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僕的 絵学 絵の描き方 リクエスト募集

えっと、


僕的 絵学 絵の描き方のシリーズ


のアンケートというか、リクエスト募集です。


今回のしゃっほ―に挙げた絵で


ここの塗はどういう工程でやったの?ていう、質問があればピンポイント解説しようと思うのですけれど


何かあったらコメしてね。



僕的 絵学 絵の描き方 目次へ

だべり



「まぁ、



なんといいますか、

かんといいますか、

にゃんといいますか、

わんとはいいませんが、


月猫です。


どうも、こうも、みも、ふたも無いわけですが、


単にこの記事は私がだべってるだけで、何の意味もなく、

作者によれば、

ただただ、ため込んでいる月猫熱のはけ口という意味でしかないのですが、


小1Pほど、単純に語ってだべっていきたいと思うわけです。


え?テンションが低い?


低くもなりますとも。


正直なところ、今回のしゃっほ~において、月猫は、ノーギャラなわけですよ、ボランチ(注:ボランティアの事だと思います)なわけですよ。


いやね?


わるくないですよ。


月猫的に、KuRU/KuRUのAliceさんなんかとお仕事するのは割と楽しい部類ですよ。


今回そうでもなかったですけど、最初に会話劇をやった時 のはっちゃけぶりを見たら、そりゃーもう。


『ああ、さすが一作品背負うだけのヒロインだなぁ』とか。


『作りこんでるなぁ』とか。


まぁ、二つ目の感想は、ある意味二重の意味で的を得ているわけですが


結構感心しましたよ。


でもね?

でもですよ?


いや~、ッ今回のはないかなぁって。


何がって、まぁ、台本がです。

いえね?前回のは一方的にだらだらしゃべってほしいってことで

関西ローカルなみに、むちゃくちゃなスケジュールと、あってないような台本で好き勝手やらしてもらえたんですけど、今回はさすがにある種のキャラコメンタリー的要素があるわけじゃないですか?

あと、ついでに、キャラコメンタリーというのをはじめてやったのは西尾維新先生だそうです。すげー。

まぁ、そんなことはどうでもよいのですけれど


単純に、これ月猫がしゃべる必要ないと思うんですよね。ノーギャラだし。キャラあんまり出せなかったし。


で、いろいろ、暴走しようと思っていたら結局、萌え仏像のネタに困った作者がオチを付けるために私たちを起用しただけみたいになってですね――この扱いどうなんですかね?


いや、いいですよ?

お仕事ですもの。

そりゃー、正直精神崩壊起こすような、R-18指定、ゲー倫Z指定確実な、放送コードギリギリの糞グロ画像を見せられたって、月猫がんばりますよ。


ヒロインですもの。


でも、そもそも、今回私、コメンタリーしましたけど、やっぱり、私無関係じゃないですか?


新塵碕行のしゃっほーシリーズ(仮称:hinokiシリーズ)と、KuRU/KuRU Re;とは確かに関係があっても、


月猫の作品の月猫@HOMEとは、何の関係もないじゃないですかッ!?


しかもですねぇ。


問題は、今回の収録スケジュールですよ。


しゃっほー5って、みなさん、いつあったと思います?


そう、8月7日ですよ!!??


で、今回のコメンタリースケジュールなんですが――8月23日。


どういう意味かわかりますよね?


ついでに、スケジュールが押してこうなったんじゃないですよ?


はっきり、いいます。


前回のコメンタリー


明らかに

確信犯で


遅れやがったこの野郎ッッ!!


しゃっほーご参加の皆々様が、時間内に終わらせようと躍起になっている昨今ですよ。


必死で頑張っている皆々様に断りも入れずにですよ。


本編じゃないとはいえ、仮にもしゃっほー作品を名乗るキャラコメンタリーこと、あとがきにですねぇ、


これは、明らかな規約違反だッッ!!


と、月猫は言いたいのです。



いえね、みんな、やさしく見守っていただいて、それでいいじゃないかとは思いますよ。


新塵、本当に甘やかしてもらってんなぁ。とか、それはとても幸運なことですよ。



だからってやっぱりノーギャラはないじゃないですかねぇッ!??


え?


結局そっちの話に行くのかって?


当り前ですよ!

アタリキチャリキですよッ!!


月猫だって、仕事がありゃあそりゃ嬉しいし、月猫@HOME本編の主人公の正樹さんに比べれば幾分か待遇あってよかったねって


そりゃ、月猫本編が終ってからやってほしいってだけの話ですよ、そーですよ!


単なる愚痴が続きますよ、そりゃ、もう延々と。


だいたい、キャラコメンタリーでああだのこうだの私語っちゃってますが、基本KuRU/KuRUの設定なんて、台本読んで今回初めて知りましたから!!


ぶっちゃけ、知ったかぶりですよ。


そもそも、KuRU/KuRU Re; 本編読ます気ありませんって


それ言っちゃっていいんすかッ!?まじっすか!?あんた何でもありっすかッ!?


あれで、本編何があった書きになっちゃった人のもやもや感、最悪ですよ!

どうするんですか!?この始末!?


そもそも、プロット段階で一つKuRU/KuRUには、問題がありますよ。


プロットのページ数なんですが


あくまで、プロットですよ?


第一章=12P


第二章=23P


第三章=4P←ひでぇ


第四章=89P


て、この時点でおかしくないですか!?

89Pって、もはや、プロットじゃないですよ!

ワードのフォント10.5で書いてるのに、なんでそんな量になるんですか!?


第五章はそれより、随分少ないですけど、第六章(最終章)に関しては第四章に匹敵しますよ!


完成するわけないですよね!?明らかに企画倒れですよね!?てか、バランス悪ッ!?


ついでに、月猫は全二十八話までのすべてのプロットをかき集めたって4Pちょい!


月猫は、月猫の扱いに改善を要求します!


だいたい、このブログの『いつかは書くであろう』とかいう、タグは全部プロットなんですが


いったい、いつ書くつもりなのかと。


生み出されては、実現化されなかったキャラの怨念なめてませんか!?


お前本気でやる気あるんかぁ!!!」


と、いう、台本を現在読んでいます。

どうも、月猫ことみゃあですって、何ですかっ!?これ!!!

わたし、こんな愚痴ばっかりの読むんですか!?

いい加減、本編の仕事下さいよ!

はっちゃけますよ!月猫いつかのバトン なみに、がんばっちゃいますよ!?


もう、いつになるんですかぁああ!月猫本編んんッッ!!!

絵 しゃっほ5 萌え仏像降臨




新塵碕行の蒸れないブログ
「よんだかね?」


新塵碕行の蒸れないブログ
「あんた、まためんどくさいものよんだわね!!」






新塵碕行の蒸れないブログ
「ひぃ!ごめんなさい!メンドクサイものよんでごめんなさい!!」







新塵碕行の蒸れないブログ
「メンドクサイモノッッ!?」
「お前ら仏罰が下るぞ!!」



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「いえいえ、申し訳ありません。こちらの話ゆえ、大日如来様には無関係でございます。」(はやく、お帰りいただかないと、頼んでないのに救済されるわ)






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(なら、いい考えがあります。今回のしゃっほ―のお題で・・・・・)







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(なるほど・・・・)


「すみません、如来様。この度は、仏の皆様はみな、『萌え』になって頂いてのご参加なのです。

いわば、ドレスコートならぬ、『萌えコート』。お呼びして申し訳ありませんが、本日はお帰り下さい」




新塵碕行の蒸れないブログ
「そうか、そうであるか。では出なおそう。」


「「出直すッッ!?」」


◆ ◆ ◆


如来「しかし、萌えとはなんぞ?古代にはない概念。これはwikiらねば。

wikiなう。


むむむ


これは、面妖な。


ふむ、目が大きく、口は小さく、投身は低い。ほう、これが『なうい』というものか。


なるほど、笑顔も大事と、ふむふむ、制服萌え・・・・ほう、このような衣服。


あいわかった・・・・。


待っていろ、人間よ。今に救済しようぞ」


◆ ◆ ◆


A「ちょっと、あの仏!戻ってくるとか言ってたわよ!」


み「大変です!わけのわからない展開で救済という名の説教耐久レースに巻き込まれる前に、早く落ちをつけて、この会の記事を終わらなきゃ!」


A「なら、落としましょう。さっさと――って、急になにも思いつかなわ!!」


み「やもおえません。爆発落ちと、夢落ちどっちがいいですか!?」


A「漫画の神様に怒られたくないから、爆発落ちかしら――」


???「爆発とは、また安易よの」


み「そんなこと言ってられません。はやく、奴が返ってくる前に、ニトロ的落ちを―」


???「奴とは?」


A「あんた、今更、そんなもの――!!?」


???「遅くなってしまったな、人間。しかし、安心するがよい。さぁ――」



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如来「どうだ?萌えるか」


A・み「「おそかったか・・・・」」


如来「何?遅い?ならば――」



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「どうだ?速いか??」


A・み「「うっぜぇえええええ!!!!!」


如来「どうだ、人間よ!萌えるであろう?

言ってよいぞ?ほれ、言うがよい


萌えぇぇえぇえぇ!!!(≧▽≦)


と!!!」


A「やばい、一瞬意識が遠のきかけたわ」


み「何いってるんですか?ここは天国ですよ?」


A「猫はすでに手遅れか―彼岸のかなたね」


如来「ほら、抱きついてみぬか?かわゆいぞ?女子高生に大人気ぞ?ほれほれほれ」


A「・・・・・・プツッ―――」


如来「む?意識がないぞ、金髪?妖怪猫女は何やら目に見えぬものを追いかけ始めたか。


ふむ。


では、この場は私が仕切るとするか。


この度は、読了感謝!


これで、本当にしゃっほ~5

『萌え仏像・いろんな意味でヤバい制服萌え』

の課題も完了し、新塵碕行のしゃっほー記事を終えるようだ。


作者に変わり、厚く御礼申し上げる・・・・


と、


メリメリメリメリ(面の皮をはがす音)



新塵碕行の蒸れないブログ
どうも、正体は火葬された新塵碕行でございます。


いやいや、人は皆死ねば仏と言いますが、さすがに、新塵如来と名乗るわけにもいかず、大日如来様のお姿にコスプレして帰ってきました。


糞ヒロインどもにも、ひと泡吹かせました所で、新塵碕行は大満足でございます。


さて、この長い、文章をお読み頂きありがとうございます。


この場を借りて、皆様からコメント頂いた疑問に少し答えていこうと思います。



長い


→「はい、長いです。きっと言われると思っていました。ブログの小説において、特にしゃっほー記事おいて、いい形態ではないということは重々承知でやりました。

ですが、いいのです。

僕も、この規模のしゃっほ―記事を描けるのはこれが最後だと思います。

いよいよ、本格的にリアルが忙しくなってくるからです。


そのため、まぁ、思い出作りの意味も込めて、これからは絶対やれないであろう規模の物語を書きました。


作者の一方的な暴走でサーセン。しかし、悔いはない。


次回からは、絵のみになると思います。小説がついても記事一枚に収まる短いものでしょう。ご安心召され」



ら抜き言葉


→「ええと、とりあえずら抜き言葉の方がリズムが速いからです。口語体の方が、主人公の独白で進むこの文章からは始まり終わるこの物語にはちょうどいいというのもありますが、一番は、韻を踏んだり文章のリズムを止めるような所には『ら』をぬかしてもらっています。


どうしても『ら』をつけるとそこで視線が止まってしまうので


また、逆に視線を留めてほしい台詞や、文章にはちゃんと、らが入っていると思いますww まぁ上手くいっているかは別にして」


いづれ→「たんなる誤字です。ブラインドタッチで、『Z』って小指でおすじゃないですか?どうも、それが不器用でできないというか、ついつい、無意識のうちにDのほうを使って書いちゃうんですよね~、言い訳乙ですwww」


製作時間

→「次回、メイキング過程を記事にしようとおもってます。


とはいえ、データをとってないので、軽い説明だけになるとは思いますが。


ただ、この場でどのくらいかかったかと言えば


構想→2、3日というか78時間オール

設定・プロット→4時間


文章→四時間・・・以上?


絵・一枚目→「4~5時間(一日一時間くらい)

絵・小羽ちゃん→「5~6時間(一日一時間くらい)

ほかのは大体1~2時間くらい



動画→しゃっほー当日から作り始めて徹夜して、初回アップするまでの間。

死ぬかと思った。



という感じですw


こんな感じで質問には答えたかな。



それでは最後に ◆◆あとがき◆◆



実は、最後まで

小羽ちゃんが起こす奇跡で『夢咲香苗』を生き返らせるか悩みました。

それは、おそらくだれもが望むグッドエンドだろうと・・・。


けれど、僕にとってはそれは一番最悪なバッドエンドだったのです。


人は生まれたら必ず死にます。

理不尽であろうとそうでなかろうと死なない人間はおらず

また、壊れないものもない。

僕らに悠久というものがあったとしても、消して物質的な永遠ではないのです。


ですから、必ず、僕は好きな人との別離を経験することになるのです。


そのすべてを僕たちは悲しみ傷つき、それでも、生きなければならない。


残された人には、続きがあるのです。

正直、僕はついこの間まで、その続きが怖かった。


自分にどれだけの不幸が起ころうとも、人生の底辺に立つようなことがあっても、そこでバッドエンドになってゲームのように区切りよく終わってくれない現実の人生が怖かったのです。


人生詰んだと思った状態から、それでもゲームが続くとしたら、これほど苦しいものはない、しかもゲームを終わる方法は死ぬしかない。


そんなことを考えたら、何で続くんだ?と不安にならないでしょうか?

僕にはそれが恐ろしくこわかった、僕にとって終わった世界が永遠のように続くのが怖かった。


それが、今回、河合良太が経験した香苗ちゃんが死んでからの人生がまさにそれです。


惰性の様に生きている。胃がきりきりと痛むような苦しい毎日、それが永遠に続く、そんな恐怖にさいなまれ、自暴自棄になっていた河合良太。


けれど、彼はちゃんと出会えた。


真っ暗やみの中からいろんな人に出会う事で、心触れることで


彼は新しい幸福獲得の形を手に入れたのです。


どんなに絶望的な世界に見えても、ちゃんと幸福になる方法は、希望はすぐそばに逢ったのです。


ですが、絶望の淵に逢って、それを自力で気づくことは困難です。


人間の視界はせまい、「こうだとおもったら」もう、「それ以外は見えない」


二次元で見える円が、視点を三次元に変えれば球か円柱であるかわからないように。


暗闇に染まった人生に本当に幸せがないかどうかなんて言うのは、視点次第で一変する。ちょっと角度を変えてみるだけでこんなにも広い世界に生きていたのかと思えるようになる。


それに気づかしてくれる、人々に逢って彼はついに、本当の意味での人生の生き方を学びとって、不幸と愛する人の別離、その二つを広い視点から受容することができた。


さぁ、彼の人生において、本当の不幸とは何だったのでしょう?

本当の幸福とは何だったでしょう?


僕はこう思うのです。


彼にとっての幸福、それは、苦しみ喘ぎさまよい続け、不幸との接し方の答えを求め続け苦しんだ、その結果、人々の助けはあっても彼は答えにたどり着いた人生において

その苦しみ必死になっていた時期にあると、それを耐えられた事ヶ幸福であると。


そう思えば、尊いではないですか?

きっとその場では、


「もう勘弁してくれ」「つらい」「しんどい」「もう続くな」


と、呪いのように呟き続けた人生も、それ自体が尊いのです。

必死に生きていた証なのです。河合良太という人生は、あの苦しみがあったから、今日の河合良太なのです。


その苦労を、不幸を『香苗が生き返る事によって』嘘にするなんていうのは、何という不幸だろう?そうは思いませんか?


あれほど苦しんだのに、あれほど悩んだのに、それを嘘に変えてしまうような奇跡を、僕には書けなかったのです。


それは河合良太という物語を冒涜した事になりかねない。


仮に生き返ったとして、どうするというのか?

河合良太のように、愛する人を失った不幸を持っている人はたくさんいます。

そのすべての人に、ありもしない奇跡をまてと?

人は生き返らない、けれども、それでも強く前に一歩踏み出せる人の強さを人は持っている。そんな奇跡の方が、安易な蘇生(奇跡)よりも何倍も何百倍も価値のあることなのだと伝えたい。


人は必ず死にます、すぐそばにいる大切な人も必ず死にます。

突然の病気かもしれませんし、事故かもしれない。

その終わりは様々で、悔しくて悲しくてそれでもわれわれは生きて行かなくちゃいけない。


しかし、その別離があまりに不幸だからと言って、それに囚われてはいけません。

その愛する人に出会ったことにこそ感謝しようじゃないか。


そして、出会ったことに感謝して、その続きを歩こう。

人は出会ってであって、出会い続けて、その中でまた違う視点を持つことができる、そうしたらきっと気づくことができる。今まで不幸の物陰に隠れて見えなかった幸せの形が。


人は幸せになったもの勝ちです。


だから、不幸を追いかけるように生きるのではなく見送って、新しい幸福を手に入れよう、そしたら、今までの苦しみも産みの苦しみでしょう。

それ自体が尊いことに思えるはず。


そして、自分が死ぬその時に、わらって振り返ってやりましょう。

人生、不幸なこと山ほどあって幸せなことちょびっとしかなかったけど

それ全部ひっくるめて、俺の人生は最高だったぜと。


まぁ、そんな物語を描きたかった。


生きること、不幸も幸福もないまぜにして楽しいよって、そんな人生は嘘じゃないよって、尊くて苦しくて愛せるよって。


まぁ、そんな感じです。


以上、長文失礼。


終わってから一か月がたとうというのに、こんな記事あげてしまい申し訳ありませんでした。


そして


この度はまことにありがとうございました。
新塵碕行の蒸れないブログ

おまけ 魔法使い hinokiちゃん どうやら、魔王の影響で西洋魔術師になったようです。


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さぁて、これからたまりにたまったコメ返しだwww