【「分かる」というのは「分けられる」という事】
 

イマヌエル・カントの
「難問は分割せよ」という言葉を知っているだろうか。

 

結局どんな難問であっても、
分割すれば一つ一つは簡単になるという事を
偉い哲学者は言ってたわけだ。

 

さて。
我々大人は日常から、
様々な問題に直面しているだろう。

 

家庭や同僚、上司部下などの人間関係から始まり、
仕事のミスや無理難題、
クレーマーから馬鹿な上司部下、
経営戦略云々など
様々で、何一つ同じ問題が無いはずだ。

 

 

では、
果たしてこの問題の解き方を教える塾があるだろうか。


果たしてこの問題を解決する「答え」を
この筆者のように、誰かが教えてくれるだろうか。

 

我々は毎日のように
「未知の」問題に挑んでいるとは言えまいか。


これは、方程式もなければ、
ケーススタディも無いわけだ。

 

だから毎回「難問」であり、


それを解くには、
「記憶力」は何の助けにもならず、
この「分ける」チカラが必要なわけだ。

 

 

また、人間社会というのは、
凹もうがくじけようが自信を無くそうが、
やもすればそういう時ほど、
容赦なく問題がやってくるだろう。


こういう時ほど、
「分ける」能力が試されているではないか。

我々大人は、毎日のように。

 

 

子どものうちからやっておくべき勉強とは、
良い点を取るためだけではなく、
この「未知の問題」に対応できるチカラを
付ける事ではないだろうか。

 

大人になれば
予想を超える展開を迎える事は
日常茶飯事なのだから。