第一章 自己消失 1-5 ビートルの中 ―小説
残念ながら、断られた。
いいあだ名だと思ったのだが・・。
「発想が中学生ですね。」
どちらかといえば、小学生でしょう。
「自覚がおありなのですか?」
驚かれた。それがはじめて見た弓端さんの表情だった。
弓端さんは鉄面皮というか、ともかく、口はまわっていて声色もころころ変わるが、表情というものが常に欠落している。
しかし、失礼な・・僕とて一般常識からかけ離れた人間ではないのだ。
まぁ、だからと言って常識のある人間とはいえないかもしれないけど。
僕らは、先ほどの喫茶店から場所を移して、現在弓端さんの車の中だ。
なんと、車はビートルだった。
ああ、このフォルム、カテゴリ的にはマーチなのに、かなり異彩。自分は車に詳しいほうではないが、基本かわいいが、おしゃれカツかっこよさが備わっている。
室内はあまり大きくないけど。
何しろ身長が175に届くていどの俺の頭がすれるのだ(まぁ髪型のせいもあるけど)。
座席を下にシフトさせるレバーかボタンはないかと、弓端さんに気を使わしてはまずいと、悟られぬようにもぞもぞと探そうとした。
「それにしても、ひどいと思いませんか?」
唐突な弓端さんの言葉に探った手の動きを止める。
―ひどい?ええと・・・・・
ああ、今回の殺人事件のことだろうか?
「いえ、それもそうですけど、あなたのことです。」
?
僕がひどい?
「私が話しかけた時、堂々と無視を決め込んだじゃないですか。」
・・・・
・・・・・いや、だって・・・
けど、弓端さんにだって責任はある。あの時の僕の対応は正当であったとの自負は変わらない。
「え、だってどうしていいか分からないじゃないですか・・・そんな瞬間『経験したことがない』んですもの。」
なるほど、弓端さんは、確かに根っからのお嬢様だし、美人だから、自分で声をかける必要もなく周りがいろいろしてくれていたのだろう。
こんな不器用なところも、美人がすればひそかな萌えポイントだ。
って、僕はどれだけ美人に甘いんだ。でも、これ性分なんだよね。
「しかし、僕のことはどうやって知ったんです?」
「ああ、ネット友達が紹介してくれたんです。ツカハラ ミユさん。」
「ああ、なるほど」
あいつ、ネットなんてやってたのか。
しかし、僕のことをそんな宣伝されても・・・・。
「ええ、彼女が、Aliceさんをご紹介してくれて。」
僕じゃないのかよッ!?
「そしたら、Aliceさんが、『私のご主人様のほうが適任だ』って」
かわいそうに、たらい回しか。
で、めぐり巡って僕のところに。
泣けてくる話だ・・・無論、僕が。
なんだその役所のたらいまわし現象?
最近じゃ入院拒否による救急車での市内病院巡りが問題になっているらしいが―こりゃたらいまわしにされた弓端さんも気の毒だが、最後にお櫃を受けることになった病院(俺)にとってもショックな出来事だな。
「あの・・・失礼ですがAliceさんとはどういう関係なんですか?」
どういう関係って・・・そう言われても・・・・。
僕は、どうともいえなかった。
僕とAliceは同居している。状況が状況だけにどう説明したって危ない方向にしか聞こえない。
その、状況と言うのが年齢と親公認でないという事実。
Aliceは現在、高校生。今の状況が学校に知れたらメンドクサイことになる―十分に不純異性交遊と捉えられる。
彼女は家出同然で飛び出し、俺の所に転がり込んできた。
色々あって、色々ありすぎて良くわからないが・・・とにかく同棲し始めてからもう大分経過した。
二人の関係はよくわからない―友人以上だろう、親友以上だろう、家族・・・?、
違うような気がする――?
ああ、もう、考えるのはストップだ、なしなし、中止。
しかし、僕とAliceの関係なんてなんで聞いてくるんだ?
目の前の弓端さんは、懐疑的な視線でこちらお見ている。
「女の子に、ご主人様と呼ばせるのは正常な関係じゃないと思います。はっきり言えば、『変態』です。」
ついに、言われた―まぁ、その反応は妥当だけど、完全に誤解だ。
Aliceが、ご主人様―と、僕を呼ぶことはまずない。
呼ばせた記憶もない。
あいつは、普段僕のことを『ひぃ君』と呼ぶし、あれの『遊び癖』はいつだって僕を困らせることに直結しているように邪推できるしろものだ。
今回のことも、僕が困っている様子を想像してニヤニヤしているに違いない。
「本当ですか?」
「ええ、本当です」
まだ、疑られている―ああ、目線が痛い。無表情なのがさらに凄味を出してる。
いや、待てー何か言い訳を!弁明の機会を!
―そう思って弓端さんのほうを見る。
その瞬間、弓端さんは首をかしげた―その意図は不明だが―無表情であることを除けば、そのしぐさが殺人的にかわいかった。
駄目だ―この人の前でうその笑みを出すことはできない
願いは通じたか、ほどなくして車は前に進行することを許され、弓端さんの視線は前方に移される。
「本当です、神に誓って」
「神は信じていません」
残念ながら弓端さんは無神党だった。
まぁ・・・・
僕だっているとは思ってないけどね
おのれ
アリス・レイス・ハピス。
あの、ロシア人とフランス人のハーフ。
何とも迷惑な話だ。
第一章 自己消失 1-4 やりやがったな魔法使い ―小説
目の前の美人さん、弓端(ゆみはし)御世(みよ)さんは、京都の旧家の生まれで、現在、独身(最重要情報)なのだそうだ。
直接聞いたのではないが、見たところ、B89・・ふむ、なるほど、実に興味深い、そしてウエストが・・ああ、いやそのくらいにしておこう。これ以上この路線で続けると、この愚痴を、カザトやミユに聞いてもらえなくなりそうだ。
愚痴はできるだけ多くの人に聞いてもらいたい。
で
とにかくその弓端さんは、その知り合いを相次いで無くしているらしい、そう、亡くしているのではなく、無くしているのだ。
しかも、予告つきで・・・。
彼女に毎夜のごとく手紙が届くらしいのだ。
―次は誰々が『無くなる』―
と
「どういうわけだかは、よくわかりません。知りたくもないし、知る必要もない。
私はタダ、予告を受けるだけ、しかも仲がいいともいえない、ただ近所に住んでいるというだけの知り合いを・・・」
弓端さんの声色は物悲しく、なのに感情を感じさせない・・・・。
彼女は顔をしかめることもしなければ、目をうつ伏せることもしない・・ただ、無表情につぶやいた。
それだけのように感じる
なんだろう?・・違和感。
無表情な口からもれる、変化にとんだ声色。人形に、人間の声を吹き込んだかのようだ。
一言で言うなら、芝居じみていた。それも、とんだ大根だ。
僕は、その違和感を放置し、話を続ける。
自分の知り合いが、予告付きで被害にあっている。
確かに不気味な話ではある・・・・。
しかし、無くなるといっても、亡くなっているわけではない―つまり、被害者は死亡していない。
そもそも、無くなるとは、どういう意味だ?なんの問題がある?
「あなたは、自分の形が保てなくなるほど無くしてしまった人間を見たことがありますか?」
・・・自我を。
「生理的には完全にいきています。
けど、ココロが死んでしまって。
自我がない。
植物状態と違って、脳波はあります。
完璧にどこからどう見ても、『科学的』には生きていますが、人として死んでいるのと変わりが無い。
魂がないといいましょうか・・・。」
ん?科学的にいきている?脳波はある?なら、思考はしてるって事?
「ええ、しています。生きる行動はとっています。けど、死んでるんです。」
うーん、よくわからない。人間は、脳波が一定過ぎても病的だ。
それを科学が病的と呼ぶ。
けど、そこまで綿密な科学をもってしても病的とならない状態。
うぅうぅ・・よくわからないが、それって精神病の一種じゃないのだろうか?
良い精神科医を教えてあげるべきだろうか?
ただし『宇宙最強の(ぶっ飛んでる)』。
「いえ、精神科医やセラピストではどうしようもありません。何しろ空っぽなんですから。無いものを治療しようにも治療しようがありません。」
そういって、弓端さんは、携帯電話を取り出した。
メルアド交換か?
いいね。タダでさえ5件しか入っていない携帯電話の電話帳にこんな美人が加わるなら最高だ。
弓端さんは、携帯電話のディスプレイをこちらに向けてきた。
ムービー?
「きゃ、お父さん。なんで人の携帯で動画とってるの?やめてよ。それより、せっかく海に着たんだから、お父さんも泳いだら?」
映し出された映像は―眩しいほどの夏の日差し、さざ波の音と共に広がるどこだか分らない青くて澄んだ海―白いビキニ姿と、透き通るような白い肌が眩き太陽光で燦然と輝く、微笑む美しき少女・・・・。
「・・・・」
キャラ違うくないってのもあるけど・・・その前に
水着姿の弓端さん、ご馳走様でした!
でも、これが何だというのだろう。ていうか、うらやましいですお父さん。
「間違いました」
そういって、弓端さんは何事もなかったかのように、次のムービーを見せた。
次は着替えシーンなどが望ましい。
「・・・・・」
ああ、ああ、あああああ・・・ああなるほど・・
なんだこりゃ?
そこに映し出されたのは病室で『溶けている』被害者の姿だ。
◆ ◆ ◆
その被害者の姿を見て医者は治療をあきらめた。
あきらめざる負えなかった。
バイタルサインは正常だ。
血圧も
体温も
呼吸も
脈拍も・・・・
どうなっている―ありえない・・・・。
骨が融解する病気はいくらでもある。
多発性骨髄腫やそんなものを持ち出すまでもなく、老人になれば骨密度は低くなる。
だが、骨が融解しても、骨格は残る。
骨はもろくなるが、液状になることはないのだ。
液状になっているのは何も骨だけでない。
皮膚組織も、臓器も、すべてが液状化を始めている。
それなのに、それなのになぜ・・・・
何故、生きている?
なぜバイタルが正常なんだ?
なぜ血圧を保てる?
なぜ体温が保てる?
なぜ呼吸ができるんだ?
脈拍がなぜある?いや、何故とれる?
骨は骨格を作り上げているだけと考えている人は多いが、それは大いに違う。
骨の中の長管骨に類するような、大腿骨などの大きな骨は血液を作り出している。
その精製所が溶け出せば、赤血球の数も変わるはずなのに、異常はない。
血管が液状化していては、収縮も拡張もできない。当然血圧も保てない。
明らかに気道が閉塞している、肺胞が液状化している、呼吸など不可能だ。
脈だと?心臓の形すら保っていないのに?
だというのに目の前の患者は生きている。
ありえないーエビデンスなど成り立つはずもない。
ただ異常があるのは・・・いや、『逆に異常がないのは』・・・反応がないこと。
脳波はあるが反応はない。
それだけだ。
だが、それも反応できないのかしていないのかさえ分からない。
彼は、苦し紛れに呟くしかなかったのだ。
「こんなもの・・・・病気じゃない」
◆ ◆ ◆
なるほど、科学の範疇ではない。科学ではここまでの異常は起こらない。いや、科学の範疇でおきうる現象は、どんな突飛なこととはいえ、正常なのだ。尋常なのだ。
やりやがったな、魔法使い。
みなが知っての通り、この世の中には科学があるように魔法がある。
と、いうと・・・多くの人はどう思うだろうか。
誇大妄想狂がありもしない常識を語りだしたと思うだろうか?
それとも、非常に優しく夢見がちな人間として扱ってくれるだろうか?
そうではない。そうではないのだ。
この世界には、科学では説明がつかないことがたくさんある。
これは間違いのない話だろう。
その中には、いまだ説明がついていないものと、けして説明のつかないものがあるのだ。
『いまだ説明がつかないこと』というのは、
現状の科学、そのメカニズムでは説明はつかないが、その延長線上にある将来の科学でなら説明のできること。
そして、
『けして説明がつかないこと』、
それは科学というメカニズム、システムそれら一切合切、未来においても過去においても説明のつかないことである。
なぜ、説明がつかないか?
簡単だ。この世を成り立たせている世界の法則が、科学だけではないからである。その絶対法則こそ、過去から連綿と伝わる神の秘法、『魔法』なのである。
その絶対法則を操る知識を持つ人間を魔法使いと呼ぶ。
なるほど、これは確かに、僕に話がまわってきてもおかしくない。
僕は、けして『魔法使い』ではないが、
『科学使い』ですらないが、・・・・
うん・・・『芸風』が似ている。
「そして、二日前に新しく手紙が届きました」
すっと、出された紙には・・・・
―キョウカラ五日以内ニ迎エニ参リマス。オ嬢サマ―
「どうですか?私の護衛のために3日間、空けてもらえますか?」
弓端さんは、なんということはなく言う。
ええ、そりゃもう、美人ですから。
「その前に、ひとつ質問があります。大事なことです。真剣に答えてください」
はい、と彼女は言う。
「呼び方は、みぃちゃんでかまいませんね?」
第一章 自己消失 1-3 京都府京都市京都駅大階段 ―小説
率直に言うと、これは単なる僕の愚痴にすぎないと言うのが真っ当で正当で確固たるこの話の筋だ。
愚痴であるのだから、
自分の好きなように語り、
好きなように絶望し、
好きなように怒り、
好きなようにこの話をおえてしまうのだが、
それは僕の愚痴を聞く気になったあなた様の好奇心、
もしくはそれにも満たない暇つぶしの都合あわせに付き合う僕のことを思えば、
不愉快に思うことなく、最後まで僕の愚痴に付き合うのが筋だろう。
曲りなりにも、僕たちはもう知り合いなのだから、そしてよければ友達なれるかもしれないのだから。
2008年12月11日
現在の年度、日日は今にいたり。11月末ほどから気が狂ったように開催されるクリスマスの陽気。
誰もかれもが何かに追われるように、その行事に向かって進行していき、一つの経済効果をもたらしている。
休日を増やして経済効果をあげようとか、
インドア派である僕に対しなんの結果も生み出せないようなことをするくらいならば、祝日を増やすより、こういった大規模なイベントを一つこさえた方がどう考えても経済効果はあるだろう。
イベントなんてそうそう作れるものではないが、それを考えれば東京マラソンとはなかなかよい発想だったと僕は思う。
大都会に変貌を遂げた奈良とは、対照的に東京の機能集中が緩和されてからは一大イベントになってしまった。
とはいっても、こうして冬の空を店内から何とはなしに観察しているうちは、外を走ろうなんて発想は到底考え付かない。
今日も、京都は寒かった。
夏になれば、京都は盆地と言う地形効果を得て、湿気を帯びた空前絶後の蒸し暑さを発揮するが、だからと言って冬の寒さがその暑さの数分の一でもわけ与えられるかと言えば、答えはNO。
残念ながら、神様も超自然もコンクリートで舗装されたこの大地も、京都に無数に存在する寺社仏閣の類に祭られたお偉い存在とやらもそこまで人間にやさしくするつもりはさらさらないらしい。
せめて、雪が降れば・・・・と思うこともあるが―降ったら降ったで文句を付けそうな自分が目に浮かんですぐにその妄想をやめた。
ふと財布の中身を確認する―こちらは、冬の寒さを通り過ぎて氷河期だ。
どこぞの若いもんのわがままを聞いてしまったのが運のつきかもしれない。
レールの上を車輪がガタンゴトンと揺れる音がどこからか聞こえる。
それもそのはず、
ここは駅の中の喫茶店なのだから当然だ。
京阪電車からJRまでぞろぞろ紐でも付けて引っ張ってるのかと思うほどに集中してここには電車がやってくる。
さすがに天下に名高い京都駅―奈良に特区ができてからはその勢いたるやすごいものだ。
大階段を駆け上がる少年が、ついに僕の目線に到達して息を切らして立ち止まった。
さて
京都府京都市京都駅内に存在する大階段を建物にして三階分だけあがったところから入れる喫茶店、そこから話は始まる。
「3日間、私の護衛をしてくださいますか?」
「ちょっとそこのあなた!」
と、声をかけられるというよりは怒鳴られるようにこちら向かって発せられたその言霊。
自分の落ち度の所在を探し、逡巡するも答えは出ることはなく、ただ、茫然としているところに
その女性は、さも当然のように対面の椅子に座って―相席してまた唐突に出てきた台詞がそれだった。
ただただ解せない。
この場合、その突然の提案を受けるか受けないかが問題ではないく―
その女性が、まったくの初対面だったことが問題だった。
◆ ◆ ◆
唐突に出会ってしまった奇人に、精神障害か何かの診断を勝手につけて納得のいく理由を自分に言い聞かせば、次いで対処を模索しなければならない。
とりあえず導き出した模範行動は
―よし、無視しよう。
だった。
「無視をしてはいけません。それを私は許しません。まぁ、いいでしょう。無視してもいいから、私の話を聞いていなさい。」
器用な・・・一文の間にころころ意見が変わり、最終的には要求まで付け加えてきた。
本当になんなんだ?無視をするなといったり、いわなかったり。
僕は、頬杖をついて空いた手で、ストローを持ち、目の前におかれたコーヒーフロートに渦を作った。
その僕のまるで興味がありませんという様子を見ることなく、目の前の人物は語りかける。
はぁ、・・・最近思う・・・・。
近頃人はやんでいる。病み過ぎている。
アニメの世界ですらヤンデレが流行するくらいに、この世界は『病んでいる』という事を一般化しすぎてしまったのではないだろうか、少なくとも、珍しくないがために、大衆レベルで受け入れる器が出来上がってしまったことは、人類として喜ばしくも、悲しいことではないだろうか?―やや、話を広げすぎか。
昔から「ちょっと変わった人が多い」と、世間一般で言われる関西圏だし、僕もそれを面白がってはいたがそういう変り者が実際に実害を僕に与えること事態はご遠慮願いたい。
「あなた、この世界ではものすごく有名な人らしいですね。ええ、そうです。この世界というのはもちろん、厄介ごとと狂気と血にまみれた世界です。すなわち、ここ『異界(いかい)』、京都です。まぁ、それでも青森ほどではありませんが。ここも相当そういう異常にどっぷりつかったといっていいでしょう。」
しかし、本当に一人で話し始めているよ・・面倒な人だなぁ。
こうなって来るとさすがに、ちょっと気分が落ち着かなくなってくる。
俄然無視を決め込んでいるからと言って、僕の前で仁王立ちした(いや、実際には座っているのだけど態度的にはそれ以上だ)人が延々と『異界』だの、『狂気』だのを語っているのだ。
なんていうか、ストレスだ。
ストローから手を離し、同じく、コーヒーフロートのグラスに浸かったアイス用のスプーンを手に取る。
しかし、ここのコーヒーフロートのアイス小さいなぁ。
僕としては、コーヒーが苦い分甘いアイスは多いほうがいいのだ。
なにせ、ぼくは苦いのが苦手だ。ていうか、嫌いなのだ。
じゃぁ、コーヒーフロートを頼むべきではないと思うだろう?
いやいや、わからないかな・・この苦いのが嫌いというのが、もっとも飲むに値する要因なのだ。
嫌いなものを克服して、コーヒーを飲んでいる自分を顧みて、悦に浸るという。
何っていうか、おれかっこいい・・・みたいな。当然、アイスクリームが浮かんでいるのだから、別に克服したわけでもなんでもないのだが・・。
だからと言って、これは僕にとっては英断に違いないのだ。
困難を目の前にして、多少まっすぐにではないかもしれないが、逃げずに踏みとどまり前に進もうと挑戦する意欲こそが重要なのだ。
そして、その意欲こそが味覚に新たな境地を齎す。そこには筆舌しがたい多幸感と達成感が存在する、その上でコーヒーフロートのアイスクリームはやっぱ甘い!
僕ほどの男となると、もはや味覚には既存の物理的な調味では足らない、感情さえもそれに加えてこそ―。
「ご紹介してくれた方は、あなたがこういうことに、常日頃から関っている。変わり者だと仰っていた訳です。私にはあなたのほかに頼る当てもない。聞けば、イェルサレムに巣食うあの集団を一人で撃退したと・・・武力も、財力も、人力も使わず。それは驚異的な話でしょう?まぁ、私は、その話をまったく信じてはいないのですけれど。だって、あなた、どこからどう見ても凡夫以外の何者でもないのですもの。」
僕は、こういった食し方を心的嗜好と名づけている。
きっと、専門用語があるのだろうが、あいにく僕は、心理学者や精神論者、ましてや宗教家や、精神科医といった『科学使い』の連中とは違うので門外漢だ。
しったこっちゃねぇや。
名言だね・・。いい言葉だよなぁ。
おっと、そういえば、一緒に頼んでいたケーキがまだ来ないな。苦いものは嫌いだが、甘い物は大好きだ。実のところ和菓子のほうが大好きなのだが、残念だがこの喫茶店にはそういったものは置いていない。まったく、何のために京都に住んでいると思っているんだ。
おっ、やっと来た。
「しかしながら、どうしようもないということです。だってすでに人が5人死んでいますから、四の五の言っていられません。まったく、困ったものです。だからこそあなたの協力が必要というわけです。安心してください。当然タダ働きなどさせませんわ。私はこれでもお金には困っていません。ええ、働かなくてもいいくらいに。働いているのは、単なる長すぎる人生の暇つぶしです。」
あちゃー、スポンジとスポンジの間にオレンジ系の果物が挟んであるよ。余計なことするなぁ。ショートケーキはイチゴ以外は不純物だよ。そう、その他一切が不純物。
とはいっても、このクリームの甘さが激あまでなくては、そのイチゴの酸味は何の意味も持たないがね。酸味と糖分のバランスをわからずして甘党のカタルシスは語れないのだ。・・・いや、うまく返しては、いないけどさ。
でもぼくにとっては結構重大問題だ。
想像してもらいたい、このショートケーキのスポンジとクリームの層を地層に例えたとしよう
するとだ
まずあえて、見た眼から語らせてもらうけどイチゴだけのショートケーキだとどうなるか?
そうだな、まるで今のクリスマスシーズンを現したかのような不在ある佇まい―、スポンジと言う地層の間に赤いルビーが眠っていて、その上に雪が積もってるように見えるよな?
え?
ありえない?
そんなわけあるかッ!!!
けしてサンタさんが真冬の寒さの中、急に心臓がいかれて倒れた後、土を被せてみなかったことにして、放置してたらまた雪が積もって、またサンタさんがぶっ倒れたようにみえたりするとか、そんな無限鬼畜スパイラルなこと考えてたりしないよな!?子供の夢は大切にしようよ。
一方オレンジと言った不純物が入っていたとすると―。
ズダンっ!
唐突にテーブルが大きくたたかれた。
「あなたっ!本当に無視していませんっ!!!!!?」
無視していいって言ったじゃん。驚いてケーキを食べる集中力が途切れてしまったじゃないか?どうしてくれる、この尼。
怒りの中目の前の奇人を睨みつける。
とたん―持っていた憤慨は一瞬にして霧散。
心の中で呆けてしまう・・・・
いや・・・見惚れてしまっていた。
少し背筋がぞくぞくした―目が離せなくなってしまっていた。
正直、はじめて、この奇人の・・・・彼女の全体像を認識した。
まさか、あ・・・・、いや、美人だったとは・・・。
背は165センチくらい、女性としては高いほうだろうか?
―いや、きっと最近ではそうでもないかもしれない。
肩にかかるほど伸ばした黒髪に、凛とした顔つき、年は20くらいか・・・若いなぁ。
着ている和服の影響だろうか、なんとなく、大和撫子といった感じだ。
まるで、人形のような整いすぎた佇まい。
瞳は大きくも、目つきはきつく僕を見つめている。
なんてこった。
僕は今まで、こんな美人の話を無視していたのか。これは大いなる罪だ。罪悪に違いない。
ぼくは、甘党であると同時に面食いでもあるのだ。
さて、どうしよう。
ここは軽く弁解しておこうか。
スイマセン・・キイテマセンデシタ。BYソフトバンク家族のお兄ちゃん
いや、地雷だな。多分。
とにかく、話を聞いてみよう。