不良少女 第十一章~少年院での生活③ | バツ3mamaの自由きままなお気楽life

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波乱だった過去と楽しいことを考えるのが楽しくなった現在。


学園では1か月か2か月に1回



JUKI(ミシンが有名)の工場のある体育館を借りて



バレーボールの交流会的なものがあり



それが唯一の楽しみだった



何故かというと



なかなか高い壁の外に出る機会がないから



運動は学園のグランドでもできるけど



みんなでバスに乗り遠足の様なもので



外の世界が見られるから・・・・



その他の楽しみといったら



月に1度のおやつの時間



学園の近くの和菓子屋さんや洋菓子屋さんが



寄付をしてくれる



とてもありがたくおいしくいただいた





普段の朝昼晩のご飯時は



部屋ごとに食堂に行き



部屋の人と座ってご飯を食べるんだけど



3食、必ずゴマ塩とおかかのふりかけが小さなタッパーに



入ってテーブルに置いてあり



部屋の古い人(一番長くいる人)から



ふりかけを使っていいという暗黙の了解的なものがあり



そのふりかけのタッパーが



新しい人に回るまでには



中身はほぼからっぽで



初めてみんなと食堂でご飯を食べる時に



その光景を見てビックリしたのを鮮明に覚えてる



あたしは、ふりかけもあまり好きじゃなかったので



逆に自分が古くなってきた時には



全く使わず回してあげた



周りからしたらただのいい子ぶってる子にしか思えなかっただろうけど




たまに部屋替えなんかあったりした



無駄話は一切しちゃいけないって規則だけど



当たり前のように無駄話はしてしまう



なぜか「やっぱ」「ばっか」「じゃん」は使ってはいけない言葉で



それを使うと部屋内でペナルティの印を付けていく



横浜あたりの子は方言みたいなもんなのでかわいそうだった(T_T)




それはそうと関東には長期、短期で女子少年院は2か所しかなかったので



めちゃくちゃいっぱい悪い子?悪さしてきた子?悪そうな子?がいた



あたしは統計を取ってみた



取るほどでもなかったが埼玉県と神奈川県の不良少女が



圧倒的に多かった



東京都の子が少なかったのが意外だった



なかには関西の子もいた



その子は集団リンチで若い命を奪ってしまった一人だった



おとなしく、ほとんど会話もしないその関西少女の話だと



たまたまその場に居ただけで危害を加えていないという話だった



だけどその場に居たからこういう事になってしまったと・・・・



その子を見てると本当に何にもしてないように思えるほど



毎日、寂しそうな哀しそうな顔をしていた



関西弁がついつい出てしまうので部屋の子にもからかわれたりして



泣いてた時もあった



あたしも助けてあげることができなかった



そんなことをしたら



あたしも部屋の人たちにいじめられてしまうと思ったから・・・



そんな弱い自分が嫌だと何度も思った



申し訳ないとも何度も思った



あたしはそんな小さい人間だ



いつの間にか関西少女は他の部屋に移動になった



いじめてた人も部屋からいなくなった




最近、純代の姿を修業やらなんやらで見かけなくなった



狭い空間内での風の噂で同じ部屋の年上の人と喧嘩して



懲罰になり単独室へしばらく移動になったと



「あ~あ!やっちゃったのかぁ~!」



「退院遅くなっちゃったじゃんかぁ~!」



心の中で純代に話しかけた



あたしは意地でも真面目に生活して



4か月で退院してやると思った















それなのに・・・・・・・