私と仏教との関わりを語る上で、必須で書いておくべきと思うことがあります。
それは、得度(法名と僧籍を頂くこと)させて頂いたということです。
今回はそのことから書かせて頂きたいと思います。
前々回のブログでも触れた、親との関係についてからです。
以前X(旧Twitter)にこう呟いたことがあります。
機能不全の親子関係である事実を、子の方が認めざるを得ず、その現実を受け入れる事ほど辛いことって世の中にそれ程ないんじゃないか。。。
機能不全の親子。親との会話で、あれっ、これっておかしいだろうって思った事をものすごく長い間、自分で気が付かないように隠蔽してきた。これは苦しいよ。。。
ブッダは、一切皆苦、と言います。
親子との関係だけではありません。
瞑想修行と仏教の教義を学ぶ中で、この辛い事実を受け入れる、受け入れる生き方。私にとってはそれは得度することでした。
僧侶とは社会的な身分ではなく生き方であると。
何者に成ることも目指さない。
そして、ご縁あって、日本の伝統仏教、成田山系の真言宗のお寺のご住職の元で得度をさせて頂きました。
。。。次回に続きます。