【生産性に対する嫌悪感】

 

最大の生産性を発揮できている状態を
まずイメージしてみてほしい。

 

もし、
みんな機械のように無言でカタカタと
仕事している感じなら、
その嫌悪感はその「イメージ」に付いている。

 

だが考えてみてほしい。


その方向では、各個人の特有の「能力」を
使っていないだろう。


能力を使わないのであれば、
生産性は「最低」なのではないだろうか。

 

もし本当に生産性を「最大」にするならば
各個人の能力を遺憾なく発揮できたほうが
当然生産性は高くなるはずだろう。

 

つまり、
本当に生産性が高い職場というのは、
個人の能力、
つまり自分を最大限に活かせる
場所であるはずなのだ。

 

そこで働く人たちは
自分の能力を遺憾なく発揮できるから、
気持よく働けるだろうし、
社会に自分が貢献している実感があるだろう。

毎日の仕事に喜びと誇りが持てる、
居心地の良い「居場所」になるはずなのだ。

 

 

あるロボットの生産工場を見た時の事だ。

 

その工場で働くのは
そこの商品であるロボットだ。
ロボットが、自分と同じロボットを生産している。


SF映画のような光景だった。

 

殆どの人がイメージする
「生産性の高い職場」の最たるものが
これになるだろう。

だが、この工場の生産性は、
じつはそんなに高くない。

 

 

ロボットはプログラムされた動きしかしない。


すぐ終わる作業と時間のかかる作業の隙間で
仕事が必ず「詰まる」のだ。

 

道路で、
事故が起きてないのに渋滞するのと
同じ理屈だ。

 

工場内のそこかしこで仕事が詰まるため、
殆どのロボットが
「作業待ち」の状態になる。

 

渋滞は渋滞を呼び、
生産量をあげたい時ほど、
稼働率が下がってしまう。

 

その時、
詰まっているところを助けることもなければ
大変だから助けてくれとも言わない。

 

文句を言わない分、
「良くないところ」を教えてはくれないから
結局は「人」が状態を見て、
相談しながら時間をかけて調整している。

 

そして、はじめの設計から間違っているポイントは
調整レベルではどうにもならない。

 

道路でも、
信号のタイミングで渋滞緩和できるところもあるが、
そもそも道を変えないとどうにもならないところも
たくさんあるのと同じだ。

 

 

この時人ならば配置換えで済む。


簡単だ。

 

これがロボットの場合、ひとつ動かすのに
数百〜数千万のコストと、数週間の時間がかかる。


この間、
他のロボットだけ動かすわけにも行かないから、
工場全体を止めることになり、
損失は莫大になるわけだ。


この損失に耐えられる企業は無い。

 

結果、工場をごっそり作り変えない限り、
その工場のロボットは
文句も言わずに
24時間365日、
仕事を「待ち続けて」いるわけだ。

 

現実的には
生産性は一定以上は絶対に上がらないわけ。

 

 

この事から言えることがある。

 


それは、

「仕事」とは、
「人間でしか出来ないこと」である

という事だ。


最近AIだのロボットだのとまた騒いでいるが、
これがわかっている人は、
仕事を失うことは絶対にないわけだ。

 

 

「人間にしか出来ないこと」

これを最大化する事こそが
生産性を上げること。


各個人の能力を最大に活かすことになるため
人間の価値その物を高める事になる。

 

それは、
働く人一人ひとりの人生を充実させ
幸せをもたらすチカラを持っているのだ。

 

 

現代の日本を見ると、
上司も部下も、生産性と言われると
この「ロボット」を目指す。

 

だから、「理想の人材」が増えるほど
指示待ち人間は増え、生産性は落ちる。


彼ら彼女らは、ただ求められたものに
答えてくれているいるだけなのだが。

 

そして、
真面目であるほどに、
仕事の渋滞がおき、
中間管理職は
その調整に奔走しなければならないわけだ。

 

 

もしこれを抜け出したいのであれば、

 

 

必要なのは
「やる気」や「モチベーション」ではなく、

まずは
「生産性」に対するSFかぶれしたイメージを
変えることなのだ。

 

 

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