〈日常系〉とか〈空気系〉とか呼ばれているものの話。

 

とはいえ、審査にかかわった修士論文を読んでいる時に思いついたことゆえ、論者のプライオリティを尊重して一部ぼやかして書く。

 

さて、〈日常系〉とか〈空気系〉とか呼ばれているものはネット事典等ではどのように捉えられているか、というのを挙げてみよう。特に厳密な定義を求めてのことではなく、どんな感じで捉えられているのか、見ていこうという程度の参照である。

 

空気系(くうきけい)若しくは日常系(にちじょうけい)[1]とは、2000年代中頃以降に見られる特定のアニメ作品群[2][3]。登場人物、とりわけ若い女性キャラクター達の会話を軸に、大きな事件や出来事を伴わない何気ない日常を淡々と描写している点が特徴とされる[2][3]『Wikipedia』

一言で説明すると「劇的なストーリー展開を極排除した、登場人物達が送る日常を淡々と描写するもの」。作品全体の雰囲気・空気感を楽しむのがな楽しみ方であるため、こう呼ばれる。『ニコニコ大百科』

登場人物が各々の個性を発揮しつつ、「日常」を送る物語の事。「空気系」という呼び名が提案された時期もあったが、現在はごく一部の研究者しか使用していない。『ピクシブ百科事典』

 

件の修士論文では〈日常系〉〈空気系〉と特徴を同じくする作品が2000年代よりずっと前に存在しているというのが主な主張だった。

もちろん、〈日常系〉〈空気系〉と同様な傾向があるものについては、既にいくつか主張があって、たとえばその論文では植田まさしの4コママンガを起源とする先行研究がふれられていたりした。

 

で、思いついたのは、別の起源の可能性。いや、既に指摘はあるのかもしれませんが。

 

〈日常系〉〈空気系〉と呼ばれる作品が雨後の筍のように2000年代になって次々現れるようになった契機として、上記のネット事典は次のように述べている。

 

セカイ系の解説書である前島賢の『セカイ系とは何か』で、空気系(ないし日常系)と呼ばれる作品についても言及している。「萌え4コマ」と呼ばれる作品の例として『らき☆すた』、『けいおん!』、さらに同ジャンルのヒット作『あずまんが大王』を挙げて論評している[7]『Wikipedia』

この作品群の直接の原点は、あずまきよひこによる4コマ漫画あずまんが大王」とする資料が多い模様。『ニコニコ大百科』

『ピクシブ百科事典』では、特に起源についての言及は無いが、「あずまんが大王」は「主な日常系作品」の中に含まれている。

 

では、どのように「あずまんが大王」は登場したのか、というと作者のあずまきよひこがパロディマンガ出身だったということが関係してくる。今では新刊では入手できないこれとか、あれとか。

 

ここで話は1980年代前半に同人誌の二次創作マンガを読んだ記憶に遡る。当時は男性読者のみならず女性読者の間でも『週刊少年ジャンプ』連載「キャプテン翼」が人気で、彼女たちは読むだけではなく二次創作を書くようになっていた。現在は女性読者が少年マンガ誌のマンガを読み、二次創作を書くなど当たり前すぎることだが、その頃はまだ男性読者に気づかれずに行われていたのだ。

 

ある時、そんなマンガの一つが『OUT』か『ファンロード』あたりに掲載されていた、のだと思う。同人誌で読んだのでは無いので、当時読んでいた雑紙または書店で立ち読みした雑誌で読んだはずだ、たぶん。なにしろ30年以上前のことなので記憶は曖昧だ。

しかし、内容は明確に覚えている。大空翼のライバル日向小次郎とそのチームメイトの、しかし試合でも練習でもない、東邦学園サッカー部寮での日常が描かれた作品だった。メインになるのは、ライバルである翼のことばかり考えている小次郎にもにょっている(そんな言葉は当時ないが、大体そんな感じ)若島津健の心情であった。

 

当時のこの作品を読んだ印象としては、こういうのを読みたい人がいるのだなあ、というだけで、そんなに強い違和感を持つということは無かった。なにしろ10頁ほどの長さだったので、試合を描くなんてことは無理に決まっている。ものたりないけど、やむを得ないのだな、というくらいに思っていたはずだ。

 

しかし、今思えば、その二次創作(当時はこんな言葉も無かった)マンガは、オリジナルでは試合や練習ばかりしているサッカー少年たちの日常を描くということに眼目があったのだ。オリジナルでは読めない、彼らの感情の機微が現れる場面を垣間見たい、いや、自分の妄想を形にしたい、同担に読ませて尊んでほしい(こんな言い回しも当時は無かった)という欲望により書かれたものだったわけである。

 

このオリジナルで描かれていない登場人物の日常を描く、という嗜好は、ジェンダー的には女性の読者=作者が元々担っていたものである。さきほど名前を挙げた『OUT』には「機動戦士ガンダム」のパロディ浪花愛「シャア猫のこと」や「伝説巨神イデオン」のパロディ岩崎摂「MY HOME ギジェ」が連載されていた。いずれもオリジナルでは戦いに明け暮れていたキャラクターののほほんとした生活を描いた二作の作者はいずれも女性である。

(その修士論文でも論じられていたのだが)少女小説や少女マンガには、元々大きなストーリーを持たない作品が多く、日常を描く欲望は女性ジェンダーとして馴致された人たちに親和性が高いのかもしれない。

 

同じ「キャプテン翼」を読んでいても、少年マンガに親しんでいてその世界観に違和感を感じない、男性ジェンダーに馴染んだ人たちが、オレの考えた必殺シュートや、おれの考えたその必殺シュートを防ぐ最強のセーブなどを考えていたのとはひと味違う。その妄想の行きついた果てが、おそらく「イナズマイレブン」(リンク先は動画で音が出るので注意)なのだろう(とはいえこの作品も多くの日常妄想を掻き立ててはいたが)。

 

しかし、同人誌文化においてはそのジェンダーにおける境界線は、社会の他の部分でよりも強固なものではなかったのかもしれない。

次第に男性ジェンダーとして生きる人たちの間にも、彼らが親しんでいる美少女キャラクターたちが試合したり戦闘していたりしない日常を垣間見たい、妄想したいという欲望が生れていったと考えられる。全く実証性はなく直観的に書くが、まさに「美少女」をタイトルに冠する1990年代前半の「セーラームーン」あたりが境界線越えの作品ではないだろうか。

 

それが二次創作としてではなく、オリジナル作品として現れ、また多くの人に受けいれられたのが1990年代末に連載の始まった「あずまんが大王」だ、というのが今回の思いつきのメインテーマである。

 

とはいえ、ちよちゃんが天才少女で飛び級して高校に通っている、という設定に実は二次創作的な雰囲気が漂っている。世界の未来を変えるかもしれない天才少女をめぐる各国エージェントと日本政府直属のボディガードとのバトルものの二次創作、いつもトラブルに巻きこまれる美浜ちよが何も無い日常をどう送っているのかを描いたパロディとして考えるとわかりやすいと思う。

 

それ、「フルメタ」と「ふもっふ」の関係やん、とか言う君のような勘のいいガキは嫌いだよ。

1年前からの新型コロナ禍で、2020年度は初めてのインターネットを使ったオンライン授業を試みざるを得ない状況になった訳で、役所だのマスメディアだのがあれこれ言っていたものの、そのへんはすり抜けて一応授業や成績評価自体は終えることができた。

 

これまで使ってなかったネット関連の諸サービスや、ソフトのこれまで使う必要の無かった諸機能を新たに使用したので、これまでよりもその辺のスキルが上がったのが怪我の、ならぬパンデミックの功名ということかもしれない。

不謹慎。

 

さて、従来通り3年生と4年生の演習では電子書籍を作成したのだが、これまで使っていたパブーの運営会社が変わり、あれこれと仕様も変わってしまった

 

作成中に各ページのサムネイルが表示されなくなってしまって使いにくいし、これまでは管理画面で閲覧数とダウンロード数の両方が表示されていたのが、ダウンロード数しか表示されなくなったということ。ブラウザ上で電子書籍を閲覧する機能がある以上、閲覧数も表示されないと読んだ(正確には開いた)人の数が掴めず、なんというか手応えも掴みにくくなってしまった。

 

合わせて、従来各電子書籍ごとに付いていたコメント機能が無くなったので、読んだ人に感想を書いてもらうこともできなくなってしまった。

 

電子書籍を作成し始めると、「執筆中の本をKindleで出版しませんか?」、「紙の本がたった5000円だけで出版できます。」といったタイトルのメールが届くので、公開サイトだけで収益を得るのでは無く、付加的サービスをマネタイズしていきたいというのが、現在の運営会社の方針のようだ。

 

全然関係無い人が読むかもしれない、ということで一般の電子書籍サイトを利用しているのだが、この使いにくさなら別の公開方法を考えた方がいいのかもしれない。

 

これは今年の宿題である。

 

ひとまず3年生の電子書籍はこちらで、4年生の卒業論文・卒業制作集はこちらで読めます。

 

 

緊急事態宣言で今年も公開が延期される映画があったり、夜八時までしか映画館が営業しなくなったり、映画館に行く機会が減るのではないかと考えてのタイトルである。

実際1月は風邪気味だったのもあり、映画館には一度しか行けなかった。

 

http://king-cr.jp/special/seitokai_G2/

 
少年マンガ誌で10年以上連載の続く学園ラブコメ? ギャグマンガ? のアニメ映画。テレビアニメ一期、二期やOVAからの劇場版、さらに劇場版第二弾ということだったが、相も変わらず今回もバカなことをやっていて素晴らしかった。
確か、一つ目の劇場版では大スクリーンでの上映を意識した長回しのようなものもあった記憶があるのだが(当時「テレビのノリをそのまま映画館に持ちこんだコンパクトな作品で映画化すること自体がネタになっているみたいな感じ」と書いてますね。しかし、ノゲの劇場版も同時期だったのか)、今回はそういうのは特に無しでかつてのノリを如何に復活させるかに注力していたような。
 
上映前に映倫によるレイティングについての説明動画が流れたのだが、PG12とは「12 歳未満の年少者の観覧には、親又は保護者の助言・指導が必要」とのこと。下ネタしか言わない女子高生や女性教師やメイドが出てくる映画について、保護者ができる「助言・指導」とはなんなのか、迸る激しい無力感!

 

 

 

 

昨年は「映画館とわたくし」と銘うったものの、実際は新型コロナの影響で例年に無く映画館から足が遠のく一年でした。休館している期間もあったし。結局20回しか行けなかった。

とはいえ、どのようなものを映画館で見たか、ジャンル別に並べてみましょう。

 

http://miabyss.com/#1

http://shirobako-movie.com/
https://www.fate-sn.com/

https://dounikanaruhibi.com/

日本のアニメ映画は6本。

マンガやゲームが原作だったり、テレビアニメの劇場版だったり、今年は完全オリジナルのアニメーション映画は見なかったことになる。

上映自体はあったようですが、タイミングが悪かったとしか言いようが無いのでした。

 

https://longwaynorth.net/

https://heicat-movie.com/

http://onhappinessroad.net/

海外のアニメーション映画は4本。

日本のアニメの影響を受けた中国アニメもあれば、フランスのバンデシネ原作の映画に影響を受けた台湾出身監督の映画もある。しかし、一本目とか四本目とかいかにもヨーロッパのアニメーション映画、というのもずっと作られ続けていて頼もしいかぎりです。

 

https://www.toei-video.co.jp/special/zi-o/

https://wos.bitters.co.jp/

日本の実写映画は2本。特撮番組のスピンオフと、BS4Kのドラマを映画に編集し直したもので、いずれもテレビとの関係が強いもの。

全く別のジャンルのものだが、観客へのサービス精神(意外なゲストキャラの登場や、俳優のコスプレとも言える素敵な衣装)がすごかった。

 

http://donquixote-movie.jp/
https://1917-movie.jp/

https://longride.jp/knivesout-movie/

https://wwws.warnerbros.co.jp/dunkirk/

海外の実写映画は7本。

第一次世界大戦や第二次世界大戦を取りあげたものや、1960年代と1980年代のアメリカを舞台にしたものを見て、少し前の時代を再現する執念と技術と財力に感心した。いや、戦前の日本を舞台にした映画も頑張っているのですが、予算が違うのがよくわかってしまう。
もちろん、最新の映画でもすごいお金かかっちゃってるのをiMaxGTの凄い画面で見て呆れたりもしたわけですが。
しかし、ノーランさんは時間の扱うのが好きですなあ。もちろん、映画は時間をコントロールするジャンルで、多くの場合それは情報をわかりやすくするために並べかえられたり、繰り返されたりするのだけれども、ノーラン映画では逆にわかりにくくするために操作される。そこがおもしろくもあるし、あざとくもある。次はどんなの作るんでしょうねえ。
同じテーマへのこだわりと言えば、ギリアムさんの新作?がついに完成してよかった。時間かかったけど、結果的にアダム・ドライバーを主役に据えられたのは良かったのではないでしょうか。
 
そういえば、ダイアナさんが優雅に空を舞う姿を見て「未来都市ブラジル」を思い出したりもした。「跳んでる女」なんて言葉が70年代終盤日本で流行したのを思い出しましたが、あれはアメリカの"Flying Girl"を輸入したらしい。でも、ほんとに飛ぶとはねえ。
 
https://cinerack.jp/makingofmotown/
海外のドキュメンタリー映画は、1本だけ。このジャンルについてはいろいろと見逃してしまった。日本のドキュメンタリーを全く見られなかったし。
今年はここを特になんとかしていきたいですが、さてどうなりますか?

〈クワバラ・ゼミの部屋〉を昨日、今日と久々に更新した。

実は今年の10月で20周年を迎えていたのだが、ネットを使った授業の準備に追われていてふれている余裕が無かった。

前期は講義形式の授業が一つだけだったので比較的余裕があったのだが、後期は日本文学史2と編集技法と二つが講義形式だったので手間がかかった。編集技法は新たに担当するもので、過去の編集・出版系の授業の資料を流用してはいたものの、全体の構成は別のものにしなければならなかったのが意外に煩雑だったのである。

 

20周年を迎えて今年は、しかしいわゆるWEBサイトでの情報発信というものが見直される年でもあった。SNSや、G SuiteとかMicrosoft Teamsのような総合プラットフォームが職場単位で用意されると、それらと並行して個人でサイトを持つということの意味が薄れてしまっているように実感した。

もちろん、仕事と関連しない個人的な趣味とかについて書くのであれば別でしょうが。

 

21年目の〈クワバラ・ゼミの部屋〉がどうなるか、まあ、来年度どのように授業をするかが明確ではないので、なんとも言えませんが、状況の変化は気にせず地道に運用していきます。

 

あと、iPadで使えるHTMLエディタやFTPアプリがあるといいのですが、どうなんでしょうか?

https://cinerack.jp/makingofmotown/

11月

https://dounikanaruhibi.com/

https://wwws.warnerbros.co.jp/wonderwoman/

 

9月から11月分をまとめて書く、とか書いていましたが、結局12月分までまとめてということに。

11月末くらいから中間レポートの添削をしたり、それを想定してあれこれ先回りして準備をしたりで全く余裕が無かったのですな。

 

で、この期間に映画館に出かけたのは8回、月平均2回ペース。本当は月4か、少なくとも月3は行きたいのですが時間の余裕と体調管理ということで少なめになったわけです。

内訳としては、日本のテレビアニメの劇場版2本、マンガ原作のアニメ映画1本、ヨーロッパのアニメーション映画1本、日本のテレビドラマの劇場版1本、アメリカの実写映画2本、アメリカのドキュメンタリー1本となりました。

 

最後のドキュメンタリーは、ここ数年多く作られている1950年代、60年代回顧ものでアフロ・アメリカン音楽を扱ったもの。第2次世界大戦後の大きな社会・文化の変革を振り返る試みが続いているのは21世紀になってからの反動的な動きへの抵抗ということがあるのでしょう。なんか当てられて"What's going on"を買ってしまったのでした。

 

アメリカの実写映画、一つはできる限りSFXを使わずに生身の人間に演じさせ、もう一つはSFXを駆使した(例の通り暗闇でのバトルが見にくいのはどうにかならんのか)もの。

主人公達が戦う敵がいずれも中二病的な全てを変えてしまえばいい系だったのは、もう世界の趨勢なのでしょうか。

しかし、ダイアナさんの方は、敵のビジュアルといい、テレビを通して有名になったり、突然壁が出来て分断されたり、現職大統領を連想させていたのは、そのまんまで捉えていいのでしょうか……

生身の人間ががんばったのは、意外とわかりやすい物語で意外。設定がひねっている分、ややこしくはできなかったのでしょうね。

 

生身の人間が別の意味で頑張っていたのは日本の実写映画。服、何着持っているのか。しかし、「旗本退屈男」の昔から映画の一面として美々しい俳優を見せるものということがあるので、それはそれでいいのでしょう。

 

ビジュアル的にはとても豪華に深い森に取り囲まれた民話的な(ステロタイプとも言える)世界を描いたアイルランド・ルクセンブルクのアニメーション映画は、しかしイングランドの植民地になった後の、しかもイングランドでは清教徒革命が既に起こっていることを反映したようなキャラクターが出てくる、という寓話的なものでした。ただ、行って帰ってくる物語では無く、行ったまま帰ってこない、しかも家族も巻きこんでというストーリーは清々しいんだけど、あの親父がいい目に会うのは少し納得できない気もしましたね。巣立つ子供に取り残されて(茫然と)見守るだけの親の表象を見慣れているからでしょうか。

 

残るは日本のアニメ3本ですが、いずれも高い技術で丁寧に丁寧に世界を描こうとしていました。

9月見たものは、大きな喪失を乗り越えていかに人は生き始められるのか、という昨年の事件を踏まえているような、今年を象徴するような物語になっていました。

象徴とかあまり言いたくないのですが、たまにはいいでしょう。とはいえ、実際は喪失してなかった、という話なのでちょっともにょる人もいるかもしれませぬ。御都合主義バンザーイ!

 

今年全体のふり返りはまた近々。

 

 

 

 

いや、全然いつのまにか、じゃなくて、たぶん今年の3月30日からと思われる。ここに書いてある。

 

何がかわっていたかというと、3年生と4年生の演習で作成していた電子書籍を公開していたパブーのurlが変わっていたのであった。

ホームページは旧urlからでも転送されて行けるのだが、個々の電子書籍については新しいurlではないと開けないのを知らず、〈クワバラ・ゼミの部屋〉のリンクもずっとそのままだったのである。これまでにクリックしたみなさん、開けなかったでしょう。申し訳ありませんでした。

 

しかし、昨年の4月にいったん9月限りでサービス終了という通知があり、あれーっと思っていたのだが、9月に入ってすぐに運営会社を変更し継続することになった、という連絡が来て、なんとか昨年度も無事電子書籍の公開に至って安心していたのに、こんな罠が仕掛けられているとは。いや、全然通知無かったと思うんだけど(メールを検索しても出てこない)、どうなんでしょうか。

 

現在はホームページの3年生電子書籍のリンクは新しいURLに変更しています。卒業論文・卒業制作のページも含めて。ささ、どうぞどうぞ、まだの方はお読みください。

 

オンラインでの授業になって、なんだかんだで時間を取られていたのも気づかなかった原因の一つかも。特に後期は講義形式の授業が二つで準備に追われています。

「映画館とわたくし」も9月以降について新しいエントリーを書けていないが、なんとか9月から11月でまとめて書くつもりです。おそらく。

 

 

noteで『作者のひみつ(仮)』という原稿を掲載していて元々は普通の文学入門書風の書き方をしていたのだが、タイトルの元ネタである〈学研マンガひみつシリーズ〉にちなんで書き方をキャラクターを設定した会話形式にした『作者のひみつ(仮)』改、というのを現在執筆中である。

 

〈クワバラの研究メモ〉の方で、同じように教員と生徒を設定して「読解」について論じた会話形式の本を取りあげた。正直キャラ立ってないな、というのが感想だったわけだが、最近再読した本が実に見事にやりすぎなほどにキャラ立ちした学生と教員役による会話形式で「教育勅語」を批評していた。

 

きっかけは、最近出版された『死神の棋譜』である。

詳細は省くが、旧陸軍が利用していた洞窟に入りこむという展開、どこかで読んだなあ、と思って確認してみたら昨年出版されていたこの本に収められている「地下迷宮の幻影」だった。

で、読み直してみたら、次のような会話があったのである。「教育勅語」についての講演会の予行演習のはじめの場面である。

 

 台本をあたふたと捲っていると、あー、駄目だな、こりゃ、という声が教室から聞こえて、いよいよ焦っているところへ、ちょっといいスかと、発言したのはモンジである。どうぞと卯月嬢に促されてモンジはいった。
「キョーイクチョクゴって、自分的には初見参というか、チョクゴデビュー? そんな言葉ないってか。んでもって、いまはじめて見て聞いて、なんか疑問? てか、カイギ? って、べつにディスり的な方向じゃなくて、ちょっと聞きたいっていうか、いいスかね?」
 顔色のよくない卯月嬢から許可を得て、イカ柄シャツの黒金頭の男子学生ははじめた。
「これ、最初ンとこに、『朕が思うに』って書いてあるんスけど、ここでいきなしのクエスチョン。てか、これ、チンて読むんスね。カッコにひらがな書いてあったんでわかったんスけど、で、聞きたいのは、このチンてのが誰かってこと。誰スかね?」
「……天皇のことだけど」といよいよ顔色の悪い卯月嬢が答える。
「あ、ですよね。やっぱ天皇陛下なんスよね。てか、それはオレも思ってて、しかし、チンて。これはないっしょ。チンが思うに、なんて急にいわれたら、ふつう笑うっしょ。パンピー的いまどき感性では。ミーが思うに、でも、ニッポンのショーチョーってこと考えると、そうとうあれだけど、まだまし。わてが思いまんねん、もかろうじてあり。が、しかし、よりによって、チン。まさかのチン。これってむしろ爆笑案件では? ひょっとして狙い? やらかしてきた? そう思っちゃうレヴェル。でも、笑っちゃまずいわけっスよね?」
「まあそうだけど」訊かれた卯月嬢は夢を見ている人の顔で答える。虎頭をつんつん上下させたモンジが続ける。
「天皇陛下関係でツッコんだり、イジったりすると、そっち方面の人、っていうかネトウヨ系の人たち? そんな人らからテロられるっていうか、炎上確実。まじヤバいっしょ。にもかかわらずチンで笑わしにかかってくるあたり、どS的なものを感じる今日この頃。ていうか、天皇陛下的には、チンはテンネンだと思うけど、テンネンをツッコませないって、どうなんだって話。ツッコまれて怒るテンネンって、最悪っしょ」
 するとそのとき、あ、でもだなと、隣のアンドレが口を開いたから、教室がどよめいた。
「べつにツッコんでいいんじゃね」
「おっと、森さんから意外な反論。ゴール前不意打ちのスライディングタックル」とすぐにモンジが受ける。
「べつに反論じゃねえし。けど、オデは、ツッコんでいいと思う。てか、ツッコんじゃならねえ、なんてのはおかしいし。むしろがんがんツッコんでいけし。ツッコミは愛だって、ノンスタの井上もいってたし」
「出た! 名言。ツッコミは愛」
「んで、ボケは勇気」
「おっとまた出た! 新たなる名言。完壁ワクにきてる感に、オリ、深く感動。じゃ、ここはツッコミありありってことで。以下、イジりを含めていかしてもらうということでよろしこ。てか、森さんのアシストを得て、オリ、いきなりのやる気モード突入。なので、も一個、質問、ていうか、意見いいスか?」

奥泉光『ゆるキャラの恐怖』文藝春秋、2019年。218-219頁。

 

長々としゃべっているのは、たらちね国際大学唯一の男子学生、千葉のヤンキーでアイドルオタクのモンジこと門司智。

アンドレとか森さんとか呼ばれているのは、モンジの彼女で元プロレス同好会のエースで現在はハンドボール部でゴールキーパーを務めるアンドレ森こと森小雪。ちなみにアンドレというのはオスカルを愛した彼ではなく、アンドレ・ザ・ジャイアントの方です。

さらに卯月嬢として先生役を務めているのは主人公の桑潟准教授に「教育勅語」を家庭教師するために派遣されてきた卯月英莉奈さん。彼女は漫画家志望だったものの挫折、シカゴ大学で比較文化論の博士号を取った後、現在は派遣インストラクターをしながら漫画評論のブログを書いている。

いや、いずれも設定盛りすぎ。

 

キャラクターを立てる、というのはここまで極端な言葉づかいをせねばならんのか、という感じです。『作者のひみつ(仮)』改は全然甘いですね。

まじ、やるならここまでやるなし。っていわれても、いろいろな意味でムリっス。あ、誰も言ってないスか。

https://wwws.warnerbros.co.jp/dunkirk/

https://www.fate-sn.com/

 

8月は二本。

前者は2017年に見損なった映画をIMAXGTで見て、後者は3月に公開されるはずだった3部作の完結編をようやく見られた。

 

どちらも映画館でしか得られないものを用意する、という方向性が示されていた。

 

IMAXとか3Dとか4DXとかは興行=見世物としての映画の現在形と言えるもので、ストーリーとか編集技術といった表現とは無関係なようでいて、しかしそういう技術に合わせたカット割とか見せ場の作り方もあるのだろうし、どのように見るかが映画のあり方を決めるものである。

 

そのうち同じ映画でも上映形態別に異なる映像が用いられたりするようになるのかもしれない。

 

一方、現在の日本のアニメーション映画では週替わり特典のようなものが当たり前になっている。しかも初日・週末の動員が重視される状況のもと、何とか早く映画館に来させるために数量限定となっているので、特典は公開上映四日目の月曜日には既に入手はできないのだった。

 

特典商法というのも映画の見世物性とは関連しているはずで、その辺は柳下さんの本で確認していただきたい。

 

ひさびさの視野検査。結果はいまひとつ、眼圧も想定より下がっていない、ということで新しい目薬グラナテックを投入。正義の味方感があるネーミングですな。

 

 

毎朝晩、アゾルガと一緒に指すということで、それほど大変では無い。副作用として眼に痒みが出たり充血したりすることがあるそうです。確かにさした直後は充血するけれど、一時間も経たないうちに戻るし、痒くならないし、今のところは大丈夫ですね。

 

来月眼圧測りに行った時にどうなっているか。また報告します。