自由にいろいろ変化できることは ゆらゆら揺れて迷うことを楽しむ
突っぱねる強さとは違って 柔らかく柔軟であって未来がある期待感もある いろいろ変われるから進んで動ける 活発な心ということになる
自由な心の動きを楽しむことを習慣にしたら、疲れることもない
機械 社会が押し付ける第三者の立場でない
自分 個人の立場 第三者の立場は一体全体を知ってるのであろうか
常識も変わる 人の人格も自由だから色々と変化をする だから人のことはよくわからないのが当然 自分の自由が怯むことなく 個人の価値感で生きる
平等だとか公平だとか言う 第三者の立場は全く無関係 それは自力があやふやになって自分を信じられなくなる 第三者 社会は、 そんなものはない作り事
自由を頑張って気持ちよくなる習慣がつけば、安定した柔軟な自由が落ち着く
人を攻撃する時代は終わった
内面を活性化して自由変化する 色々を楽しむ
明るく 晴れやかで気持ちよく弾む
疲れずに湧き上がって、 踊る ウキウキが込み上げる
立ち直りも早い
正しい 平均的な基準は第三者ではない
それは一人称の自由だ
決めつけない 思い込まない いろいろ 受け入れる