蒸れないブログ -190ページ目

第三章 幸福在処 願 ―小説

「瑠璃社長、お願いがあるんです。」
私は、瑠璃社長の家に来ていました。
千里中央駅から降りて、モノレールに乗り換え、S駅で降りた向こう。
トンネルの向こう、ちょっときつい坂を上がって、今は枝を伸ばすだけの桜並木をぬけて、脇道に入り、道路を超えて長い長い下り坂を降りて行った先、道が平坦になってきた所にある、かわゆいお家に掲げられた看板。
瑠璃探偵社―副業情報屋―
瑠璃ちゃんの社長室には、大きなデスクが一つ、周りは難しそうな本で埋まった本棚で囲まれています。隣の部屋とのドアはなく、薄いカーテンで区切られた向こうには、給湯室になっています。
私は部屋の端っこにおかれた、たった一つだけの社員共用のデスクに荷物を置いて、瑠璃ちゃん社長の前に立ちます。
「めずらしいわね。小羽ちゃんがお願いなんて」
「依頼です。」
やけにあわてるわね・・・と、瑠璃社長は呟きます。
ごめんなさい、瑠璃社長・・・・世界が私に干渉できるようになってきた以上・・・・もう、時間がないんです。
「その分だと、自分が何者かわかったようね・・・」
「かすかにですけど・・・まだ思いだせないことの方がたくさんです。ただ、時間だけが足りない・・・です。・・・知ってたんですね?」
「ええ」
「流さんを閉じ込めていた結界―その中の時間が、外よりずいぶん遅いことも知っていた。」
「ええ、誠一さんが電話に出てくれるまで説明するのが大変だったわ。知恵さん。頭はいいはずなんだけど。あの人、女優に科学者、今は弁護士までやってるスーパーウーマンだもの」
だから、お父さんと、お母さんは、私が3日間もいなくても自然な対応だった。
私の状況を、瑠璃社長が説明してくれたから・・・・。
「いいわよ、なんでも話しなさいな。あなたは無料よ。」
「それは悪いです。何としても恩返しします。」
「知っているわ。でも、あなたの恩返しはきっと大きすぎて、対価としては釣り合わないですわ。」
私はゆっくりとお辞儀をします。
「瑠璃社長は、流さんの事をご存知でしたね」
「ええ、仮にも情報屋だもの」
「では流さんに関する情報をすべてください。特に、流さんのお家、弦候堂に関することを」
お茶を入れるわ、そこに居て・・・・。
そういって、瑠璃ちゃんは立ち上がりました。
しばらくして、ティーカップが二つ出てきます。
「ごめんね、イングリッシュブレークファーストしかないの」
「いえ、ありがとうございます。」
すっと、かるく、しかし深い味わいと香りが入ってきます。
じんわりと・・・・あたたかい。
「落ち着いた?」
「・・・はい・・・・」
不思議です・・・本当に、今までより凪のように穏やかな気持ち。
紅茶・・・・いえ、人の心ってすごいです。
本当に。
「あなたほどじゃないわ」
そうでしょうか?
「それじゃ、ちょっと教えてあげましょうか。」
お願いします。
お願いします。
瑠璃社長。


第三章 幸福在処 落ちた望み ―小説

「駄目です!」



帰路の途中。私は立ち止まりました。

立ち止まって突然叫ぶように言いました。

驚いた、流さんが振り返ります。


そんな悲しいのは駄目、悲しいのは嫌、あきらめは嫌です!


私は、流さんの手を取ります。

そのまま、流さんを引っ張って行きます。
早歩き、全速力。
流さん、帰るんです。あなたの思い出の場所に。


「おい!小羽!どこに連れて行くつもりなのだ!」

「役場です!役場で、流さんのお母さんとお父さんの行方を聞きます。」

「役場って、駄目だ。もう、五時すぎておる。」

「そんなに過ぎてないです。頼んだら大丈夫かもしれません。」

「おい、小羽―俺はもう!」

「いきましょう!」



そうして役場の前に来ました。
まだ明かりは灯っています。
人はいます。
私は、小さな階段をあがり、役場の入り口に立ちます。
ふと・・・流さんがついてきません。
振り返ると、流さんは俯いたまま階段の下で立ち尽くしていました。


「小羽・・・もういいよ。俺は・・・その・・・・」

「流さん、頑張ってみましょう?ね?」


私は、流さんと手をつなぎます。
流さんはしばらく、俯いたままでしたが。私の手を強く握り返し―


「うん」

と、そう言いました。



私たちは、役場の人に掛け合って―時間外と言うこともあり、なかなかうんと言ってはもらえませんでしたが・・・。
「いや、だから困るよ、本当に。もうコンピューターの電源落としちゃったし。」
「お願いします!この子の・・・流さんの親戚なんです」
私は深々と頭を下げます。ぎゅっと、手を握ります。
お願い、お願い、お願い。
役場の人はふぅとため息をついて、ふふっと笑うと。


「わかりました。負けたよ、お嬢さん」

と、最後にはやってくれることになりました。


「うん、弦候堂さんだったね。」
住民基本台帳ネットワークと、言うものらしいです。
国民、全員につけられた番号をもとに、その人の基本情報を『しーく』できるそうです。

「おぼえてるよ、大きなお屋敷もちだったからね」
そういって、コンピューターで探しだした先、出てきたのは・・・・。


「・・・・」
役場の人は、難しい顔をして黙りこんでしまいました。
「あの・・・・」



トントンと、しばらく机を指で叩きながら、考える役人さん。

そのあと、彼は違うところで検索を書けました。


住民基本台帳ネットワークに引っかからない・・・それは・・・・。

役人さんの手が止まりました。

すると、突然それを止め、「ごめんね」ともらしました。



弦候堂 藤
弦候堂 優衣
弦候堂 流

1995年、阪神淡路大震災にて
阪神高速道路神戸線倒壊に巻き込まれ・・・死亡。



「弦候堂ご一家は・・・もうこの世にはいない。」
それは絶望の音。

・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。


その光景が周りの人にはどう映ったでしょう?

駅のホーム、

・・待っていた電車はまだ来ない。
・・・・・本当に待っていた言葉はまだ来ない。
今は握った手が熱い。まだ、来ないでという自分がいる。
一刻も早く来てほしいと思う自分がいる。
月の日差しはこんなに明るく私たちを照らすのに、

私たちの頬は、こんなにも濡れている。

冬の高い空、あんなに遠くにある星は、私たちの瞳に映らない。


もっと下まで降りてきて・・・心と共に・・・・そう思う。
風はない、だから私たちは乾くこともなく瞳を濡らしていた。
向かいのホームの親子が歪んで滲んで遠くに消える。あんなに幸せそう。
親子が電車に乗って私たちの目の前からいなくなった後も、その悠遠さは途絶えることはありませんでした。
だから二人で泣いていました、顔をうつ伏せず、表情を変えず、声も出さず、私たちはひたすら二人で泣いたのです。ここでどちらかが崩れてしまったら・・・・きっと、もう幸せを探すことをやめてしまいそうだったから。
だから、私たちは必死に泣いたのです。
後少し、あと少しでいいから・・・電車に来ないでほしいと幽かに望みながら。


第三章 幸福在処 時間の檻 ―小説

静かに消えゆく日の光・・・

鳥の声は彼方へと飛び去り・・・

虫の音が聞こえて・・・・。


「・・・・」
つじつまが合わない、話。
5か月前に閉じ込められた流さん。
十三年以上前から朽ち果てた、流さんのお家。
家にいたという流さん。
いなくなったという科さん。

たぶん・・・どっちも嘘は言ってないと思います。
でも、それだと・・・どう言うことかさっぱりわからなくって。



「そう・・・か。そう言うことだったのか・・・なんだ・・・。」



流さんは、星空を見上げて言いました。



「なぁ、小羽・・・。もうやめよう。俺は、もう母を探すのをやめる。」
「どうしてですか!?」
その前に・・・。
と、ぺこりと、流さんが謝りました。
え?なんで、ですか?
「あのな、小羽・・・、小羽が倒れる前に、篠原殿と話がかみ合っていなかったであろ?」
「はい、たしかに、私は一日も休んでいなかったのに、カレンダーは3日分も進んでいました。」
「うん、たぶん今回の事はそれと同じことだ。

俺が閉じ込められていたあの結界には・・きっと時間の進行をゆがませる魔法が掛けられておったのだ。

具体的には、あの中の時間は極端に進行が遅い。

だから、一ヶ月間閉じ込められただけでも、外の世界では倍以上の時間が流れていたんだ。

十三年間も・・・たってしまったんだ。」


だから、あの中に入った私も、それと同じように、あの中で、一瞬のうちに五日間を過ごしてしまった。
どうりで授業が難しいわけです。
うう・・・いつも難しいと思っていたので気づきましぇんでしたけど。


「シナばぁに、俺が見えていなかったのも、おそらくは魔法だ。

つまり、母様は・・・・」


・・・


「そこまでして、俺に会いたくなかったんだなぁ・・・」



時間と言う、檻を使って俺を閉じ込めて・・・・二度と会わないように・・・・



「そんなこと・・・」
「そんな事あるよ、だってもう・・・それしか理由が思いつかない。」

私たちは、無言で歩いて行きました。

私たちは無言で、帰路につきました。


いえ・・・流さんにとっては、もう一生帰ることはできなくなり、

大事に持っていた『 』な記憶を捨て、

どこにも辿りつけなくなってしまったのかもしれません。



「駄目です!」



帰路の途中。私は立ち止まりました。
立ち止まって突然叫ぶように言いました。