小説 愛食家な彼女 7
現場の状態は、散散な状態だった。
この場合、散散は、『みじめ』という意味ではない。
物理的に、『ちりぢりにされている』という意味でだ。
四肢が切断されているのではなく、筋肉がそぎ落とされている。
それがところどころに散らばっていて、・・・・本当に散々。
いや、『みじめ』という意味も含めていいだろう。
この状態を、みじめと言わずしてなんという。
確かに・・・・・確かに・・・・・あの話を聞いた後では、それは食い散らかした後だ。
てんで冗談でも比喩でもなく、まさしくそうだ。
奥出警部(例の人間不信)が、野次馬の顔を写真で撮っておけと、指示している。
常軌を逸した殺人者のなかには、自分の犯した惨状を、一つの作品として、愛でる習性がある。
何か出来ずにいた人間が、人にできない事をした。
そう誇りに感じる習性がある。
野次馬を写真に収めるのは、ごくごく当たり前のこと。
けれど、今回はその写真に何の意味もないだろう。
普段、自分が食べ残したものを、わざわざ見に来る人間はいない。
この犯人はそうだ。
間違いなく、純真に、何の矛盾もなく人間を『餌』ととらえている。
野次馬だって、そいつにとっては、生ゴミをあさるからす程度にしか見えないだろう。
気にも止めない。
「高柳、今来たようだが、帰ってさっそく捜査会議を始める。下働け」
「え?ああ、はい」
俺は突然の呼びかけに驚きつつも、適当に相槌をうつ。
すると、奥出警部が、急に肩を寄せて、耳のそばでつぶやいた。
「言っとくが高柳」
「はぁ」
「捜査本部で、自分の持ってる情報を隠すのはやめろよ」
「あの、隠してませんよ?」
「ふん、自分が犯人捕まえたいからって嘘ついてんじゃねぇよ。そんなことしなくても、出世できるだろうが、エリートなんだから。それとも、ヒーローにでもなりたいのか?」
さすがにムカッと来た。
なんなんだ、こいつ。自分がエリートじゃないからってひがむなよ。
と、内心では思いつつ。
「俺はいつだって、警部のお役に立ちたいと思ってますよ」
と、心にもない事を言う。ああ、もう、最悪、一つ汚れた気分だ。
「はっ」
と、一言言ってから、奥出警部は、野次馬をかき分けていった。
鑑識、は、あたり一帯に痕跡がないかを、捜査している。
そのなかで、俺は一息・・・・すぅ・・・・と、息を吸い込む。
何となく、邪気を感じない。
無差別、でも個人的。
頭の中に思い描くような、映像はー。
『大好き』
・・・・・・・・。
◆ ◆ ◆
・・・・・・・・。
「高柳!」
その声で、意識が戻った。
ああ、そう。現在は捜査会議中。
当然ながら、事情聴取の内容を話す。
あわてて、立ち。その場でメモを確認。
大筋を伝える。
そして最後に・・・。
「被疑者は、犯人を女性だと言い、自分のナイフを使って被害者を食していたと」
当然、そんな出まかせ放っておけムード。
正直、俺だって言うのが恥ずかしかったよ。
まぁ、でも一応、人間不信が隠し事はするなというからな。
捜査会議は、大した情報も得られぬまま終わった。
それも結局、11時。
今日は帰って寝るか・・・・。
頭の中に、そんな事がふとよぎる。
どうせだからと、俺は犯行現場を立ち寄ることにした。
小説 愛食家な彼女 6
さて、事は急いだ方がよさそうだ。
自分も現場に行こう。
事件の情報自体は、捜査会議で得られるが、事件の空気は旬がある。
時を逃せば、風や他の雰囲気というやつに流され霧散する。
俺は、容疑者を拘置所に移送した後、すぐ様上着を着た。
スリムスーツは、もともと薄手であることが多いが、夏場の京都を歩くには少し暑い。
すぐに、そでを通すのをやめて、腕に抱える。
「お?なんだ?やる気じゃないか?君にしては珍しい。どうしたの?面白い話でも聞けた?」
藤本先輩は未だコーヒーを飲みながらにやにやする。
むしろ、テンションあがっているのは、先輩の方だろう。
無意識に、俺はそんな事を思うと警察手帳と、手錠の確認をした。
「そうじゃないですよ。始末書書くのに飽きてきただけです。それに、ほら、先輩も体を動かせって言ってたじゃないですか?」
「確かに、しかし熱中症には気を付けたまえよ。」
「そんなに外に出張りませんよ、さすがに。知ってるでしょ、俺はインドア派なんですよ。」
平刑事にインドア派なんてあってたまるか。それは税金泥棒のサボりと言うんだ。
そんな事を、藤本刑事は愚痴りながら、コーヒーをまた一口。
「そうじゃない、高柳啓司。私は、君が事件に熱中しすぎるなと言っただけだ。」
「なんですか?それ?鬼刑事藤本沙世の言葉とは思えないですよ。第一なんですか、人を犯罪狂の変人みたいに。おれはそんな趣味持ってませんよ。」
「そうじゃないさ。刑事っていうのは最前線だ。犯人を捕まえる可能性が一番あるのも刑事だが、犯人に殺される可能性が一番高いのも刑事だ。ルーキー、君には、その経験がまだないだろう?」
まぁ、確かに、警察に入って以来かかしていない、武道の修練も、正直言ってどこまで犯人に使えるのか、まだ分かっていない。そう言う大立ち回りはまだ経験したことがないから。けれど、逃げる判断だけは間違わない自信がある。そう言う『空気を読む』のは大の得意だ。
「せいぜい気をつけますよ。」
俺はそう言って、最後にかばんを持った。
領収書入れは、大丈夫。入ってる。
どうせなら、通勤費も捜査費で落ちないだろうか?
いや、それは、本当に税金泥棒だろう。そこは品格というやつだ。
俺は、扉をあけ、現場に向かった。
その時、残った藤本刑事が、にんまり笑って。
「何が、犯罪狂じゃない・・・だ、最高にイキイキしやがって。れっきとした変態だよ君は、・・・高柳。きっと君の初恋の人は殺人鬼だ。」
そんな事を一人呟いていたことは、後になっても知ることはない。
ただ、この時の藤本沙世の言葉は大方にして当たっていた。
鬼刑事の感というやつか・・・・。
いや、もっと単純な話だろう。
古今東西、いつの時代も、どの土地でもよく言われていることだ。
『女の感はよく当たる。』