『セカンドキャリア 引退競走馬をめぐる旅』 | First Chance to See...

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エコ生活、まずは最初の一歩から。

 小学生の頃にアンナ・シュウエルの『黒馬物語』を読んで以来、馬が好き、というか、強い憧れを抱いている。

 

 憧れが高じて、大人になってからは、関東近郊の体験乗馬初心者外乗に参加してみたり、ウィーンのスペイン乗馬学校にハマりまくって関連書籍を読みあさったり、東京オリンピックの馬術競技を片っ端から録画して見たりした。そうやって断片的に馬についての知識が増えていくうち、日本の競馬についても気になり出した。

 

 賭け事をやらない私でも一般常識として「日本ダービー」の名前くらいは知っている。サラブレッドの3歳馬だけで争うレースで、その謳い文句は「その年に生まれた約7000頭から選ばれし18頭」。そりゃたいしたもんだけど、でもちょっと待て、毎年毎年7000頭ものサラブレットを新たに受け入れられるほど、日本の競馬/乗馬界の規模は大きかったっけ?

 

 もちろん、大きくない。大きくないにもかかわらず、毎年毎年7000頭ものサラブレッドが、高額な種付け料が払われた上で極めて人為的に誕生し——そして大半の馬は若くして消えていく。

 

 消えるって、どこへ?

 

 という問いは、競馬好きの間でも「言わないお約束」になっているようで、というのも、毎週日曜の午後3時はテレビの前で正座するという競馬好きの元同僚に、敢えて空気を読まずに訊いてみたことがあるからだ。ごく少数の引退した超有名馬に会いに北海道の牧場に会いに行きたい、と言ったりするものの、競馬に出てこなくなった馬の行く末にはさほど興味がないようだった。主な関心はあくまで「賭け事」であって、「動物」ではないというだけのことだろう。一般の競馬ファンとしては間違ってない。

 

 ただ、賭け事より馬が好きな私は気にかかる。『黒馬物語』でもスペイン乗馬学校関連本でも、馬は3歳くらいまで母親や仲間と一緒にのんびり過ごし、調教らしい調教は3歳を過ぎてから、と書いてあったのに、競走馬は3歳にして調教どころかトレーニングまですっかり出来上がっている。馬場馬術では10歳くらいからしか公式戦に出られず、東京オリンピックの馬術競技でも10歳の馬は「若い」とコメントされてたのに、10歳まで現役で走る競走場はごく稀だ。馬についての断片的な知識が増えれば増えるほど、競馬界のありようについての疑問はますます膨らんでいく。

 

 そんな無駄に悩める私にとってまさに絶好のタイミングで発売されたのが、片野ゆか著『セカンドキャリア 引退競走馬をめぐる旅』(集英社)である。

 

 

 動物ノンフィクション作家の著者は、本書の取材を始めるまでは競馬にも乗馬にも縁がなく、馬と言えば「好感度は高いが遠い動物」でしかなかったという。それだけに読者は、著者と一緒に取材の過程で少しずつ馬についての知識や見聞を増やしていくことができる。もともとのしがらみがないから、競馬界からも乗馬界からもほどよく等間隔の距離をとって取材されており、どこかの業界に肩入れしすぎることもない。


 引退競走馬の行く末という、ともすれば悲惨で気の滅入る問題を取り上げながら、この本自体は悲惨で気の滅入るものになるどころか、むしろ良い意味で前向きでポジティヴなものに仕上がっていた。毎年数千頭のサラブレッドが消えていく業態をそのままに「目の前の数頭だけを引き取っても意味がない」(198-199)と言いたくなる気持ちもわかるが、それでも小さな保護活動を続け、声を上げ続けることで少しずつ社会全体に影響を与えることができる。「その点からも〝目の前の数頭について真剣に考えること〟はけっして無意味なことではない」(199-200)という著者の言葉に、私も大賛成だ。

 

 その上で、さすが手練れの動物ノンフィクション作家、かわいいお馬さまもかわいい様子が文章だけでがしがし伝わってくる。読んでいるだけで、思わず顔がほころんでしまう。いやもうラッキーハンターったら、かわいいにもほどがあるだろーーー!