2001年から2013年にインドに滞在し、ヒンドゥー語を学んでヒンドゥー映画を観まくった著者による、インド映画の解説書。日本人がインド映画に抱きがちなイメージや疑問を、「なぜ多いのか」「なぜ長いのか」「なぜ踊るのか」といった9つの「なぜ」に分け、「なぜ」の背後にあるインドの社会や文化にも踏み込んでいく。
めっちゃおもしろい。
私が初めてちゃんと映画館でインド映画を観たのは、1998年、東京/渋谷のシネマライズで上映された『ムトゥ 踊るマハラジャ』で、これはこれでおもしろいと思ったものの、そこからさらに深くハマることはなかった。ヒンドゥー映画のスーパースターの一人、シャー・ルク・カーンの主演作だけは諸事情あって時々観たりもしていたが、やっぱり特にハマることもなく、「これはこれでおもしろい」の域を出ることはなかった。
そんな私が初めて決定的に「これは凄い、インド映画恐るべし!」と思ったのが、2013年に観た『きっと、うまくいく』。それまではインド映画に対して「何か垢抜けない」と侮ってたところもあったけれど、そんな気持ちはこの映画で完全に吹っ飛ばされた。で、以降、『きっと、うまくいく』の主演俳優アーミル・カーンの出演作だけは逃さずに映画館で観るように。
そして2022年、S・S・ラージャマウリ監督の『RRR』が日本でも大ヒット——それまではアーミル・カーンの関連作にしか関心がなかった私でさえ、この映画には大ウケした。
と、長々と自分語りをしたのは、『インド映画はなぜ踊るのか』の著者である高倉嘉男氏もまた最初に観たインド映画が『ムトゥ 踊るマハラジャ』で、そこからインドとインド映画にのめり込んでいったという経歴の持ち主だからである。のめり込みの度合いはまるで違えど、この四半世紀、日本におけるインド映画の需要具合を眺めて過ごしてきたという立ち位置だけは同じなので、『インド映画はなぜ踊るのか』で解説されている内容にいちいちすごく納得できる。
だって、1998年当時のシネマライズというミニシアターが持っていた意味合いなんて、今の若い人にはピンとこないでしょ? 「全然知らない作品だしたいして興味もないけど、でもシネマライズで上映しているのなら観てみるか」という感覚、関東圏在住で私と同世代、もしくは少し上の世代の映画好きならば、「わかるわかる」と膝を打ってくれるはず。あの時の『ムトゥ 踊るマハラジャ』の日本での売り出され方や受け入れられ方を肌感覚で知っていて、かつ、その後もほどほどの距離感でインド映画に接していた私としては、本書の中で日本におけるインド映画のブームが
第一次 『ムトゥ 踊るマハラジャ』
第二次 『きっと、うまくいく』
第三次 『RRR』
と解説されていることに、「わかるわかる」と膝を打たずにいられない。
と言っても、もちろん本書は日本でも大ヒットした有名作の解説本ではない。肝心なのはその先、インド映画の製作本数が統計上やたらと多い理由や、やたらとダンスシーンが多い理由、ロマンチックなシーンで主人公が水に濡れる理由などを、インドの国内事情や歴史的/文化的背景をもとに分析/説明してくれることにある。読んでいると次から次へと目から鱗が落ちまくり、前に観たインド映画を改めてもう一度観直したいと思う。
さすが実際にインドに住み、インドの大学でヒンドゥー語博士課程まで取得した著者だけのことはある。同じ四半世紀という年月をうすぼんやり過ごしてきた私とはえらい差だ。が、見方を変えればこの本のおかげで著者の知識のお裾分けに預かれて大ラッキー、とも言えるわけで、どうか私以外のうすぼんやりな映画好きさんもこの幸運を逃されませんよう。




