「親との関係に問題をつくっていたのは、 ひとえに、 私だった」 | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」




先週、母の誕生日がありました。

少し迷ったけれど、「おめでとうメール」を送りました…

数年ぶりに。


最近、実家の両親に子供を見てもらって、セミナーや勉強会に出かけることがぐっと増えました。

必然的に、私が両親と顔を合わせる機会も増えて。

1年前は、自分から子供のことをお願いしておいて、そのくせ、親を頼らなければいけない状況が口惜しく(^^;

砂を噛むような想いでいたものです(^^;


両親と話すのは、なるべく必要事項のみ。

ろくに顔も見ずに、話してしました。


けれど最近、両親にあることをお願いしようと考えたことをきっかけに、

まともに親の顔を見て、

必要事項以外のことも拒絶せずに会話するようになり、

なんなら表情を笑顔にしてみて、


そうしたら、

両親は、いつも嬉しそうに私の顔を見て、話してる。



拗ねて、ずっと顔を背けていたのは、

親との関係に問題をつくっていたのは、

ひとえに、

私だった。

そしてお願いを切り出すと、意外にもすんなりと了解してくれて。



過去は過去。

思い出せば、腹がたったり悲しかったりは、まだあるけれど。

今でも、親に対してイラッとすることは、ゼロじゃないけど(^^;


でも、

もういいかなと、思えました。


両親は両親なりに、私への愛を、今も昔も持ってくれているんだと、

今までは「過干渉」「体面保持」としか受け取れなかったことを、

私への愛だと、

やっと、そう受け取ることが、できました。



私は過去、親への怒りに任せて「私の人生返せ!!」「いっぺん病院行ってこい!!」と怒鳴ったこともあり…

もしかしたら、私への負い目からの責任感もあるのかもしれないです。

お願いを受けてくれたのは。


けれどきっとそれだけじゃない。


自分が変わることで、自分で幸せを手にしようと決めてからの私が、

両親の目から見て、

いい方向に変わったのだと、思います。


そして自分が変われば相手が変わる、本当にあるんですね…


▶︎母へのおめでとうメール|毒親育ちのAC上等!~“トロイの木馬”検証プロジェクト~   から引用
http://ameblo.jp/nagi-natsuki/entry-12144998440.html




泣ける~。


こんな感動に出会えるから、やめられない。

この愛する ”仕事” という、わたしの表現のひとつのツールを。
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また1人、自分の人生をますます生きる人が増えた。

ここから、広がる。

世界は、自分で創れる。