治家ばかりなら下野したところで仕方ないことだろう。そう考える自民党政治家もいるかもしれない。そうして野党に政権を渡していれば、ほとぼりが冷め、政治改革などしなくてもまた自民党政権の時代が来るだろうからなどと考えている輩もいるだろう。己の初志を思い出せ。そして嘘をついているのならば一挙に吐き出せ。それが人としての道だろう。