ゆるそうと思っているうちは、ゆるしは永遠に来ない | 子育ては「聞く」が9割でうまくいく~心理学ブログ

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3つの「聞く」技術があれば、子育てのムダ叱りも イライラも ストレスも 減ります!
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こんにちは。和久田ミカです。

 

昨晩、つらつらと「ゆるす」ということについて 考えていました。

 

今日は「暴力」について、書いていきたいと思います。

 

前回の記事と 矛盾するように感じる方もおられるかもしれませんが、物事をいろんな方向から見る、と考えていただけると 幸いです。

 

 

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(昨日の雨雲。絵に描いたみたい。)

 
 

さて。

 

私の父は、ひどく暴力をふるう人だったので、昔は 「いつかぶっ殺してやる」 と思っていました。

 

ちょっとでも言うことを聞かないと、 「かっくららすぞ!(殴るぞ)」 と言うか言わないかのうちに、手足が飛んでくる。

 

「お前は、殴らないと分からないんだ!」 と、何回言われたことか。

 

私は、「殴られてもわからない」ということを示すために、歯を食いしばって反抗しました。

 

暴力を振るわれたときは、絶対に あやまらないという姿勢をとりました。

 

大きくなってからは、論理で対抗するすべを覚えました。

 

怒り狂った父には、論理はまったく通用しませんでしたが…。

 

 

でも、今は まったく父に対して、恨みつらみはないのです。

 

たどりついた結論のひとつに、「自分を被害者だと思わなくなった」ということがあります。

 

「暴力」を善・悪という、ものさしでとらえない。

 

「暴力は悪いことだ!!」と糾弾しない、ということです。

 

「暴力は悪いことだ」 という「常識」を捨て、私が戦いの世界から自由になると、暴力が止まって来るのです。

 

実際、今、父は あいかわらず面倒くさい人ですが、好々爺になっています。

 

ハートを持つ女の子 - 写真素材

(c) Ryo.WATANABE写真素材 PIXTA

 

とはいえ、棒をもって追いかけられたり、力任せに外に放り出されたりしたのは、とてもいやなことでした。

 

心も痛いですが、体も痛い。 その思いは否定しなくていい。

 

それは「いやだ」「傷ついた」「悲しかった」「くやしかった」と思うのも当然のこと。

 

感情は感じてもいいのです。

 

 

ただ、相手を完全な悪者にして「裁かない」ということです。

 

暴力をふるう人、はいるけれど、「暴力だけで、できている人」はいないのですね。

 

(と書きながら、以前だったら

 

 「そんなこと言われても~」とか「この人、わかってない!」  

 

と思ったかもしれないなあとも思います。  

 

この記事に嫌悪感を感じるときは、閉じてね(*^_^*))

 

 

「許したいけれど、許せない」 という思いの裏には、

 

「私はかわいそうな人。ひどい目にあった人」

 

「謝れ!わたしに謝れ!!!」

 

という被害者意識があります。

 

 

でも、その被害者意識が抜けて、

 

「そんなこともあったな」

 

と 思えるようになったら 写真がセピア色に見えるように、記憶がセピア色に変わり 父への見方も変わりました。

 

傷ついた思いも、いつの間にか癒えていました。

 

 

あ、でもね、あまり認めたくはなかったのだけど、 父がかわいがってくれていたことも 知っていましたから。

 

だから、大人になってから おだやかな気持ちが 戻ってきたのかもしれません。

 

 

また、父を 同じひとりの大人として、横からの目線で見られるようになったこともあるかな。

 

子どものころは

 

「大人なんだから、父親なんだから、立派なふるまいをするべきだ」

 

と思っていました。

 

自分が大人になって

 

「大人だからって、いつも立派ではいられない」

 

とわかりました。

 

私も娘を怒っちゃうしね~(*´Д`)

 

 

父は、その父親(私の祖父)から ひどい暴力を受けたようなので、傷ついた心を持っていたのでしょう。

 

父を 「心が傷ついている人」 というふうに理解できたことも、大きかったように思います。

 

それがよいとか、悪いとか、そういう話じゃなくて、 「ああ、そうなんだな」 って思ったのですね。

 

 

暴力をふるう人の心の中って 「ふざけるな」「ばかにするな!」 っていう言葉でいっぱいなのね(たぶん)。

 

だから すぐに反応してしまう。

 

地雷をたくさん抱えて生きているような人です。

 

私を叩かずにいられないときは、地雷が爆発しちゃってたんだな、と理解しました。

 

そんで、当時のことは、もう笑い話となっています。

 

父は 「わしは暴力なんてふるったことはない」(*認知症ではありません) って言ってます( ゚Д゚)

 

そんなもんです。 忘れちゃうのね。

 

 

「そうなんだ~、全部忘れちゃったんだ~」

 

拍子抜けですが、私自身も

 

「へ~・・・プププ(´艸`*)」

 

と思っただけでした。

 

 

父は謝ってもくれないし、暴力振るったことも忘れているので、もしも私が今でも

 

「暴力をふるったことを謝れ!!!」

 

と思い続けていたら、こんな平和な時間は訪れませんでした。

 

「許したい。許せない」 と「許し」にこだわっていたら、永遠にその場所にいることでしょう。

 

ずっと握りしめていた 恨みつらみを、まあいいいや、と 手放せたこと 私は、とてもうれしく思っています。

 

 

今、苦しさを抱えながら 生きている方の中には、意味が分からない、理解したくない、と思われる方もいらっしゃると思います。

 

それは、それでいいのです。

 

私が お伝えしているのは、あくまでも 私の事例です。

 

人がたどる道は さまざま。

 

参考になれば幸いですが、ならないときには 横に置いておいてくださいね。

 

ちなみに、私も父のことは もう大丈夫なのですが、別件で まだ握りしめている 恨みつらみありますからねん。

 

いっしょに 少しずつ 手放していきましょう。

 

きっと時間の流れやタイミングもあるのだと思います(*^_^*)

 

 

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