口コミ 「薄い味、濃い味、どっちが好き?」
ブログネタ:薄い味、濃い味、どっちが好き?
参加中日記 エビデンスと科学好きの仲間、パンツの柄
こんなことを言うと、教授に言うとこっぴどく叱られるけど
医学は発展途上の不確実な学問です。
科学であって科学ではない学問で、最近になって科学的に説明できる事柄が多くなってきましたが、そうでないことも沢山あります。
はっきりいってしまえば、医学が人間を相手にしている限り、科学であることはありえないのかもしれません。
医学の中で、僕が入学するはるか以前から盛んに叫ばれてきた言葉の中に
エビデンス ベースド メディスン ってカタカナで書くとバカっぽいな
evidence-based medicine(EBM) という言葉があります。
意味は、『根拠に基づいた医療』です。
根拠=エビデンスです。
誤解されやすいようなので、詳しく言いますが
EBMにおけるエビデンスは『完全な論理』ではありません。
『統計的に実績のある』と言い換えたほうがいいかもしれません。
たとえそのメカニズムが完全に解明されてはいなくても、文献的、統計的、事実的に効果がありさえすれば根拠とみなされます。
そう、医学がほかの科学と一線を介するところは
「それで人が助かるのならばいいではないか」という実績主義がどこかにあるからです。
吸入麻酔薬という、手術中に患者さんに使う薬なんか
薬なのに
何で麻酔にかかるのか未だにさっぱり分かっていません。
でも実際の医療現場で使わないわけにはいきませんので、使っているし、それで困ったことはないから実害はないのですが。
ここまで聞くとわかりますが、一から十まで、数字で代替できる数学や、宇宙の在り方まで机上の上で予測を立てれる物理に比べて、はるかに稚拙な学問です。
それは無勉強からくるのではなく、人が―というより生き物が数字に代替できるものではないからです。
人間の精神力は計りしれません。
プラシーボ効果(偽薬効果)が有名かもしれませんが
『効く、絶対に効く!』とおもって飲むと、それが単なる小麦粉だって、病気を治してしまえる。
それ以前に、人間ひとりひとり、体の構造が違いすぎるのですから(鉱石の成分の違いと、人間ひとりひとりの構成成分の肥料を比べてみたら、鉱石で言ったら、人間なんて全く別の石です)、一般的な方法ですべてに適応しようなんて不可能です。
だからこそ、医学は実に、科学的でありつつも魔術的です。
医者もそれは自覚していて、世界最古の医療職を自分たちからシャーマン(霊媒師)だという始末です。
そもそも、ほかの科学にエビデンスなんて言葉は流行りません。
だって、医学に比べれば、物理も化学もエビデンスの塊なので、わざわざはやらす必要もないのです。
そんな医学であるがゆえに、理系の人間たちは科学的思想に憧れを求め、医学は科学側に近づいています。そういう流れがあるということ念頭に置いてもらい
今日こんなことがありました。
■ ■ ■
前置きは長くなりましたが、
そんな医療を志すなかでも
科学好き、つまりは、物理や数学や、化学が好きな人間はたくさんいます。
むしろ、理系の学部なので多いほうでしょう。
テストも終わって、二人でそんな友人と物理や化学の話に花を咲かせるうちに
ニコニコ動画という動画サイトで「レールガンを作ってみた」という動画の話題になりました。
レールガンとは、ローレンツ力で、電離した気体(プラズマ)を、ローレンツ力でぶっとっばすという、発想は中学生レベル、技術は国家兵器開発部門レベルの兵器です。
(これに対して、普通に弾丸をローレンツ力で飛ばす武器をコイルガンと言います。)
おいおい、そんなもん作ったら、銃刀法違反に引っかかるのでは?
と思っていたら、
そもそも飛ばすものがプラズマなので(弾丸ではない)、果てしなくグレーゾーン。
刑法を調べる限り、その文面を普通に読めば機構上、銃の定義ではないので、家の中でぶっ放す分には果物ナイフ扱いってところかもしれません。
実際に作りはしないが
そんなことを話し合っているうちに盛り上がり、
必要なもの、図面そのほかもろもろを話し合い、ついには盛り上がりすぎて、ネットカフェで情報集め
・・・・・まじかよ、図面そのものが流れてんじゃん。
・・・・・必要なもの・・・・・
・・・買いそろえられないこともないなぁ・・・この金額なら。
・・・
友人「これさ、ハンドガンサイズはどう考えても威力的に無理だけど、車に積めないかな?」
駄目だろ、何言ってんだ、お前?
え、無理かって?
う~ん・・・・威力が低くてもいいなら、詰め込めるんだろうなぁ・・・きっと。
ふと、僕が生まれるか生まれないかの、昔の映画
大学生が、核爆弾を作る話・・・あれを思い出した。
日本には技術も、それを支える素材もあまりに流布している。
なにしろ、PS2に搭載されてる部品がミサイルの誘導装置より上だし
はるか昔のファミリーコンピューターでさえ、その当時のアポロ計画で使ってた宇宙船に積んだコンピューターよりはるかに優秀なのだ。
それを考えると、非核三原則以前に
日本の技術力をもってすれば一般人が戦争に使えないにしても、ある程度の兵器を所有できるという事実のほうがはるかに問題なのではないかと思う。
ここ、日本の大学生は科学知識という最大の凶器を持っている。
それでもこの日本が平和なのをみると
ほんとうに日本人って平和な生き物なんだなぁと改めて思ってしまう。
悪意だ騒がれている世の中だけど
善意が満ち満ちていなきゃありえない状況だ。
ならば、どんな凶器を作る知識も、きっと善意という精神性の中にかすんでいるのだろう。
医学が、科学的に進化してる一方、
すべての医学的知識が、事実に基づいて説明できるようになれば
おそらく殺人における完全犯罪は、物理学者や科学者よりもたやすいのかもしれない。
そういう医療を殺人事件に使うのをネタにした(テーマではないよ)「チームバチスタの栄光」もはやっているし、いつかそんな事件が起こってしまうのかもしれないが
それでも、あれだけ発達した物理学や化学がこれほどまでにコントロールされているのだ。
医者こそ、もっと自分たちの知識を悪意に使わないようにコントロールできると、僕は信じるほかにない。
と、その時、友達と結論に至ったとき
最後に、友達が言った言葉は
「そんな大げさな話じゃないよ。大げさにしてはいけない。そういう概念があることがあれば、それは実現しちゃうって。
概念を実現することが科学者の性なのだから。
科学者は、無責任に科学を非倫理的に開発していると一般の人は言うけれど
そういった概念の開発を一番自粛しているのは科学者なんだと思うよ。
いつだって悪いことに使えないか考えるのは、非科学者だ。」
と、逆に僕が悪者にされていた。
確かにそうかもしれない。
考えることは重要だが、考えてはいけないことを考えないようにするのも
今の医学は、科学者に学ぶべきかもしれないなぁ。
なにしろ、科学者がそういう問題に出会ってきたのは医学の比ではないのだから。
とりあえず、僕は、今日の友達(男)のズボンの端から見えたパンツの柄が何故『ピンクのクマさん柄』であったかということを 『考えてはいけないこと』として考えないようにして、そっと意識にふたをした。(実践完了)
本日よりブログ再開
さて、いろいろ乗り切り
本日よりまた、ブログを再開しようと思います。
去年起こってしまったノーパソ終了により
入れなおさなければならないソフトが山盛りです。
ついでに、なかよく、NTのパソもぽしゃってるので
SAIやなんかはもとダウンロード品らしく、もう一度証明書を買いなおさなければならないそうです。
乙ですなぁ。
そんなわけで、今日よりまたブログ再開。
しばらくは、ブログ内のデータの掃除、と整理。
リンク切れなども含めて修復。
そもそも、ブログ休止する前が、ブログ工事中だったので、工事しかけで、データがぐちゃぐちゃになってる。
くはぁ・・・忙しくなりそう。