リメイク版『ペリュトンの事 —自在証明ー』 お試し版
~自在証明~
2006年1月23日
大安 月齢24
東豊町(とうほうちょう)には予言者がいる。
これ以上無い陳腐な内容の噂、とはいえ火の無いところに煙は立たず、それはある意味事実ではあったのだ。だからといって、その予言者をキリストやモーセのように祭り上げようとする者は誰もいなかったのだけれど。
結局のところ、それは現代において予言と言う物がありふれていて、その価値が俗物的なレベルにまで零落してしまったからだろう。もはや現代人にとって予言は神秘性を感じる物ではないし、それらの物がどういった物であるか無意識に周知されているのだ。
例えば、天気予報などがわかりやすい例だ。
一週間後の天気さえ高確率で言い当てる天気予報は、最もありふれた予言の一つだ。太古の人間ならばそれこそ神秘の産物だったであろう。しかし、我々はそれをごく当たり前に受け入れているし、そこに神秘(ふしぎ)を感じない。それは、結局のところ天気予報なるものの正体を知っているからだ。天気予報は神秘でもなんでもない。莫大な統計データ。気象衛星による地球規模でのリアルタイム情報に、全国に点在する気圧、湿度の測定施設。隙間無く測量された地形データ、それら全ての情報と気象学のアルゴリズムから算定される大気の流れ。全てはあるべくしてあり、起こるべきして起こる『科学』の器をはみでないデータに裏打ちされた未来予測(計算結果)。
それは則ち、『常識』であり、ビルから落としたリンゴの行方を誰もが言い当てられる事と道義なのである。そこから考えれば、極論あらゆる予言は知識と情報次第で、いくらでも可能だ。そんな大げさな話をしなくたって、明日を夢見て生きていない人間はいないし、夏場に大雨が降った年に「今年の秋の野菜は高騰するかも」と未来視(そうぞう)しない主婦はいまい。
もし、そんなありふれたものに神秘に感じる事があるならばそれは、そう感じた人がその仕組みを知らない情報弱者であるが故であろう。卜占の類いはコレをネタにしたパフォーマンスであり、知っている人間が知らない人間を驚かす―なんてありふれた日常に雰囲気を与えておもしろがらせるエンターテイメントなのである、
ならば、予言者と呼ばれるその人物も一種の実演家(パフォーマー)にちがいない。本人もそれを自認しているし、政府(まわり)もそれを自覚し、だからこそ情報源として信頼している。
当然だ。
極論、あらゆる予言は知識と情報しだいで可能となる―逆説的に人に出来ない予言が出来ると言う事は、人の知らない情報を持っていると言う事なのだから。
―予言者(彼女)は、我々の知らない事実を知っている。
だからこそ、この予言者が同時に情報屋と呼ばれる事も、その情報を集める探偵業を行う事もごくごく自然な、そして当たり前の着地点(未来予測)だったに違いない。
霧宮探偵事務所
と掲げられたその看板は、山の上にある閑静な住宅街にひっそりと掛けられていた。
◆
◆ ◆
外気は冷やかに、宙の天蓋には重厚い雲海が浮遊う。
乾いた土瀝青(アスファルト)の上をコツコツと木組み靴底が律動(リズム)を刻みタップする。
霧宮探偵事務所(もくてき)の場所までは長く急な坂道の連続ではあるが、大槻 キコア(僕)にとっては問題ではなかった。この辺りの町並みは花香る春でなくとも散歩するには重畳(ちょうじょう)だ。クリスマスが過ぎてもなお町内ぐるみの電飾合戦が展開されている事もあり、この季節、暗いうちこそこの街は華やかだ。
曰く―神戸の行事(イベント)にちなんで東豊町ルミナリエなんてこの界隈では揶揄されているらしい。おかげでこの早朝で天気だってそれほど良くないと言うのに朝早くに起きた高齢者の運動不足甲斐性に何度かでくわす、のだが―
…さっきパジャマ姿の人までいたけど、あれはさすがに徘徊か?
―まぁ、ちょっと新聞を取りにきたついでなのかもしれないしあまり触れないようにしよう。
いくつかの上り坂を上りきり角を曲がると、今は裸木となっている桜並木が現れる。
ゆったりと上り大きく弧を描いたその道の先、白い吐息の霞の奥―僕は歩いて辿り着く。
赤い煉瓦に素焼きの屋根。
童話の様に/静謐に小さな家が建っていた。
蔓に抱かれ、森(木々)を羽織った一軒家。
花屋や喫茶店(カフェ)の面持ちで樫の扉が出迎える。
呼び鈴(インターホン)などないこの扉には、代わりに真鍮製の金具が付いていた。ドアノッカーなんて日本でお目にかかる事はほとんどない為、最初はこの時代遅れ(アンティーク)を面白がった物だが、すぐに手痛い教訓を得る事となったのは2ヶ月前の話。
「確か、4回鳴らすのだったか」
少なくとも2回ではない。なかったはずだ。
扉はガチャリと音を立て解錠し僕を迎え入れた。どうやら正しかったらしい。
家の中は外より更に童話的。白壁に板張りの床、小さな小物や調度品が至る所に並べられ、雑然としていそうで妙な統一感。これも一種の少女趣味なのだろうか?室内灯(ランプ)から漏れ出た明かりが柔らかく当たりを照らしてゆらゆらとした明暗を作り出す。西洋式のこの家には玄関マットはあっても、靴を脱ぐ習慣は無い。僕もそれに習って土足で上がるが妙な罪悪感がつきまとう。日本人は潔癖性だと言うけれど、なるほど僕は日本人らしい。どうしてもコレだけは馴れる事は出来なかった。
「ご免下さい」
と、最低限ではあるものの礼儀を示して声をかける。
しかしながらコレは無駄な行為。扉が鍵を開けた時点で僕が居間まで入る事は無条件に許されている。帰って来ない返事を待つのも馬鹿馬鹿しいので、僕は大人しく居間へとむかった。
居間に入ると木製の円卓の上でティーセットを広げる少女の姿があった。
ティーカップにはすでに紅茶が注がれており少女は「さぁ、座って」と呼びかける。まるでこの時間に来訪者(ぼく)が訪ねて来る事をあらかじめ知っていたかの様な手際の良さ。
少女は齢13歳と言ったところか。漆の様な黒髪に、光の無い瞳。白磁の器の様な肌に桃花褐(ももそめ)の唇。漂う芳香りは紫陽花の様。どれを取ってもどこか上の空の出来事―そういった現実感の無さでそこにいた。
少女こそが、この家の家主でありこの霧宮探偵事務所の長である。
他者から予言者と語られ、自ら演算機と称する幻想的な少女だった。
「よかったわ。今日は予定通り『ノッカー』の機嫌も良好のようね。」
魔術師 セシリー ウェストウッド
コクリ「まぁ、なんだ。有沢とかいったっけ?学生君。 いやいや、名前を呼ぶ気はないけれどね?学生君は学生君だよ。 君なんて記号だ。 名前を呼んでもらえるなんて思ってはいけないよ。 愚かにも『真実』が知りたいなんてくだらないことを言った君が悪い。 教えるからには私は講師だ。学生である君に教鞭をとってやろう。 さて、なんだったかな。魔法使いとは何だ?…ねぇ。 そんなの決まっているだろう? 変人だよ。変人。他に何かあるかね? だいたいのことが科学で便利に過ごせるこの世の中で、道楽的というか、享楽的と言うか、ただただ神秘なんてものを大層な苦労をしてまで身につけようと言うのだ。それ以外の評価が適当かい? いや、いいんだよ。意見は求めてない。答えなくていい。黙りたまえ。 ああ、勘違いするなよ。君。 君が想像している様なライトノベルにありがちなレーザー光線や爆発物で破壊活動をする事を本職にする様な戦闘民族ではないよ。彼らは。 そうさな。彼らは科学者だ。 研究者、探求者。まぁ、なんでもいいが、求道者なんていうのも適当かな。 訳のわからん言語を使うし、実際おこす事は不可思議な事ばかりだが、なんて事は無い『自然現象』しかおこしていない。 『怪異現象』なんて持っての他だ。 ちゃんと理屈があって、理由があって、統計的で、数字もあれば論理もある。 解剖に背く事は無いし、生理学の概念を壊す事は無い。 そう言う類いのものだ。 ただし、彼らは科学者であっても『科学』的ではない。 多くの手順を踏んで、多くの犠牲を払って、多くの命をゴミ箱に捨てて『真理』の探求と応用を行う人間のことだ。
あーまー、君みたいな頭の固い馬鹿には直接生をみて実感してもらうのが一番だろう。 よし、一つ魔術師を召還してやろう。 しかし、どうしたものかな。 大概の魔術師は、君たち一般人の常識の範疇とはべつの倫理と道徳性を持っているから、正直危険人物には違いないのだよな。 はっきり言ってマッドサイエンティストだよ。彼らは。 召還するにも、初めからイカレタ奴を呼び出して君の魂をコネコネして、弄ばれて廃人になるのをそっとながめる―なんてことになったら、これは君を学生にとった私の講師としての質がとわれる。 ならば、とびっきりの善玉を呼んでやろう。 まぁ、固くなるな。心配するな。だが、安心はするな。 召還してやろう。女魔術師を」 コクリは、あいもかわらず一方的にしゃべった後、そのまま台詞の流れで詠唱を開始する。古い古い古典よりもなお古い日本語の旋律を奏でる。 その言語の意味は同じ日本語であるはずなのに、現代のものとは全く異なり、聞いていてもまったくもってなんのことだかわからない。 コクリが、 ダン! と、木の間の床を踏みならすと、四方を更に踏みならした。 「ひふみよいむなやこともちろらね」 つぶやくように、言葉を並べると今度は祝詞の様な言葉が響く。 そして、とん、と最後に優しく、床を踏む。 「西よりきませり」 瞬間、ふわりと目の前に花の香りとともに少女の影が浮き上がる。 影はゆっくりと濃度を増し、そして少女は現界した。 「あら、私召還されたのかしら?使い魔じゃなくってよりにもよって魔法使いを呼び出すなんてデタラメな事をやったのはそちらのミスター・・・じゃないわよね。失礼。もしかしてだけれど、そちらのキツネさんかしら」 コクリ「さて、君はなかなかに記憶力が悪いようだな。俺を忘れたか?」 「まさか!皮肉ってモノよ。キツネさん。そりゃあ、忙しいって言う程の暮らしはしていないにしても、いきなり呼びつけられたのだもの。このくらい許して欲しいわ。」 キリユキ「おい、コクリ。俺はかわいげな外人の村娘を呼び出せなどと言った覚えは無いぞ。」 と、その瞬間少女は、ほおを膨らましながら振り返った。 「まぁ!なんて失礼な! いいこと、ミスター! キュート(かわいい)なんて言葉は一人前のレディー(淑女)に使う言葉ではなくてよ! ビューティフル(美しい)、そう言うのが紳士の嗜みよ! 東洋ではそう言う一般教育はなされていないのかしら?ミスター」 と、どう考えても、キレイと言うより可愛らしい顔の眉間に皺を寄せて少女は抗議する。 コクリ「これが村娘だって?君の目は節穴か。君でも理解しやすいようにこんなにも古くさい(ステレオタイプ)な魔術師を用意してやったと言うのに」 「さっきからなんなの?失礼してしまうわ。人の事を、村娘だの古くさいだの、せめて名前で呼んでちょうだい。セシリー・ウェストウッド。そこのミスターはともかくキツネさんは、私の事をそう呼ぶべきだわ」 コクリ「名を差し出すとは相も変わらず魔術師然としていないな、君は」 セシリー「あ、しまった…ま、まぁ、いいじゃない。あなたは、召還術師(サモナー)なのだし、私の事を呪ったりはしないのでしょ?」 コクリ「ああ、そういうのは、お前たち魔法使いの仕事だ」 セシリー「あら、一緒くたにされたくはないものね。私、呪ったりはしないわよ。悪戯はするけれど」 コクリ「だから、君は親にフェアリーと言うよりピクシーだと称されるのだ。」 セシリー「ピクシーだってフェアリーよ。それより、キツネさん。話の流れだと。そこのミスターに私を紹介する為に呼び出したのでしょう?私、そこのミスターの事が気になるわ。教えてくださる。」 コクリ「君を紹介してどうする。紹介したいのは魔法使いというものだ。」 セシリー「ずるいわ。そうやって、また煙に巻いて、あれでしょ、それって東洋で言う『呪(しゅ)』というのでしょう?その手には乗らないわ。もういい、彼とは私が直接話すわ。あ、ええっと?はじめまして?」

