変わり果てた光景•́ ‿ ,•̀

火元の神山(かみやま)という地区から見下ろすような地域にあるのが今回の大火事で焼け野原状態になった田中(たなか)という地区です。母が生まれ育ち、私も生まれて(田中の借家で生まれたらしい)10歳までと12歳~18歳まで(16歳の時に新築の実家で学生生活)と長男を妊娠し産んだ21歳~22歳まで暮らした地区です。
一夜明け、YouTubeで沢山の火災映像がアップされてるのを目を凝らしながら色々見て私が高校3年間と長男を妊娠出産して1年半暮らした元実家の場所が遠い記憶でハッキリ断定出来ずにいます😥
元実家というのも、父が亡くなる前、長年お世話になり家のローンも援助した母ではないパートナーに譲渡しパートナーの兄弟が住んでると亡くなってから聞きました。私は10代の頃から親の財産があっても放棄すると両親に伝えていましたし、複雑な家族関係で晩年の両親とは交流も無く父危篤の知らせの時も一瞬お見舞いするのをためらったほどでした。特に母とは絶縁状態でしたので葬儀には市内にいた長男と二男だけが参加しました。
そんなに深い思い入れや、ふるさと愛があるとは思っていませんでしたが、真っ赤に空を覆い延焼し続ける炎が❤️🔥祖父母や両親や母方の親族のお墓方向に向かってる映像を目にした途端、身体の震えが止まらなくなりました😭
道幅が狭く路地の様な通りに家屋が密集し空き家も多く若年層が少ない故郷です。鎮火の遅れは強風と道幅が狭くて消防車両が入り辛く消火作業が困難な状況にあると理解しています。
1.4㌔の沖合いにある無人島〈蔦島(つたしま)、前の島とも言います〉にも火の粉が舞い降り自衛隊ヘリで消火している映像も見ました。
昔々、この蔦島を父方の先祖が保有してたと聞いたことがありますがホントかウソかは分かりませんが。ただ、父方の祖父が幼いころはお世話係りの女性が数人居たらしく確かに本家の仏壇が大きくて立派な仏壇だったと記憶しています。私が幼い頃、過去帳も見せて貰った記憶が有りますが内容までは記憶に無く数年前、お墓参りの時に本家に寄り過去帳を見せて欲しいとお願いしたところ…家人の兄弟が持ち出して行方知れずになってると聞き残念に思いました。田中から延焼して1山超えた地区が幸ノ浦(こうのうら)という地区で父が生まれ育った場所です。因みに幸ノ浦って…幸(さち)の裏=不幸せ(ふしあわせ)みたいなイメージがあって好きな地名じゃないです。今回の大火災により、私のルーツの一部を紹介することになりましたが、
兎にも角にも一刻も早く鎮火して欲しいと願っています🙏🙏
生まれ故郷が燃えている༎ຶ‿༎ຶ
大分・佐賀関で大規模火災、20棟が延焼中 70代男性と連絡取れず [大分県]:朝日新聞 https://share.google/1Cck7ZTgl5RvCBQZV
一刻も早い鎮火を祈ります🙏🙏
両親や親族のお墓がある場所だから…身体の震えが止まらない😰