<内容にスピリチュアルな部分があります。
宗教とは一切関係がありません。
もし不快でしたらスルーしてくださいネ^^>
この人は「アダルトチルドレン」なんだ
だからもうどうしようもないんだ
と突き放して考えられたから
私は着々と現実的な対応ができたと
今振り返るとわかります。
心の病や心の機能不全
物質的な豊かさの次は心の豊かさ
こうした心の状態が細分化されて
世間でも認知されつつあることは
とても大切なことだと思います。
「そんなの気にしなきゃいいじゃん」
で終わらせられない。
明日の糧(かて)に困っていた時代なら
あたたかなご飯に心の悩みなんて吹っ飛ぶ。
でも今は違います。
あたたかなご飯があるのが当たり前。
次の「心の豊かさ」へ移行するために
私たちは「心の糧(生きがい)」が必要です。
さて、話は昨日の続きになります。
思いがけずアッサリOKをもらい
あとは離婚の手続きと母子寮の審査。
母子寮に入るには区の審査を
通過しなければいけませんでした。
その前に、離婚をしなければ。
夫に言われたのは3月でしたが
彼の両親がなかなか納得せず長引きました。
彼の両親は、いつもそうなのですが
「どうしてなんだ?なんとかならないのか?」
を彼ではなく私に言います。
私の答えはいつも同じ
「決めたのは私ではなく彼です」
これ以上は何も言えません。
これを続けてようやく
離婚届を出したのは
ちょうど2年前の今日、4月21日。
面白いですよね~
母子寮に来るまでの私の過去を綴っているわけですが、
このことが書きたくって書いているのではなく
目的は別なんです(笑)
でもこの書きたいことを書くには
このいきさつが必要だから書き始めた。
そしたら一つ一つが深くって
かれこれ半月はこのことを書いている気がします。
ふと気付いたら「離婚届を出す」が
ちょうど離婚届を出した今日に当たった。
うまいこと流れるものです^^
横道にそれました!戻ります。
犬と猫については
犬は彼のご両親先に引きとられ
猫は彼が飼い続けることになりました。
犬は田舎の広い敷地と大らかな自然に恵まれ
却ってそっちのほうがのびのびできたようです。
ちょうどご両親も飼っていた犬が死んでから
寂しい思いをされていたところでした。
猫は赤ちゃんが苦手でさらに犬もいる環境に
かなりストレスを感じていたので
大好きなご主人様の夫と二人(1人+1匹)の生活で
最高の気分だと思います。
なぜか夫は猫を大切にしました。
猫に自分を投影していたような感じ。
どちらも複雑でナイーブで似たもの同士。
犬にしても猫にしても
今回のことでより良い環境になったのは救いでした。
住んでいたマンションのローンを私が払えるはずもなく
一度「処分して・・」と言ったら激怒されたので
やっぱり私は母子寮に行くしかありませんでした。
私は、離婚して母子寮が決まるまで
自分の両親にはこのことを知らせませんでした。
と言うのは、
もし途中で知らせたら
父は特にですが激怒して
「養育費も何もいらない!
もう縁を切ろ!」と
啖呵(たんか)を切ってしまうタイプです。
途中のごたごたを知らせたくない
すべて終わった状態で報告したいと思いました。
理由は、
娘と父親の関係は保ってあげたかったから。
彼はどうしようもない人ですし
あちらのご両親も
彼には腫れものに触るように接するばかりで
言い方は失礼かもしれませんが、頼れません。
離婚する前のごたごた途中では
そうしたことが私の父に露呈して
「あちらとは絶縁!」宣言しそうです。
そうしたら
娘には父親がいなくなる
彼もたまには父親をやってみることから
人生の深い喜びを味わうチャンスすら失う。
娘のことはさておいても
彼についてまで
菩薩心を出す必要はないかもしれません。
でもしかたないんです。
私じゃないんです。
私の本心は
「こんな人たちと関わっていたくない!」です。
でも裏腹に
「すべての人に愛を与える」と
女神から託されてしまうんです。
あらがえない。
私はこの時ほど、
神と強く繋がる自分が恨めしかったです。
繋がっていなかったら
自分の本心と菩薩心とのはざまで苦しまなかった。
先を見越した賢い選択。
そして
自分を苦しめた人に対してすらも慈悲の心で接する。
「megさんてすごいですね」
いいえ、違うんです。
私はそんなできた人間じゃないんです。
そもそも「できた人間」なんていないと思います。
ただ、違うとしたら
神との繋がりの強さ。
3歳の臨死体験から始まった
神の波動との繋がり、対話。
神との二人三脚の人生。
もう離れられなくなっていました。
もし、あなたが神と繋がりを強く持ちたいなら、
苦境の中であなたの「良心」と対話することです。
苦境の中で、日々の生活の中で
あなたの「欲求」とも対話しつつも
「良心」とも対話する。
両方との対話が大切です。
これは自分の本音(欲求)だな
これは神のメッセージ(良心)だな
この区分けする中で
繋がりが強くなります。
分けることって大切なんです。
分ける=わかる=理解。
そうすることで
自分は一人じゃないと言う心強さも
自分が立派なわけではないという謙虚さも
その謙虚さから来る感謝も出てくるものです。
神の波動は、
「満たされている心」に向かってやって来ます。
つまり「感謝の心」に向かってやって来る。
自分がやっていると思うと「感謝」は出てきません。
やっているのに見返りがないと不満が出ます。
だから、
「これは神の御心」と区別することが大切です。
満たされる心は区別=理解、から生まれます。
誰にでも良心はあります。
その良心をそのままにせず、
「これは神の御心」と意識することで
神との繋がりは強くなります。
心を満たすことです。
心を満たして癒す。
これが「心の糧」なんです。