【何を目指すのか】

 

軸がブレると悩む人は、
相反するものを目指していると言っていい。

 

例えば、
幸せになりたい
そして
忙しく充実した仕事をしたい

などだ。

 

これは、表面上は
一直線上にありそうに言われているが
それはただの勘違いだ。

 

 

人が幸せである状態というのは
豊かさを「受け取っている」状態だ。


つまり幸せに「なる」、というのは、
身の回りに「すでにある豊かさ」に気づき、
それを「受け入れる」行為だ。

 

人が忙しく仕事を「する」というのは
能動的で何か成果を「取りに行っている」という事。
そして仕事とは、仕える対象に
「今は無い豊かさ」を「与える」事なのだ。

 

 

「なる」、と、「する」、は全く違うし
「すでにある」のと「今は無い」のは逆だ。


「受け取っている」と「取りに行っている」のも逆だ。
「受け入れる」のと「与える」のも逆だ。

 

つまり、
一直線上にありそうでも、
真逆の事であり、
両方が同時に起きることは
本質的にありえないのだ。

 

 

もし、あり得るとするならば、
どちらかを少し変える必要がある。

 

もし、幸せになりたいのであれば、
「ゆったりと自分のペースで仕事したい」、
となるだろう。


すでにある豊かさの一つに、
仕事の能力がある。


だからこそ仕事もするが、
その時には、仕事で与えることよりも
仕事云々にかかわらず
受け取ることのほうがたくさんあるだろう。


結果的にスゴく忙しくなりそうだが。。

 

 

もし、忙しく充実した仕事をしたいのなら、
「幸せにしたい」になる。

仕事も「する」のだから、
幸せも「与える」のだ。

 

 

わかるだろうか。
幸せに「なりたい」のは女性性であり、
幸せに「したい」のは男性性だ。

 

男性のように働いているなら、
男性性としての幸せのあり方は
大抵その時点で叶っている。


受け取ってくれる人が居ればね。

 

だがこれを
自分のためなどと言っているうちは
それは子どもと同じ。
大人になりなさい。

 

 

翻って
男性のように働きながら
女性性としての幸せのあり方を求めていれば
それは相反する。


もし、そうなったと思える瞬間が
あったとしても
それは残念ながら全て幻想だ。

 

どれだけ「取りに行った」ところで
その幸せは見つからない。
なぜなら、すでにそこにあるのだから。

 

 

実際の成果で見ていっても、
自分を犠牲にして人生を切り売りしてる人間に
成果が出せる奴はいない。

 

自分のペースを重要視し、
余裕を持って行おうとする人間の方が
結果として成果も高い。

 

そして、それは、
誰であっても、そうなのだ。

 

 

軸がブレると感じている人は、
自分が日頃人に言っていることを
よく考えてみるといい。

 

このように相反する要素を
持ちあわせてはいないか。

 

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