月猫 第五話のあとがきとか、2月に上げたラクガキ
きがつけば、5年、月猫を書いていなかったと言う、驚愕の事実。
でも、実は5話に関しては、6回も別展開のストーリーを書きなおししていたので、自分ではそこまで間隔が空いているとは思っていませんでした。
第6話は、そんなに間を置かずに完成すると思います。
まぁ、具体的には、明示しませんが。兎に角、小説だけ、先にガンガン上げていく方針にしました。
というのは、ここ数年間。絵のスキルアップをはかっていたのですが、望むクオリティにしようと思うと、どうしても時間がかかってしまうと言う問題をついに解決出来なかったのです。
なので、絵はゆっくりでもハイクオリティなものを目指します。(まぁ、一番の理由は国家試験勉強と仕事が理由なのだが)
◆ ◆ ◆
絵といえば、定期的に練習の後(→ラクガキ)をアップしようと思います。生存報告もかねてね。
ではでは。

月猫@HOME 第伍話 猫熱野球 下
「お前、もう投げるの止めろ」
輝樹は冷たい視線とともにそう言った。
「は?どうせ駄目なら、誰が投げても一緒だろ?まぁ、輝樹はいつも通りベンチで――」
「俺が投げるから、ボール渡せ、正樹」
「―ばッ」
バカ野郎!――・・・といおうとして正樹は口を閉じた。輝樹は本気で怒っている。
それが、わかっていても―正樹は続けてしまう。
「やめとけ、お前、自分が暴れる事の影響わかってないだろ」
正樹は輝樹をどけようと、その方に触ろうとするが、のばした手は途中で輝樹に掴まれた。
「お前、なにやってんの?」
輝樹の声は低く低く響いた。
「いってえよ、輝樹!放せ、この馬鹿力!そんなの、あの猫の為に―」
「嘘つくな」
――輝樹は、正樹の腕を引っ張り上げる。正樹と額をあわせよりいっそう強い口調で。
「嘘つくなよ、正樹。ガキみたいな嘘つくな!!」
そこで、正樹は折れた。輝樹から視線を外し、意を退けた。
「わかった、わかったから放せよ、輝樹。マジで腕折れそうだ」
輝樹は、その言葉を聞いて、正樹を解放した。
「たっく、このおせっかい、知らねえぞ。たく…」
と、ボールをぽいと投げ渡す。しぶしぶ、ベンチに戻ろうとした正樹のあたまに、ぽすんっと、何かが乗った。
―キャッチャーグローブだ。
「お前が受けろ、正樹。いつも通り、二人でだ」
正樹は、振り向く事もせず立ち止まる。その表情は見えない。
「第一、俺のボールを受けられる奴が何処にいるって言うんだ?」
正樹は、ちらっと、自軍のベンチを見た。視線の先には、こちらを攻める様に見つめる尊。
そりゃそうだろう。今回のこの野球騒動がここまで面倒な事態に陥ったのは正樹の意地によるものだ。
こんな茶番の用な野球の試合、終わらせようと思えば、すぐに終わらせる事が出来た。
たとえば、野球に参加するメンバーに決める時。
たとえば、下剤を克服された後での問答。
たとえば、この試合中のどこでだって、終わらせられた。
そもそも、この野球の試合自体断ろうと思えば簡単に断れた。
みゃあの事を本当に考えれば、こんな試合さっさと『無かった』事にするのが一番だ。
しかし、ここ此処に至るまで、正樹はそれが出来なかった。
――それは正樹のある感情がそれらの選択肢を意図的に排除させていたからだ。
とてもとてもつまらない、幼子の様なちんけなプライドは―簡単にみゃあの事など二の次にしていた。
だと言うのに…あの猫は
正樹が見つめる視線の先、ベンチから見つめる尊とはまた違うもう一つの綺麗な瞳。
さきほどのアクシデントで正樹に怪我がないか、あの青い髪の猫娘はただ純粋に心配している。潤んだ瞳でこっちをジッと見つめている。
しばらく、正樹は、グローブを頭にのせたまま動けなかった。
すると、まったく状況を読み込めてないみゃあが何を勘違いしたのか…。
「こらぁぁああ!!正樹さんもがんばってるんですよ!兄弟で喧嘩するなぁぁ~~~!!」
――あぁ、しまった。あんな毒気のない瞳に言われたら、恥ずかしくて仕方がない。
ちぇっ と、ちょっと心の中で舌打ちした。
こっちが全面的に悪いのに。ただ意地っ張りに、あんなことを言う間抜けさ。
ほんとうに・・・あの猫は底抜けに ばかだなぁ・・・。
・・・逡巡し、はあぁ~と、大きなため息をつくと。グローブを手に取って身につける。
自分の周りには、優しいくせに酷く厳しい奴ばかり――そんな『幸運(こと)』初めからわかっていたのに。
「キャッチャー交代だ」
正樹はそう言ってバッターボックス側へと歩いていった。
「みゃあちゃん、男の子ってメンドクサイって思わない?」
そう微笑む尊に、当の猫(みゃあ)は、ただただきょとんとしていた。
◆ ◆ ◆
「あ、あの正樹さん達は大丈夫なんでしょうかぁ!?」
みゃあは、心配此処に極まれり、ハラハラドキドキ、ちょっと泣きそうな勢いで、尊に問いかける。
しかし、尊は微笑むばかりで答えはしない。
ようやく、言葉に出したのは
『大丈夫よ。だって『正樹』と『輝樹』がいるんだもの――」
◆ ◆ ◆
「ぶっひゃっひゃっひゃ!なんでぇ、あいつら、ついに仲間割れしとるでよ!」
そんな、兄弟の様子を、まさしく絶好調の野球部員達は笑いながら鑑賞していた。
どうやら、兄が代わりに投げるようになったらしいが、もはや、そんな事どうでも良かった。
今の野球部員達の実力は、薬の力とはいえプロどころか、大リーガーにも引けを取らない。
兄が投げようが弟が投げようが些細な事だったのだ。
「さ~て、追撃いってくるべか~」と、部長の次の選手が、バッターボックスに向かう。
正樹の言っていた通り、まだ4回は終わっていない。後攻の野球部がアウトになり、次の回、彼らが今の点数差を守りきるまで決してこの試合は終わらないのだ。
そして、今の野球部員達も、このままあっさりと終わらせるつもりはなかった。
何しろ、彼らは今、全校生徒から恐れられる浅茅兄弟を死にたいにし、いたぶれる立場にあるのだ。
このままなぶるように点差を広げてやろうと部員の誰もが陰険な笑みを浮かべていた。嗜虐心が、確実に芽生えていたのだ。
未だ、薬で高揚している彼らに、倫理と道徳は薄い。
今はこの気持ちよさをどうやってより高ぶらせるかにご執心。『みゃあ』も含めてであるが、もはやここにある全てのものが彼らの自由に出来る遊び道具だ。
バッターボックスに入る。そこには哀れ、負け犬とかした弟正樹の姿があった。
「おりょりょ?ついになげれんくなったか?もやしっ子」
部員は、完全に調子に乗っていた。普段ならば、正樹にこれほどの暴言を吐ける人間は輝樹、尊を除いていない。
だが、そんな彼の安い挑発をよそに、しんそこかわいそうなものを見るような目つきで正樹は言う。
「お前、死ぬなよ?」
その、正樹の言葉に、部員はぷっと吹き出した。
あの、浅茅兄弟から、こんな子供みたいな強がりの台詞を聞けるとは思っていなかったのである。
いよいよもって、部員は気分が良くなって、やや大きなスタンスを取ってバットを構えた。
明らかにホームランのみを打つ為の大振りの構え。
さて、打ってやる――スパァァアアアン!!――「ストラァァイク!!」―――か?
「え?」
一瞬、部員は何が起こっているかわからなくなった。
そもそも部員には輝樹がいつ投げたのかわからなかった。いや、間違いない。輝樹は普通にふつうに立っていただけだ。
(何をした!?)
そう思っているのは、他の部員達も同じらしく、ベンチは全員体を乗り出し目をひんむいている。
正樹はボールを、輝樹に返す。それをグローブで受け取ると、輝樹は相手が構えるのを待ち、グローブから無造作に右手にボールを取り出し、手首をそらし、その手首を―――パタンと―――倒したッ!!!!!!
スパァァアアアアン!!
直後、ボールがミットへと収まる快音。
―今度こそ部員は何があったか正確に把握した。あの、輝樹という男は、ただ単純に手首のスナップだけで、投げたのだ。体重移動もクソも無い、ボールの回転がどうとかの問題でもない。手首の力だけで投げられるただの速球。
いや、剛速球!
「す、スピードメーター!」ベンチの方で何やらザワザワ騒ぎになっている。
それはそうだーーだってあり得ない。マウンドからホームベースまでの距離は約18.4M、手首だけでホームベースに届かせるだけならいざ知らず、あのスピードはあり得ない。あまりの事で正しい判断は出来ないが、どう考えても140km/時を超えている。
「「「「ひゃ、159km/hぉお!?」」」」
そのベンチ側からのそんな叫びを聞いて、バッターボックスの部員はふと、ベンチ側に目を移してしまった。
「ストラァァイク!アウト!」
気がつけば、彼の出番は終わっていた。目線を戻した時には、ボールはキャッチャーグローブにすっぽり収まっている。
―それすらも驚愕だ。160kmクラスの速球は取る事すら難しい。それにも関わらず、正樹は、このボールをこぼさない。
それも、当然だった。正樹は再び眼鏡を外している。ボールが何処にどのタイミングで来るかわかっている正樹にとっては、グローブをその場所におき、タイミングよく掴むだけなのだから。しかも、正樹はその未来視で、相手の弱い未来を見つけ出し、いつだって輝樹に支持を送る事が出来る。
これが、兄弟2人に力を合わせたときの本来の力だ。輝樹だけではボールが強すぎ、取る事すら難しい。正樹だけなら先ほど通りじり貧だ。
しかし、2人ならば、たとえそれがなんであろうと――
◆ ◆ ◆
「『あの2人』がいて、負ける事なんて――ありえないわ」
尊はちょっと誇らしく、みゃあに告げる。
みゃあは、ぱぁっとその表情をほころばせて飛び跳ねる。いけいけーっと!
◆ ◆ ◆
次のバッターは、それでも打とうとするが、正樹の未来視のリードと、輝樹の豪速球の前に簡単に散っていく。
「ま、まったああああ!!」
部長が、このままではまずいと反射的に止めに入った。
「ぼ、ボークだ!は、反則だべそれは!!」
確かに、部長の指摘はその通りだ。輝樹の投球モーションはボークそのものだ。
しかし―「馬鹿…」と、正樹は頭を抱えた。
そして、とうの輝樹はと言うと。
(ああ、もうキレちゃったよ、輝樹)
明らかに、輝樹の眉間の皺が深くなっている。紅い、紅玉の様な瞳が明らかに炎のように荒れていた。
「いいだろう」
その声を聞いたとき、これはまずいと正樹は本気で思った。
この台詞が出てきた時の輝樹は正気じゃない。こう言う所は正樹と輝樹は良く似ているのだ。
キレやすい近頃の高校生である輝樹だったが、別にいちゃもんをつけられたから怒った訳ではない。
いちゃもんをつけた相手が、先ほど『正樹にバットをぶん投げやがった!あの野郎(部長)!』だったからである。
輝樹の家族愛は常規を逸する。特に、正樹に関してバットを放り投げた事は、ずっとキレていた。
キレていたのに、その相手が、『気を使って優しく投げている支持をだしている』正樹にいちゃもんをつける!
彼に取って怒るのに十分だった。
「正樹、そこ、離れていいぞ。ちょっと、本気で投げるから」
正樹は、ホームベースからはなれる。
バッターは「敬遠?」
などと、舐めた事を考えていた。
しかし、正樹はホームベースからはなれただけではすまず、そのまま地面につっぷした。
兄弟達の謎の行動に困惑するバッターは正樹からの声かけでさらに困惑を深める。
「お前、歯を食いしばった状態で、口だけ開けてろ」
「はぁ!?」
その言葉と同時に
輝樹は、大きく振りかぶった!
よく見る野球のモーション。理想的な体重移動。下半身の力が指先まで体をしならせボールを投射する。
腕は振り抜いた。ボールは離れた。
バッターはボールにあわせようと前足をタイミングに合わせて踏み込もうとしたその先
―自分の耳に音が入っていない事に気がついたー
―次に景色を認識した時には、真っ青な空が一面にあったー
―体は空中に浮いていたー
―バッターは、「え?」と呟いたが、その声すらも無音の彼方に消えていった。
「え?」
◆◆◆
「え?」
野球部ベンチはそう言う前にその『衝撃波』に気がついた。
輝樹の指から放たれたボールが、爆発した!―とそう思った!実際には違う、その次の瞬間放たれた爆音に部員全員が悶絶する!
バオオォオンッッツ!!!!!!!!!!!
それは、もはや爆発音だった。空気を切り裂いたボールは遂にその壁を越えて音速を超えた、その
ソニックウェーブッッ!!
はぜた空気から生み出された爆風がすべてをぶっ飛ばした。
気がつけば、バッターの高崎部員は地上4Mを爆風に乗って遊覧中。
「な、なんだ、あれ・・・に、人間じゃねえぇぇべぇ・・・」
目玉が飛び出しそうな程、見開いた瞳からは、爆風の風に打たれて涙と鼻水が止まらなくなっている。
このとき、部長は始めて、この兄弟が恐れられている理由に納得がいった。
こんなもの社会の制度とか、法権力とか、そういうものでどうにかなるレベルの問題ではない。
「き、聞いてないべ!!バカネ丸!!!」
と、振り返り、もはやどうにもならない事はわかっているのに、誰かに嘆きたい一心でバカネ丸に怒鳴りつける部長。
が、そこには、すでにバカネ丸も、例の執事も、先ほどまでいた医療スタッフすら姿を消していた。
「に、逃げた!?」
誰かが、『逃げた』の部長の一言が、他の部員達の生存本能を呼び覚ました。―そうだ、逃げなければっと。
「「「「うわああああああ!!!!」」」」
気がつけば、部長以外の全ての部員達が、悲鳴を上げながら逃げ出した。
部長も、自体に気がついた。
仮に、輝樹が気まぐれに「あ、ボールになっちまったわ。わりぃ、わりぃ」などと、野球部ベンチに『意図的』な大暴投をしようものなら、確実に自分たちが『死ぬ』事に。
いくら、みゃあの事が可愛くても命あっての物種であるー部長も遅れて逃げ出そうとした時、部長の肩が恐ろしい力で掴まれた。
部長はおそるおそる振り返る。
「あ、あの・・・」
そこには、鬼の形相をした輝樹がいた。
(鬼だ・・・本物の化け物だ!!!)
部長が泣き出しそうな自分を必死にこらえていると、次の言葉で、遂に泣きたくなった。
「試合は終わってないぞ、ほら、次はお前達が守る番だろ。」
「え、えっと」
「お前、マウンドに立て」
◆ ◆ ◆
もはや、死刑台に立たされた気分だった。先ほどまでの薬によっていた自分など、既にどこ吹く風。
バッターボックスの輝樹はバットを構えている。
「あ、あの――」
「はやく、投げろ。お前が正樹にしたように、バットをぶつけてやるから」
「え?」
その瞬間、部長には、自分の頭がはじけ飛ぶ映像が確実に見えた。
「す、すみま、すみませせせせせ」
「投げないのか?じゃあ、『空振りでもいいから打つしか無いよな?』」
「や、やめ・・・」
「シネ」
ブォオオン!と、再び爆発音が上げられると同時に
「す、すいませんでしたあああああああ!!!負けです!!!!俺たちの負けですううううううううう!!!」
薬の副作用の田舎言葉すら言えなくなった、部長の絶叫が木霊した。
しかし、遅いーーあまりに遅い。もうすでに、輝樹はバットを振ってしまった後だ。
部長は、崩れ落ちるように座り込み、その股間を湿らせた。
部長の頭は――
◆ ◆ ◆
――結果から言えば、部長の頭は幸運にもいつも通りついていたのだけれど。
「お前、脅かしすぎだ。」
と、輝樹の頭を、ぺしりと正樹ははたいた。
「当然だ」
などと輝樹は答えて、敗北宣言をした部長を尻目に、さっさと帰ろうとする。
部長は、しばらく意識は戻らないだろう。案外、明日当り、精神科に入院しているかもしれない。
ベンチに帰る二人に、尊とみゃあは近づいていく。もう独り輝樹の愛人さんは・・・どうやら、野球部員と一緒に恐怖のあまり逃げたようだ。
「て、いうか、他のチームメイトも逃げてるじゃねぇか。これだからシャバの人間は不義理でいけねぇ」
などと、輝樹は的外れの文句をたれる。そんな輝樹にまたも尊はグローブでツッコミを入れた。
こうして、唐突におこった野球の試合(事件?)は幕を下ろした。
なんか、みゃあは「祝勝会やりましょう!祝勝会!ビールかけです!」
「馬鹿、未成年は出来ないんだよ」
などと、正樹のつっこみに、みゃあは、「え~~つまんないです~~~」とぶーたれながら、彼らは家へと帰っていった。
◆ ◆ ◆
型屋月高校生徒会室
試合が、終わってから2時間くらい経過しただろうか。
今回の事件の黒幕であるバカネ丸は書類の山をどさりと、ゴミ箱に捨てた。
書類の山の内容は描く部活における、みゃあに関する署名なり、鬼畜兄弟への抗議文。
どうせ、明日からは、静まり返ったように、これらの声(要望書)は無くなるのだ。おいておくだけ無駄である。
ジェームスは静かに、お茶を入れて、生徒か異質の机でふんぞり返るバカネ丸に出す。
「お疲れ様でございます、ぼっちゃま」
出されたお茶をすっと飲み込み。
は~っと安堵の吐息をつくと、バカネ丸は呟いた。
「まぁ、『学内の治安』を預かるものとして、みんなには静かに暮らして欲しいからねぇ」
「ご立派にございます」
と、ジェームズは頭を垂れる。
「ところで、このお茶、どこかで飲んだ事がある味なんだけれど?」
「ふむ、正樹どのが用意されていたお茶が余っていましたのでな、暖め直しました」
ぎゅるるるる~という、腹の音ともにバカネ丸の血の気が下がっていく。
「じぇ、じぇえええええむずうううううう!!!」
「ぼっちゃまはやり過ぎにございます。」
ジェームズは主人に背を向けながらもにこやかに、そして自慢げに微笑みながら、改めてお茶を入れ直した。
今度は、本当においしい紅茶を。
◆ ◆ ◆
「見つけた・・・」
大きな耳が金色の髪と共にたなびいた。
丘の上の鉄塔、そのてっぺんから、型屋月高校を見下ろしていた少女は、悠然泰然―
目標見下ろし、にやりと笑う。
視線の先には憎き怨敵、ネコネコ娘猫(こねこ)
突然おきた二度の謎の爆発音に何事かと駆けつけてみてよかった―兎は自分の敏感な耳をすこし誉めたくなった。
ぴょんと、兎は大きく跳ねて、大地降り立つ。
「母様の・・・・仇・・・・」
紅い瞳は、恨み辛みを燃料に、憎しみの炎を大きく燃え上がらせていた。
月猫@HOME 第伍話 猫熱野球 中
型屋月高校 野球部ロッカールーム
という訳で始まってしまった―唐突なる野球大会。
浅茅兄弟の下に集まったのはいづれも各クラブのエース級の面々だ。
まぁ、あくまで野球以外のでだが。
「野球できるやつで9人構成するのはさほど難しくはなかったようだが…」
くっくっくっ
と、野球部部長の口からついつい笑みが漏れる。
闘気―とでも言おうか、尋常ではない熱気が室内に充満し彼らを熱くたぎらせていた。
「結局、それでも甲子園級のうちの野球部に勝てるほどのメンツがそろうはずもなく、戦力だけみれば勝負にもならない」
正直、これほどうまくいくとは思っていなかった。
浅茅兄弟が、こんな勝ち目のない勝負に乗ってくるなど、正直本当はこれぽっちも考えていなかったのだ。
(それにしても、彼ら兄弟は、この学校でちやほやされすぎだ。何か理由があるのか?)
野球部部長は実は去年の9月からバカネ丸財閥によって引き抜いてきた選手だ。
圧倒的実力と、去年の甲子園優勝校のキャプテンであったことから、異例なことだがこの高校に来てすぐに監督の信頼を得て、キャプテンとなった。
そんな彼にとって、浅茅兄弟というのは異質だった。
ちやほや…というより、実際、畏怖されているというのが正しいが、いくら喧嘩が強いからと言って、暴走族のようなグループを作っているわけでもないただの高校生の二人組をなぜそこまで恐れるのか?
喧嘩や暴力というものの類は、それを封じ込めるように社会的対処法がすでに適応されている。
いくら、武道家が強かろうと、その腕力を披露する場が現実において、飲み屋街での喧嘩か試合くらいしかないのがいい証拠で、
よほど荒れた学校でない限り、基本的に暴力には『社会的制裁』が働くのである。
そして、勝負事という対立関係を作れるのはなにも『喧嘩』だけではないのである。
「何が、浅茅兄弟か…」
いかに、浅茅兄弟が恐ろしかろうと、ここ『野球場』というわが『戦場』においては、『野球』こそがわが『闘争』。ジャスティス!負ける要素などみじんもない!!!
そんな、余裕のはずの野球部部長から、汗がポタリと落ちた。
「それにしても、この部屋妙に暑いな」
部長に言われ、部員たちも室内の異様な暑さに気付く。
先ほどは闘気だなんだと記述したが、どうやら実際にこの室内は暑いらしい。
「おい、誰か換気扇回せよ」2年生部員が、指示を飛ばすが、「いや、なんか壊れてんすよ」と、一年から返事が来る。確かに、この更衣室が存在する建物自体がかなりの年代物だ。一部、学校建築の時に使われていたプレハブを流用しているところもあるし、細かな機材の故障など後を絶たない。
「だったら、窓でも開けろよ」
「ここ、窓開かないっす」
「あれ?ここの窓って嵌め殺しだっけか?」
実際、ピクリとも動かないのだから、そうなのだろうと、誰かが言う。
どうも、腑に落ちないのだが、それを追及する前にバタンッ!と更衣室の扉が開け放たれた。
「ま~、そのあたりも改善してあげるよ―今日の試合に勝てればだけどね」
例のごとく、バラを背中にまとったバカね丸(比喩ではない)がそこにいた。
それならば、問題ない―と部長は答える。
「これも、あんたのおかげだよ?生徒会長。あんた、馬鹿だけどなかなかいい見立てだぜ?こんな申し立て、うまくいくはずないと思ってたけどさ」
「いやぁ~、正樹達は自信家だからね~。
やっぱり『学内の治安』を預かる者としては、あの兄弟は見過ごしておけないし、
そろそろ大人しくしてもらわないとさ。
ふふふ、まぁ、これで勝ったら本当に部費アップは約束するよ。
僕のポケットマネーでね」
「いやいや、俺たちはみゃあちゃんにマネージャーになってもらうだけでいいんだぜ?
正直、あのナイスなヒップラインが毎日拝めるってだけで士気が上がるってもんだしな。
できれば、尊ちゃんも来てくれりゃ幸いだが。まぁ、贅沢はいわねぇよ」
「あのぉ、向こうのオーダーが発表になったんですが」
と、そこに二年生の部員が入ってきて、部長に渡す。
「なんだ、お前元気ないな。お前だってみゃあちゃんにマネになって欲しいっていってただろ?」
「あ、いや、あのぉ…部長、こう言っては何ですが、今からでも止めといた方が…」
「おいおい、殴り合いの喧嘩じゃないんだぞ?野球部が野球で負けるってのか?」
部員の弱腰にあきれ返りつつ、野球部部長は敵側のラインナップに目を通す。
(おいおい、これはこれは…)
「あ…いえ…なんというか、部長は去年いなかったからわからなくて、当然でしょうけど――」
「ぶぅあッはッはッは!!!」
と、部長が辛抱たまらんと言わんばかりに笑い始めた。
「こいつは傑作だ!てっきりソフトの山口あたりをピッチャーに据えるかと思ったら!
くっくっく、なるほど、こりゃあの馬鹿生徒会長でも展開が読めるわけだぜ!こいつぁとんだ自信家だ!」
野球部部長はこの時点で自分たちの勝利を確信した。
「ふふふ、これはもう確実に買ったも同然だ!おい、みんな、暑いだろう、先に祝杯といこう!!」
捕らぬ狸の皮算用と思うかもしれないが、この場合部長のこの態度は当然というものだ。
野球はスポーツの中でも技術競技――体力と運動神経だけで集めてきたチームに野球部の面々が元から負けようはずもない。
しかし―どうだろう?先ほど野球部部長も言っていたが、勝負の形式は何も喧嘩だけではない。
と、同様に、スポーツだけでもあるまい。彼らはスポーツの試合に臨もうとしているようだが―――
―――果たしてこれが戦争だったらいかがだろう?
彼らの祝杯と称する紙コップに、なみなみとやかんから冷たいお茶が注がれる。
ゴクリと一杯、それで大方かたは付く。
古来より、敵の将を最も多く打ち取ったのは刀でも槍でも弓でもない。
――毒だ。
◆◆◆
型屋月高校 みゃあ防衛側ベンチ
「丸聞こえだっつーの、誰が自信家か。—つか、バカネ丸、あいつ後から死刑だ」
正樹は眉間をトントンとたたく。
本気で頭が痛い。
事前に相手側のベンチに盗聴器を仕掛けておいたのだ。
「よかったじゃないか、相手の油断を誘えて大成功だろ?」
この騒動のもう一人の原因である輝樹は既に我関せずと言わんばかりに、どーでも良さそうに後ろのベンチで寝そべっている。
「まぁな」
と、正樹も気のない返事をした。
「それにしても、正樹にしては珍しいわね。」と、正樹の頭にポンッと柔らかな手がのった。
振り向けば、そこには何故かチアガールの格好をした尊がいる。
どうやら、正樹に見てほしかったらしく。振り向いた瞬間、くるりとまわって「どう?」なんて聞いてくる。
「すごく似合ってると思う・・・」「素直でよろしい♡」
この二人のいつものやり取りはさておき。
「ところで、らしくないってなんだよ」
「らしくないわよ。だって、真面目に相手するんだもの、しかも、自分から投げるなんて、もしかして、正樹、みゃあちゃんにいいとこ見せたがってる?」
「馬鹿だろ、お前」
「あれ?図星なんだ。正樹・・・ふぅ~ん、みなおしちゃったかも」
そう口では言う尊だったが、少しばかり視線がいたい。
「勝手に言ってろ」と、尊からの身に覚えのない事での抗議に正樹は眉根を寄せる。
――だいたい
「俺は投げる気なんてないぞ?」
「え?」
正樹は盗聴器の音量を全開にする――スピーカーから聞こえてくるのは 哀れ 野球部員たちの悲鳴だった。
◆◆◆
野球部ロッカールーム
「ぬぉおおおおおお、くそがあああああ、はやくトイレからでねえかああ一年んん!!!」
更衣室に備え付けられた便所から悲鳴が聞こえ、便所には部員が殺到している。
そこには、学年などの序列はなく、ひたすら自らの便意に忠実な獣の如き男たちの群れがあった。
阿鼻叫喚。部員達は、部員数に対し圧倒的に少ない便座を奪い競い合って殴り合いまで始めてしまった。
まさに地獄絵図。
事態が急変したのはつい先ごろ。部長が祝杯の音頭を取り、野球部全員が祝杯をあげた。次の瞬間、祝杯を空けた部員たちから次々と悲鳴を上げて便所に駈け出したのだ。
「ふむ、このお茶には下剤が入っておりますな」
バカネ丸の執事は、やかんのお茶を自らの主人の鼻にぶち込み、彼がトイレに駆け込むのを確認したうえで優雅に断言した。
「おそらく、正樹様の策略かと」
「って、ここまでやるかふつう!!?」部長が、ベンチに突っ伏しながらうめくように喚いた。
ここに来て漸く思い知る。更衣室の換気扇も窓もどうやら、鬼畜兄弟の工作らしい。
最初から、暑さに耐えかねた野球部員にお茶を飲ませるため巧妙なトラップだった訳だ。
執事が冷静に状況を分析する最中、便所では実に醜い争いが続いていた。
「一年!貴様先輩に楯突いてタダですむと思ってんのか!?」「はっはー!いっつも先輩ずらしてうざかったんだよ!てめぇはそこでもらしてな!――って、なんだと!?こ、これは!扉があかねぇ!」「くっくっく、お前の敗因は、さっさと便座に座らなかった事。ただそれだけ、それだけのシンプルな理由さ、扉の鍵なら俺が壊した!」「てめぇ、高崎!親友を裏切るのか!?」「親友?バカ言うなよ。俺の同級生には、蹴落とすためのバカと、利用するための馬鹿の二つしかいねえよ。お前みたいな愚図は、前者だ。アデュー、自称親友君・・・ってへぼぉあ!扉を蹴破ってくるだと!!」「馬鹿はお前だ、余裕ぶっこいて長台詞なんて吐いてんじゃねえぞ一年、さーて、便所便所って、なんじゃこりゃ!!?便座がねえぞ!」「はっはっは、便座ならこの飯田が頂いた!便座を制するものがトイレを制するのだ!」「あとで、しばきだから一年!覚悟しろ!」「くだらん上下関係など・・・ってなにぃ!?貴様正気か!?」「便座が何だ、舐めるなよ、一年・・・」「貴様、便座無しに座る気か!?やめろ!絶対汚い!しかも、ひやりとするぞ!」「にほんじんはなぁあああああ!!和式便所で鍛えたテクがあるんだよおおおお!!!」「ば、馬鹿な!?まさか!」「空気椅子!そんな、洋式でそれをやるとはなんて足腰なんだ!」「鍛え方が違うんだよ、一年。これが年長者の実力って奴だ。ふぬうううう!」「やめろ!そんな不安定な姿勢で排泄など、確実に飛び散るぞ!」「させるかああああああああ!!!」「うおおおおおお!!!!」
もはや、この場は悪意と便意に捏ね合わした混乱の渦。
下痢が改善したらとか、そういう問題ではない。
チームプレイである野球において絆は最も重要だ。
今日を持って型月高校野球部部員は存在そのものが危ぶまれる程の崩壊の危機へと陥った。
◆◆◆
「完全決着だな」
「ああ…」
「『ああ…』じゃない!」
スパンッ!スパンッ!!とすがすがしいほどいい音が正樹たちの頭上で鳴り響いた。
気がつけば、グローブをハリセン代わりにした尊がニ撃目をはなとうと大きく振りかぶっていた。
「まてまて、尊。落ち着いて聞いて欲しい」
「何よ!?」
「昔の人はよく言ったものだ『馬鹿め、戦いは始まる頃にはすでに決着がついているのだ』っと・・・」
「始まるどころか、試合の挨拶すら始まってないわよ!」
「まさに、完全勝利」すぴっとドヤ顔で言う正樹。
スパンッ!ともうひとふり放たれるグローブハリセン。それにしてもいい音鳴るな。
「正樹!いつも言ってるわよね!こういうずるい事しないっでって!」
「ん?ああ、言ったっけ?」
「もう!私の感動返しないさい!」
正樹たちが悪く言われるのは嫌なのに!などと、呟きつつぷんすかしながら尊は奥に引っ込んでしまう。
基本、尊は怒ると引っ込む。というより、ひきこもる。怒ってる自分が嫌いなので人に見せたくないんだとか。
まあ、それはそうと。
「じゃあ、帰りますか?」
と、みゃあの一言をきっかけに、早々に帰る準備をしだした彼らだったが。
「「「まてええええええいいいいいい!!!!」」」
その時、相手側ベンチから、雷のごとき大地さえも揺さぶる勢いで怒号が鳴り響いた。
まさか――と振り返る兄弟の視線の先には、
―—威風堂々ーー
そこには、ズタボロになりながらも悠然とたたずむ野球部員達の姿があった。
「おいおい、まさか、あの下剤を克服したって言うのか?」
その時、バカネ丸の執事が部員をかき分け前へと出てきた。
「あ、あー、テステス、テステス、ごほんっ、ふむ、スピーカーの調子は良いようですな」
と、なにやら、拡声器を手にした執事はこちらかに向かって高らかに。
「失礼、この金丸家執事ジェームズが我が主人に変わりまして、お答えいたしましょう」
妙齢の執事は、整えたじまんの髭をわずかにいじり。
「こう言っては何ですが、正樹様が奸計を弄する事はこのジェームス先々見通しておりました。
それ故ー最悪、神経毒などの対処も検討しあらかじめ各種中和剤等揃え、金丸グループ最高の医療スタッフを待機させていただいたのです!!!」
バッと野球部員達の奥から、白衣の男達が現れた。
ぐっ…と正樹は奥歯を噛み締める。
「ぐぅ・・・バカネ丸がいかに『ただのアホ』だろうと、周りの執事達はは『使えるアホ』だと言う事を失念していた!」
「残念でしたな、正樹殿。即効性の致死毒をもっていれば、貴男の勝ちでした。」
そう言う可能性も十分あったとー背筋が冷える様な恐ろしい事、当然のようにジェームスは言う。
「しかも!」キラリ執事のモノクルが光る!
「ご覧なされよ、彼らの精悍なる顔つきを。」
ならぶ野球部員の顔には、迷いも気負いもない。静かな、静かな表情をしていた。老けた気さえする。
――なんか?悟り開いちゃってね???
「共に死線を乗り越え、全ての本音をぶつけ合った彼らは、今まさに本物のチームワークを手に入れました。彼らには、恐れるものも、失うものもない境地に達したのです!」
どうやら、逆境は彼らに取って新たなるステージへと上がる為の踏み台となったらしい。いや、スポ根ぽくて、実にいい話だとは思うが――下痢が治ったくらいで恐れるものはないって、なんだよ…。
「ん?そういや、バカネ丸はどうした?」
と、こんな派手なイベントにあいつが出て来ないのはおかしい。
「ふむ、解毒薬の予備が―うおっとぉッ!!」
と、わざとらしくアンプル瓶を落とし、そして踏みつぶす!
「ちょうど一人分足りませんでな、今頃トイレでうなっている頃かと」
「ジェーーームすううう、お前ええええええ~~~~」
と、ずりずりと、後ろから這うようにしてバカネ丸が現れる。下剤の効能に打ち勝って此処まで来るとは見上げた根性だが、どうやら立つ事すら困難であるらしい。というか、大人しく便所にこもってろよ。汚いから。
「ふむ、芋虫の擬態、お見事にございます。ぼっちゃま。特にその踏んだら潰せそうな所が」
「お前、それ誉めてないよな?誉めてないよなぁ!?」
いえいえ、滅相もと、ジェームズは無表情で、対応し手にもった拡声器をバカネ丸に渡した。
「とにかく、そう言う訳だからな!正樹!!試合は続行!!!続行だからな!!!あと、もうオーダー表は出たんだから、今更ピッチャーやりません!なんて許さないぞ!!」
と一言叫ぶと、どうやら便意の第二波が来たのか、すぐさまトイレへと駆け込んでしまった。
「ふむ、それでは?どうなさいますかな?正樹殿ー」
と、執事は悠然と告げる。
「あのなぁ、こっちはそんな約束商談した覚えはないし、第一最初のオーダーがどうあれメンバー交代でいくらでも――」
「――男らしくありませぬなぁ、正樹殿。失礼ながら、このジェームズ、主人に変わり大きくため息をつかせていただきます。まぁ、ヘタレな正樹殿なら仕方ありますまい。それで?結局『お兄様』にでも頼りますかな?」
正樹の顔つきが変わる。執事は見事に地雷を踏んだのか、普段穏やかな正樹の目つきに明らかに怒りの炎がともっている。
「いいだろう」
「ほほお?」
と、執事はあおるように。
「いいだろう、俺が投げよう」
正樹はそっと眼鏡を外した。
◆◆◆
「あの~、本当にいいんですか?」
とみゃあは、不安そうに尊に聞く。
「ん?どうしたの?」
尊の怒りはどうやら収まったらしく、あれから1、2分して戻ってきていた。今はすっかりいつも通り穏やかな顔。まあ、まるで何事もなかったようにしている尊が、兄弟としては逆に怖いのであるが。
「いえ、正樹さんて、陸上選手ですよね?確かに向こうの言う通り、ソフトボールの山口さんがピッチャーになるべきなんじゃ?」
「う~ん、そうね。
確かに山口さんみたいな速い球を正樹が投げれる訳じゃないけれど。
まぁ、多分、大丈夫よ。勝てるとしたら正樹だから」
「変化球が得意なんですか?」
「別に、そういう訳でもないのだけれど…そうね、見ていれば解るわ」
「?」
尊の言葉に嘘はなさそうだが、それでどうやって高校球児に勝てるのかみゃあにはさっぱり解らない。
ふんぬ?と頭をひねって考える愛らしいみゃあの様子を見ながら、尊は抱きつきたい衝動に駆られるも、ふと、頭によぎった違和感がそれを吹き飛ばした。
「あれ…でも、そんな事、伊神君だって解ってるはずなのに…」
「「え?伊神、誰それ?」」
(あ…本当に酷い)
バカネ丸→本名:伊神金丸 彼の本名を覚えている人間が、自分一人だと言う事に、尊が気づくのは、また別のお話。
◆◆◆
型屋月高校 野球部側ベンチ
彼らは復讐を誓っていた。
前言通り、かれらは真のチームワークと確固たる意思を手に入れた。
先ほどは共に死線がどーのなどと、語っていたが、彼らに力を与えているのは、純粋なる恨みだ。
もはや鬼畜兄弟の噂を恐れ気後れするものは一人としていない。それに勝る憎しみが彼らを突き動かしていた。
あの鬼畜兄弟を「殺す!(スポーツ的な意味で)」のスローガンの下にのみ彼らの心は一つとなり、かろうじてこの野球部をささえ、しかしながら、野球部史上最高の意思の統一を実現していた。
正樹は、ジェームズの「恐れるものはない」の台詞を小馬鹿にしていたが、実際に彼らは背水の陣なのである。
今は、鬼畜兄弟への復讐でかろうじて一つになっている野球部も、もし負ける事があれば、お互いを信頼出来なくなったこの野球部は消滅するだろう。一方、勝ちさえすれば、マネージャーみゃあ目当てに、この部活は再び一つになる事が出来るはずだ。
もうすでに、勝つしかないのだ!勝つしか!
「まぁ、勝つんだけどな」と部長が呟く。
あんな事があったとはいえ、状況はすこぶる良い。何しろ、投げるのはド素人の正樹である。負けるはずがない。
野球においてピッチャーの役割は絶対だ。何しろ、野球と言うゲームは、天才バッターが一人がどんなに個人で頑張っても4、5点とるのが限界だが、天才ピッチャーが絶対に0点に抑えさえすれば、勝つ事はなくとも絶対に「負ける事はない」競技なのである。逆に言えば、ピッチャーがダメな場合どんなに頑張っても勝てないのが野球なのだ。
しかも、恨みの炎に身を焦がした彼らに、一切の油断も容赦もない。
「やつらをぶちころすぞおおおおおおおおお!!!!」部長の雄叫びに続き9が吠える!
ここが天分け目の関ヶ原!!!いき揚々と彼らは出陣する!!
「速攻でコールドゲームだ!ゴルァアああ!」「一回でかたつけてやる!!!」「鬼畜死すべし!!!」
まぁ、普通だったら、彼らの宿願は、そう苦労せず叶うはずなのだが…。
↓
一回表終了時
「ビギナーズラックだなぁ?おい?なかなかねばるじゃないか。よほど、みゃあさんを渡したくないと見えるっ!」
↓
二回表終了時
「おいおい、お前ら、手加減し過ぎじゃないか?え?あんな、速くも重くもない玉、打ちまくってやれ。余裕だろが?何やってる!?」
↓
三回表終了時
「おい、まてまて、一点、あのまぐれ当たりの一点取られたのは仕方が無い。まぁ、いいだろう。だがな?なんであんな玉が打てねぇんだよッ!!お前ら何年野球やってんだッ!!素人かッ!!」
↓
四回表終了時
「むぅ・・・・・・・・・・・・・・(-。-;)」
威勢良く、腕に覚えありの野球部員達がかわるがわる挑み続ける最中、きがつけば全員の顔面が信号機のように赤くなったり蒼くなったりするのには時間がかからなかった。
◆◆◆
時は戻って2回裏 型屋月高校 みゃあ防衛側ベンチ
「不思議ですねぇ~」
「あん?」
みゃあは、尊の膝枕でシエスタしながら、さながら日曜日のオヤジのごとくその試合風景を観戦していたのだが、
目の前で起きている理に合わない事に眼を丸まるとするしか無かった…—ポテチ食いながら。
そして、同じく『愛人三号ちゃん』
もとい、クラスメイト阿部尚子の膝枕でシエスタしながら輝樹もまたその疑問に答える…—ポテチ食いながら。
「いやだって、正樹さんたいした球投げて無いじゃないですか?こう、野球部の人から見ればあれって、棒玉に近いんじゃないですか?しかも、眼鏡まで外してやがります。さっきの部長さんじゃありませんが、勝つ気が無いのか?ってくらいやる気のない感じです」
「そんな事は無いわ、みゃあちゃん。だって、正樹、今まで一回も点を取られていないじゃない?」
「そーなんです!それが余計に不思議なんですよ!あ、愛人3号さん、其処の堅いタイプのポテチとってください」
「あの~、輝樹君?私、愛人って呼ばれてるんだけれど?他にもいるの?」
「ああ、いるぞ?なぁ、尊。そっちの猫が食ってる分こっちによこしてくれ」
「自分でとりなさい、輝樹」
「え?それ、そんなに気軽に言う事なの?もしかして、私遊ばれてるの?ねぇ!?」
「まったく、尊は正樹には甘いくせに、どうしてこうも同じ遺伝子の兄弟で差別するかな」
「それは、あなたが女の敵だから」
「ねぇ?敵なの?輝樹君、女の敵なの!?やっぱり私遊ばれてる!?」
「ああ、そうそう。猫。正樹がなんでああやって三振とれてるかだけどな?」
「あぁッ!話そらした!ねぇ!?どういう事?私の告白受けてくれたよね!?」
「え?ビキニーズパック(ビギナーズラックの事だと思われます)以外の理由があるんですか?」
「なんていうか、眼鏡外してるからだ」
「えッ!?輝樹君!眼鏡っ娘好きなの!?じゃあ、かける!今日から眼鏡かけるッ!」
「意味わかんないです。あれですか?見えない方が強いとか、心眼とかいうやつですか?」
「今日からコンタクト卒業!私眼鏡デビュー!これで万事解決!?」
「いや、むしろ見えてるよ。あいつは本当は眼が良すぎるんだ。眼が良すぎる所為で、普段眼鏡で視力を落とさないと脳に負担がかるほどに良すぎるんだよ」
「え?伊達?伊達眼鏡フェチなの??輝樹君…以外とマニアック。でも、うん、じゃあ、コンタクトして眼鏡かける。がんばるよ?私?」
「ねぇ、輝樹。そろそろ阿部さんに方向修正かけとかないと後で酷い事になっても私知らないわよ?」
「あいつは、昔から普通の人間とは視力もそうだが、観察力においても段違いに良くてな。普通じゃ考えられないくらいの情報量を一気に手に入れられる。俺たちが、『芋を薄くきって油で揚げたもの』としてしか認識してないこのポテトチップスにしたってだ、あいつからすれば、そりゃ複雑な分子の集合体で、下手したら、電子の動きさえも眼で追えてるのかもしれねぇ」
「いやいや、さすがに大げさすぎるでしょう。私の知る限り、地球猿の眼球の2点分離機能は解剖学的に考えても精々4.0が限界です。それ以上になると1点識別になるので、遠くに何があるか解っても、それが何かまでは解りませんし、遠くの物が見えると、今度は近くの物が見えにくくなるのが眼球と言う物です。ついでに、みゃあは、結構近眼です」
「輝樹くん、ほら、眼鏡っ娘だよぉ~」
「うん、すこぶる可愛いと思う(メンドクサソウニ)。まぁ、なんだ?俺も正樹じゃないから、実際の所はどう見えているのかなんて事は、解らないんだがな。兎に角、常軌を逸したあの弟の両眼球には俺たちが見てる景色以上の物が見えている」
「なんですか?もったいぶって」
「『未来』が見えるんだって」
と、尊が言う。
バッターボックスには、その未来視の少年 正樹。
「…ほんのちょっとだけどな」
と輝樹が補足した時、輝樹の言葉のすべてを証明するかのように
カキーンっ
とマウンドに清々しいほどの快音が響き渡った。
「あ、ホームラン…」
◆◆◆
五回表
(チートじゃん!…なんて、今頃あの猫は思ってんだろうなぁ)
と、正樹は歪む視界の中で、キャッチャーミットにだぶって見える未来の映像を視ていた。
その未来の映像が突然消える。消えたと思ったら、別の未来の映像が見え、かと思えば再び『今』に戻ってくる。
この『今』という時間の感覚が解るうちはいい。
想像出来るだろうか?自分の周りの景色が歪んでは一歩先の未来の時間に勝手に進み再び戻るを繰り返す。
そんなぐちゃぐちゃの景色のうちどの景色が『今』なのかと言う事を、脳は容易に判断出来ない。
下手をしたら、すぐに『今』という時間を見失い、自分がボールを投げた後なのか、それとも前なのかさえも解らなくなり、時間の海の中を遭難する事になる。
そうならないために、常に意識を脳に縛り付けておく…その精神力はハンパではない。
さらには、輝樹もいっていたが眼から入ってくる情報量の多さに、正樹という人間の脳は耐えられない。
パソコンと同じで、CPUの処理能力を遥かに超えた仕事量を押し付けられた場合パソコンは正常に機能せず、脆弱な生体ユニットに過ぎない正樹にすれば、下手をすれば脳が破壊されかねない。
現在は、死ぬほど痛い頭痛に耐える程度だが、何かの拍子に脳死する可能性も捨てきれない。
恐らく、母が遺してくれた眼鏡が無ければ正樹は3日を待たず死ぬだろう。
だと言うのに、だと言うのにだ。
それほどの代償を払っていると言うのに
(まったく打ち取れる未来が見えない相手もいる)
所詮どういう未来を予測しようと、その未来を作るのは、正樹と相手のバッターなのだ。
その技術差やスペック差が大きければ大きいほど、自分の見通せる未来は、都合の悪い物に埋め尽くされていく。
絶対でもなければ、完全でもない。
この眼球は、致命的で諸刃の剣でなおかつ言えば不良品だ。
今耳に付けている相手ベンチへの盗聴器にしたって、少しでも良い未来の可能性を上げる為だ。
「ちっとも楽じゃない、楽じゃない上に、俺がいくら器用な人間だからってな…ボールをミス無く狙った未来(ところ)に投げ込めるほど、体力もコントロールもよくないってんだよ」
◆◆◆
ノーアウト、一塁二塁。
ここにきて、正樹の玉が打たれ始めた。
「輝樹、正樹そろそろきついんじゃない?」
「そっかぁ?あいつなら、なんとかなるとおもうが」
と、輝樹は一向に動こうとしない。
ついでに、愛人三号さんはアレから何があったのか、今は鼻眼鏡を付けている。
そもそも—。
「輝樹さん、運動とか得意そうなのに、なんで試合に出てないんですか?」
「ん?まぁ、一言で言えば、猫がどうなってもいいからかな」
と、言った瞬間、スパンと、尊が輝樹の頭をはたいた。
「ああ、いや、そうだな。俺が出るとさ…色々と迷惑なんだよ。」
?
「色々とな…」
そう呟く、輝樹の視線はどこか遠い。
みゃあは、ふとマウンドの方に視線を戻すと、そこには正樹が汗をたらしながらそこにたっている。
(正樹さんは正樹さんで、やっぱりどこか遠くを視てるんですよね。いったい…)
いったい、何と戦ってるんだろう?
◆◆◆
型屋月高校 野球部側ベンチ
四回終わって0-1で野球部は負けていた。
「なにやってんのさぁああ!君たち!!実は君たち野球へたなんじゃないの!?」と、バカネ丸は嘆く。
「だ、だまれ!調子が悪いだけだ!!」と、部長は全員を代表して抗議した。
確かに、彼らの陥っている状況を端的に答えるならば、これほど的を得た言葉もないだろう。
調子が良くない。運がない。
正直、部員の大半は、自分たちに怒っている状況を把握しきれずにいた。確かに、回が進むにつれピッチャーの正樹の体力が減ってきたせいか、塁に出る事が多くなってきたが、そう言う問題ではない。
はっきり言って、正樹の球はたいした事がない。コントロールこそいいものの、急速などは、リトルリーグクラス。伸びも悪ければ、奇をてらった変化球が飛んでくる訳でもない。はっきり言って、撃ちやすい玉で、本来ならば、バッティングセンターもかくやと言う程、ヒットやホームランが連発していてもおかしくない。精々時たま織り込まれる山なりのスローボールが打ち難いくらいで、いい所がないと言ってもいいほどだ。
しかし、なかなかヒットにも点にもつながらない。
打とうと思ったら、突然差し込む太陽光や砂埃に目を塞がれ、空振りしてしまったり、打ったとしても、何故か恐ろしい程の突風に押し戻され、フライになったりしてしまう。酷いものでは、飛んでいた鴉にホームランボールがあたって、ファーストのミットに吸い込まれるように落ちていったりと―奇妙な肩すかしの連続が続いた。気がつけばこの回である。今だって、漸く塁に出たランナーの靴ひもが切れ、勢い転んで足をくじいた。
「ふむ、これはなかなか期待はずれですな。ぼっちゃま。」
「なんだと!!」部長はさすがに怒鳴りを上げた。
まるで、これが自分たちの実力だと言わんばかりのジェームズの言葉に矜持が傷つけられたのだ。
「くそが!!あいつはラッキーマンか何かなのかよ!?」
「いいわけは、みっともないですな」
と、さらに執事はあおってくる。バカネ丸もあ~あとあくびをし始めた。
「うるせええ!これが、調子が悪いや運が悪い以外にどういえるって言うんだ!俺たちだって混乱しているんだ!」
「ふむ・・・調子が悪い、ですか」
「まだ、何か言う気か!?」
「いえいえ、ならば、調子が出るお飲物でもご用意しましょう。よろしいですかな、ぼっちゃま」
「おお、それがあったか!?」
と、執事は手に乗せた銀盆にさっと、ハンカチを一枚おくと、それをつまんですぐに取り去る。
取り去った差ハンカチの中には、何故か一つの小瓶があった。執事はきざったらしく、そんな手品で出した小瓶をつまみ上げると、部長に手渡した。
「なんだ、これは?」
「我が金丸財閥の研究機関がつくった『万能すぽーつやったるで!君1号』さ!」
と、それを聞いて、部長は試しにふたを開けてみる。
ぼしゅっと、なかからピンク色の湯気が上がる。うえっといかがわしい液体を疑いの目で覗いていると―執事が説明を続けた。
「さあさ、お飲み下さい。何、精力剤の様なものです」
「これ、変なものとか入ってないだろうなぁ?」
「天然成分由来なので非常に体に良いです。筋力は3倍、集中力は2倍に跳ね上がります。副作用として口調が田舎っぺになりますが」
「いや、その効能が本当だったとしたら、それはそれで絶対体に鋳物じゃねえだろ。しかもなんだよ、田舎っぺって」
雑誌の後ろの方にある怪しいドリンクみたいなふれこみに、部長の眉間が更に険しくなる。悔しいが、液体の臭い自体はほのか甘い匂いがして、全く飲めない物と言う感じもしない。それに、基本的にバカネ丸にこちらを害するつもりはないのだ。
「の、飲むか」正直、わらにもすがる様な思いだが、此処で負けるわけにはいかない。
ここにきて、ここまで強気に鬼畜兄弟との対決姿勢を維持し続けてきいい事が、部長に取っては仇となっていた。
もはや、部の存続的にも、自分のプライド的にも引くに引けない状態なのだ。
そんな部長の様子を部員も固唾をのんで見守っていた、
「部員全員分用意してくれ」
「「「ええっ!?」」」と部員達から非難の声が上がる。
「うっせええ!こんな怪しげなもの独りでのめるか!お前らもみちづれじゃああ!」
例の薬は部員達にも配られた。
正直、こんな訳のわからない薬に頼るのは気が引けるのだが、これで、美少女マネージャーが手に入るならば――。
「いくぞ!!!!」
ついに、彼らは意を決して飲んだ!
―――――――熱い?
体の違和感に気づいた―その一瞬先、彼らは自らの体に訪れた脅威の進化を体感する。
「「「こんりゃあああすんげええええべええええええ!!!」」」
―快進撃始まる。
◆◆◆
気がつけば、7-1
あっさりと逆転。
グラウンドには、へばった正樹。バッターサークルには、大リーガーもかくやというほど、体格とか骨格が明らかにごつくなった野球部部長が立っていた。
もとから、大きな体格だったが、今は、もとの体格より一回りは大きく見える。金属バットを5本をまるで木製バットのように軽々にふってみせる。
(これは…まずい…)
もとから、体力がつきかけた正樹には、未来視通りに投げる事が下から難しかったと言うのに、此処に来て、金丸による野球部員のインチキ臭いパワーアップにより、正樹に取って都合のいい未来は確実に少なくなっていた。
その上、この状況、ランナー満塁。しかもよりによって次は例の部長である。
「げっへっへ!まとれよおおお「みゃあ」ちゅわあん!!めんこいおめえを嫁さしたるでのおおおお!!」
そして、明らかにあの薬はヤバかった。体格の変化もであるが、明らかに野球部員達のテンションは高まりすぎて先ほどからなぞの田舎言葉とともに、好き勝手げひた言葉を喚き出している。っていうか、何処の修羅の国の住人だ、お前ら。まるで、理性を失った野獣である。
このまま、仮に正樹が負ければ、下手すれば「みゃあ」がどうなるかわからない。
「そのめえええに!おめえだ!あそおおおまさきいいいい!!!!」
現在7-1、次は5回、ここで10点以上の差がつけば、5回終了時に試合は終了する。
コールドゲームと言う奴だ。
◆◆◆
野球部部長は、突然の高揚感によっていた。「力が湧いてくる」―という言葉通りに、肥大した筋力は、より大きな自信を、集中力は、今までこけにされたあの兄弟への復讐に向けられた。
今の自分になら何でも出来る―この爽快な気分は、自制してきた常識の檻を容易に破壊した。
それは、どうやら自分一人に与えられたものではないようで、薬を飲んだ部員達は、あの浅茅正樹から次々と快音をならしていた。あっとう魔に逆転。それどころか、満塁。
ならば、此処はホームランで、閉めさせてもらおう。
「そのめええええに!おめぇだ!あそおおおおまさきいいいいい!!!!」
彼は、ホームランを宣言する。
浅茅正樹は、特に気にした風もなく、構えた。
本人も、ここが正念場だと言う事はわかっているだろう。深めに被った帽子からは相手の表情は読み取れないが、何となくわかる。あいつは、まだ、勝つ気でいる。
だから、その夢を立ってやろうと思った。
思いっきりかましてやろう。
なにしろ、今の自分は最高に気持ちいい。
――力一杯、目一杯
―相手は振りかぶり
こちらは振り抜く―
そしたらほら、 カキーーン と、白球は彼方に飛んでいき、あのちぎれ雲と同化する。
こんなに簡単ーけれど、問題はその後で―
彼は自分の力が強くなりすぎて、手に持ったものが軽くなりすぎた事に気づかなかった。
◆◆◆
正樹はおおきく振りかぶる―実を言うと、もう彼の見る未来に、打たれないなんて都合のいいものはなかった。
解答無しの大問題。間違えれば、即赤点。
まあ、それでも彼が投げたのは、彼自身が、その目(未来視)で見える都合のいいものを、はなから当てにしてなかったから。
いつだって、どうしようもない時はやってきて、その度玉砕覚悟で全力で突っ込む事に彼は決めていた。
もっとも、上手くいった試しはない―それほどまでに彼の未来視は絶対だ
良き未来がないならば逆説的に手にとることになるのは貧乏くじ
失敗の決定に対して、それがわかっていて、それでも彼が投げるのは―単純に、勝ち目がない事への抗議の為。
ああ、でも、今は投げた後だったか、前だったか。
そろそろ頭も限界だ。いずれにしろ、投げなければ、いや、もう投げた後だったか?
ああ、投げた。投げた。全力で―しかし、これはまずかった。直撃コース。
ボールが?いえ、ボールは上に…。こちらに飛んでくるのは…バットの方だ。
「正樹ぃ!!」
輝樹の声が聞こえた。
――ハッ!?
と、正樹は意識を取り戻す。顔を上げる、目の前には飛んできたバットが――
◆◆◆
気がつけば、野球部の部長が、凱旋するかのようにゆっくりとホームを回っていた。
正樹は、なんとか、飛んできたバットを間一髪でかわしたものの、もはや、眼鏡を外しての投球は体力的にも、精神的にも不可能だった。正樹は、自然と片膝をついていた。
助っ人で参加した他のチームメイトも、これで試合終了だと思ったのか、早々に返ろうとする。彼らからすれば、いくらみゃあの独占を許したくないとはいえ、そこまであの兄弟に肩入れする必要もない。
しかし、眼鏡をかけはするものの、正樹はまた立とうとする。
――もう、いいだろうというチームメイトの視線をよそに。
「「やったべさあああ、部長おおお、あんたさやるおとこだべえええ」」
「「「今夜は鍋さあああ、祝いじゃあああああ」」」
向こう側ベンチは、バットに当りかけた正樹に気を使う様子もなく勝利の雄叫びを上げていた。
「ったく――まだ、4回だっての・・・」と、悪態をつき諦め悪く立ち上がろうとした正樹に影がかかる。
いつの間にか彼の前に輝樹が立っていたのだ。















