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自然現象の観察

現実を知り、宇宙へ自然創生をつなげる

自由にいろいろ変化できることは ゆらゆら揺れて迷うことを楽しむ

突っぱねる強さとは違って 柔らかく柔軟であって未来がある期待感もある いろいろ変われるから進んで動ける 活発な心ということになる

自由な心の動きを楽しむことを習慣にしたら、疲れることもない


機械 社会が押し付ける第三者の立場でない

自分 個人の立場 第三者の立場は一体全体を知ってるのであろうか

常識も変わる 人の人格も自由だから色々と変化をする だから人のことはよくわからないのが当然 自分の自由が怯むことなく 個人の価値感で生きる

 平等だとか公平だとか言う 第三者の立場は全く無関係 それは自力があやふやになって自分を信じられなくなる 第三者 社会は、 そんなものはない作り事


自由を頑張って気持ちよくなる習慣がつけば、安定した柔軟な自由が落ち着く


人を攻撃する時代は終わった

内面を活性化して自由変化する 色々を楽しむ

明るく 晴れやかで気持ちよく弾む

疲れずに湧き上がって、 踊る ウキウキが込み上げる


立ち直りも早い


正しい 平均的な基準は第三者ではない

それは一人称の自由だ

決めつけない 思い込まない いろいろ 受け入れる






第三者社会は 自分も他人なので、好き嫌いも分からなく成る

言葉を理屈だけであれこれいじくってみるばかり

第三者社会は 個人を不感症にさせる

感覚がにぶる

まるで遠い別世界に生きているようだ

意識があやふやに成る


もし強くて勝っても、まるで人のことなので、楽しく無い 面白く無い


個人なのに第三者にされる扱いを繰り返されて洗脳されるから、好き嫌いも分からなく成る

自分で欲望もはっきりし無い


 これじゃあ 人間関係も薄れるし 後から続けて来る人も減っていく







三人称社会の欲望は 純情と素朴な自然現象を破壊する

集団が喧嘩に成る作りごと


ねたみと羨望を利用している 他人がいまいましく思う

純情と素朴をだます


そもそも三人称世界は無い

誰がどう思おうと個人に関係ない

実態が無いうそに価値を付けて続けるから いつか喧嘩に成る


想像上の作りごとの第三者の欲望は幻の麻薬だ

目がくらくらする 興奮させる幻惑だ

繰り返す洗脳による


幻想が膨張した自惚れ 自己満足


他人がする想像を想像した間違い

出来そこないの幻惑


一人称の個人で 冷静で居れば 第三者の欲望は 無理した作りごとと良く分かる


機械が中心となった社会は 従うことによって 何百年か、規律を守ってきた


しかし色々な立場の人が増えた場合

狭い世界が広く 繋がった


人類同士が逆らうことも 増えた


こうなってくると行動の基準は欲望である

欲望は個人の一人称の世界であるから

まやかしの 三人称 世界には関係ない


人の欲望を気にして生きることはない

自分に関係ある人の欲望に構うこともない

第三者がいいからと言って自分の個人の欲望を変えることはない


こうなってくると第三者 社会のまやかしは、束縛された集団の欲望は考えられない 作られた幻の蜃気楼ということになる


束縛された集団が 欲望で喧嘩することは  低レベルな動物の内容をひけらかす そんなことはわかっている 無意味な 情動である


生活する行動の基準にしても 一人称の個人の欲望が中心となって動くことが 無駄であやふやな意識のない クリアな意識である




大勢人数が集まるポピュラーがいいということではない

三人称 社会は寄ってたかって作られたが、 例えば この500年の歴史を見てみると、 マニアックに集中して愛することが人生の満足感につながる 例がある

大体が妬みと羨望が入ってきて混乱する

愛情というものの運命は複雑である


今後は 個人の自由が深められる

無駄と邪魔が廃止される

はっきりした 意識と感覚による 個人社会が伸びていく

三人称の誰が見ても聞いても変わらないという 機械的なタンパクさ が削がれる


いきいきとした 芸術の作品でも飛び出してくることが期待できる


機械が生まれてどんどん出てきて 知恵と工夫により何でもできる 勢いで機械 社会が広がった

実際にかなり危険と孤独と恐怖が克服されて自惚れと自己満足は膨張している


しかし 第三者 社会は無理やり こじつけられた幻想であることは間違いない

乗り物は遠くまで行けるが途中までを省略してしまう

映像や電話は思い込んでしまう そこに時間を集中させてしまって 普段の日常の途中を捨ててしまう


人民は奴隷になって 知恵と工夫を抜き取られた


しかしこれからは さらに上になって欲望を尖らせることが仕事の一つになる

個人の自由が機械と道具を活かす いろいろな変化を利用する

三人称 世界は落ち度が大きいことがわかってくる

自動車と映像と電話は途中を省略して時間を集中させるので、遠くて大きいことがいいばかりではない


自然現象や 宇宙が分かってきて 個人の自由な色々な変化がどれだけの欲望を掻き出してくれるか 楽しみ








三人称世界が幻の蜃気楼に消えてゆく

乗り物は 硬く固まって無理したベルトコンベア ムカデ競争の連なり 

おかしい笑いがひよこひよこぞろびく


同じものをそろえ、同じことを繰り返された

目的は 威張って偉そうにあご上げるみくだし


三人称の横槍が 一人称世界を押さえ込んだ


個人の怒りと危険と恐怖が 隠され消えた

皆んながそうすりゃ良い、と、三人称社会によって だまされ、機械で無理したまぼろし 計算で上塗りされた架空

再現しても不自然な気持ちをまた計算して持ち上げる

機械のでっち上げ


現実のパワーは 無駄で邪魔な、架空の利益に影響を受けてない 自由な個人の手元だ


噛み締める 自然な本物の感覚 

感情 記憶 想像が 

機械 電気 油を押しのけて 姿をあらわす

自力で起こす 燃える欲望に 強く気付く






個人の自由が偏った 好みを広げることによって

人間社会の欲望を強くしていく

それによって喜びがなくなった 第三者 社会の抽象的な理論を打破する


自分の好きなことだけで頭の中を作っておきたい

その欲望は長い間 自然破壊されてきた 自分の趣味だけで生きることはできなかった 頭と体が繋がっていなかった

世間は頭だけでできていた


しかし 狭い 世界がつなげられて 広い世界に出た時に 偏った欲望が効果を上げる

広い世界になっていろいろな立場の人が増えたから

自分の生きてきた 運命の中で 心の自由がないと生きていけない人が増えた


自由に色々と変わる 浮気心がないと生きていけない人も増えた


背景には 社会という自然現象が変化を起こして 生まれ変わった

お金を稼ぐという 抽象的な理論が機械によって操作されてきて 人々を抑えつけてきたが、洗脳された 統一理論からの脱出が必要になってきた


自分の好きなことをしなければ生きていけない 偶然を増やすことになる


機械によって本当の現実じゃない 嘘 社会   というのは機械の主催者により営まれてきた既得権益 が実権を握った頭の中だけの世界 


頭の中だけの世界だから 総合的に体とはつながっていなかった


それが今 趣味の体と頭が繋がって 個人が公に出た

もともとの市場の原理は 現実的な一人称 世界である

非現実的な三人称 世界は消えていく



抽象的な3人以上の世界は 心のピントが合わない  嘘のこじつけになるのじゃないか 

自然現象の現実が本当じゃなくなる

個人の自由の欲望はストレートに言って

 自分の好きなことだけで頭の中を作りたいのにそれをさせない


みんなが 金銭の奴隷で合わせて従う


個人の自由な欲望を抽象的な三人称 社会は自然破壊してしまっている


理論はどんどん 細かくなる  追いかけっこになる

こじつけられた世の中は、本当の現実じゃない


世界が いろいろな立場の人によってできるようになって 変わってきたら、 

抽象的な3人称 社会も終わるだろう





 

感情というものは 小さいものが大きくなって来る

弾力性が有る

感情は色々変化する

色々な味が楽しめる



しかし三人称社会は束縛されているから感情が出無い

社会が硬く固まってしまうと、感受性が硬く固まる

硬く固まった感情は うれしくない


三人称社会は他人事

人にやらせる社会


何もかも人次第だから 良いニュースが無い

無理してこじつけた理屈の言葉が並ぶ

遠い世界を聴いているようだ

実態が無い 空っぽ


しかし個人がひとりで味わう感情は有る

でも、三人称社会を信じたらひとりの感情を認め無い

自分に自信が無くなる


二人称の相手も 無の三人称社会に感情が鈍化をして居る


自然現象が感情を魅せてくれる

自分が黙ってそっと見る 真実の三人称世界が偶然見れたら嬉しい


うそが真実である場合が多い


自然現象もすっかり変わった

確かに現実は自由だ

感情が自由で無いと感情を感じ無い