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3月は三度映画館に足を運び、それほど「遙かなる」という感じでは無くなったようだ。
とはいえ、1度目と2度目はいずれもえんえん待たされた4部作の完結編を見に行った(2度目は出演声優舞台挨拶パブリックビューイング付き)ので実際に見た作品は二つ。
見た順番とは逆に2つ目の作品から。こちらも深夜アニメの劇場版完結編の三作目、まだまだ終わりそうもないですが、手描きと3DCGの融合が更に進んだ印象。いつかは手描き箇所が無くなったりするのでしょうか?
さて、二度見た例の完結編、新しい4部作全体を通してひたすら映像や設定を丁寧に作りこんであった。予算もスケジュールの余裕も無いテレビアニメと違って、最初から映画として準備されたものということはあるのだが、出来事の背後にある・いるものへの想像力が全く異なるのだろう。
また、テレビ・シリーズの後に作られた様々なマンガ・アニメ・ゲームに影響を受けたように見えるところもけっこうあった。たとえば、「鋼の錬金術師」「交響詩篇エウレカセブン」「天元突破グレンラガン」「STEINS;GATE」などなど。
完結編を見ていて気になったのは、ほとんど出てこない洞木氏のことである。洞木という名字でわかるかと思うが、彼は委員長こと洞木ヒカリの父親である。
彼が登場するのは、目を覚ましたシンジが鈴原家を最初に訪れた場面、アスカが鈴原サクラに渡した家族写真の中、アナザー(アディショナル)インパクトに怯える第三村の人々が描かれる場面の三回だけである。
写真の中では笑顔だが、1つ目の場面では彼は食事を取ろうとしないシンジを非難し第三村での食料の貴重さを語る。3つ目の場面では外の異変に背を向けて酒瓶を傍らにおいて座る後ろ姿が窓越しに描かれている。
シンジのクラスの生徒が全員エヴァ・パイロット候補というテレビ・シリーズの設定が今回も生きているのかはわからない。もし、そうだとしても彼が第三新東京市に住んでいたのは、なんらかのネルフ関連の仕事をしていたからではないのだろうか。
第三新東京市にはネルフのスタッフだけではなく、その下請的な企業に勤める人たちが住んでいたことは推測できる。特に「序」のヤシマ作戦で2度目の陽電子砲発射のためにケーブルを動かしていた人たちはそのような人たちの一部ではないだろうか。さきほど書いた設定の作り込みというのは、たとえばそういうことも指している。
ネルフだって、総務や経理のような部署は必要だし、組織内にそのような人員はいなくてもアウトソーシングしていずれかの企業に委託していたという可能性はある。
洞木氏はそのような下請け企業のそれなりの地位にいた人物なのではないだろうか。
彼自身はネルフの人間ではないかもしれない。しかし、ネルフにかかわる仕事をしていたとしたら、ニアサード・インパクトについて自分を被害者としてのみ考えることができただろうか。
葛城ミサトの14年間は悔恨の繰り返しだったはずだが(完結編でそれは他の登場人物によって推測され語られたりもする。このへんは「Q」のわかりにくさに対する反省ということもあるかもしれない。とはいえ、それは「Q」を見ただけでも十分に想像可能だ)、それは第三新東京市で働いていた大人たち全員に共有されていたことだったのではないだろうか。
ここに福島第一原発で働いていた人たち、また原発関連で利益を得ていた大人たちのアナロジーを見ることもできるだろう。もちろん、彼らに原発事故の責任はない。しかし、悔恨というのはそういう理屈でわりきれるものでないだろう。新劇場版の後半二作は東日本大震災後で上映される作品になってしまったわけだが、設定・ストーリーにも時代状況の刻印が強く押されているように見えてしまう。そこに二作の間に作られた「シン・ゴジラ」を含めて考えてもいいかもしれない。
1995年1月 阪神淡路大震災
1995年3月 地下鉄サリン事件
1995年10月 「新世紀エヴァンゲリオン」放送開始
1996年3月 「新世紀エヴァンゲリオン」放送終了
1997年3月 総集編・劇場版
1997年8月 劇場版
2007年9月 序
2009年6月 破
2011年3月 東北東日本大震災・福島第一原発事故
2012年11月 Q
2016年7月 シン・ゴジラ
2020年~ 新型コロナ禍
2021年3月 シン
ただ、「Q」が打ちのめされ続けるだけの人を中心に描いていたのに対し、「シン・ゴジラ」はそこから立ち上がり現状で自分たちにできることをしようと試みる人々を描いた。「シン・エヴァンゲリオン」はさらに悔恨に襲われる人々の多様な姿を描いたと言える。みんながみんな、状況に立ち向かえるわけではない、ただうずくまり悔やむことしかできない人たちがいてもいい、という肯定をそこに読み取ることもできる。
このあたりは、10年間経った現在、東日本大震災の被災地・被災者の描き方が多様になっていることと並行してとらえることもできるかもしれない。

洞木氏は第三村で何をして過しているのだろうか。上記の場面にしか登場しないのは、外に出かけて働いていたからなのか、それとも自室にこもっていたからなのか。食料の貴重さを訴えシンジを非難する姿に、彼自身が働きもなくただ食料を消費するだけの状況への忸怩たる思いが表れていたようにも思うのだが、さすがにそれは考えすぎかもしれない。
第三新東京市で働いていた時のスキルを活かして、キビキビ働いているのかもしれないのだから。
そういえば「序」で懸命にケーブルを動かしていた人たちのうちに生き延びて第三村で生活していた人はいたのだろうか?