教育熱心な母親の期待をもっと早く裏切れていたら | 加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

加藤なほ 「"毒親育ち" からの人生改革」

毒親育ち、アダルトチルドレン、恋愛依存(DV)などの実体験を元に、"わたし" を生きる方法を伝えています。
▶︎セッション実績…2013年〜 5000件以上
▶︎メディア…NHK(クローズアップ現代+/あさイチ他)/朝日新聞/他多数。
▶︎著書「ワタシの母は毒親でした。」

小学校5年生が終わるころ、私は母親に無理やり塾に入れられました。

 

 


塾に行かなくても勉強が好きだったし、得意だったのに、
泣いていやがっても、引きずられるくらいの勢いで連れて行かれました。



今思うと、当時母親が仲良くしていた、Kちゃんのお母さんと約束したんだろう。

 

 


「一緒にいかせよう」って。

 



その塾は地元では有名で、
私の住む地域で1番の進学校に進む実績が高い学習塾でした。

 

 


「ここに通わせれば大丈夫」
とでもいう、親同士のうわさでも聞きつけたんだろう。



その塾に通ったせいなのか、もともと勉強は嫌いじゃなかったからか、
中学校に入って最初の定期テストで学年トップの成績をとりました。

 

 


自分もびっくりだったけど、でも、これが間違いだったって、今ではそう思います。

 

 


なぜなら、母親はきっと、


「うちの子できるんだ!私の娘が学年トップだなんて!」


って勘違いしたんじゃないかな・・・
教育ママにますますまっしぐらになりました。



これは私の予想だけど、きっと、こう思ったんだと思う。


「私が育てた娘はこんなにできる!
 私が育てたからだ!間違ってなかったわ!」


って。



トップをとってしまった私は、
「次からどうすればいいの・・・?」
って悩んでしまっていました。

 

 


だって、母親はうきうき。

 

 


「次のテストで順位が2位以下になったらどうなるんだろう・・・」

って。



結果、次は3位。

 

 


その後、中学を卒業するまでトップを3回とったけど、
あとは、1ケタをさまよったり、一度だけ10位以下になってしまって、
そのときは本当にあせりました。



今思うと、人生の中で一番勉強していたのが、中学時代でした。

 

 


どうしてあんなに勉強できてたんだろう。

 

 


どうしてあんなに勉強が好きだったんだろう。

 

 


何かに動かされるように、成績に過敏で、じゃじゃ馬のように突っ走って勉強していたあの頃。

 

 


部活も楽しくて、毎日毎日やっていました。

 

 


休みの日でも友達と練習していたくらい。

 



母親は気分よかっただろうな。

 

 


勉強も部活もしっかりやっていて、面談に行けばほめられてばかり。

 

 


人前で威張り散らすようなタイプではなく、
人前では娘を散々「そんなことありませんよー」って否定する母親。

 

 


どんなにがんばってもほめてくれない母親・・・



そんなほめてくれない母は、平均点にはこだわらず、
常に

 

「90点以上を目指せ」

 

といいました。

 

 


89点以下だと、
「え?なんで?」
といった表情・・・



「だから早く寝るなっていったがね!」


「○○くんはもっとやってる!」


「全然やってないよーっていいながら、みんなはもっと勉強してる!」


「○○ちゃんが通ったら勉強してるのがわかるから、夜は雨戸を閉めて
 電気がついてるのがわからないようにして勉強しなさい!」


意味のわからないことまで言い出す始末・・・



しまいには、通販で記憶力がよくなるとかいう
おかしな機械(ヘッドホンやら変な音がする1万は超えてそうなものを購入。

 

 


一応使ってみたけど、効果はわからず・・・

 

 


思い込みが激しく、だまされて石とか買ってしまいそうなタイプな母親だから、
仕方がないのかもしれない。

 

 


まったく、お金のムダったらありゃしない。

 

 


普段はシャワーすら使わせてくれないのに、こういうものはすぐ買ってしまうんだから。

 

↓シャワーが禁止だった我が家・・・

 

 



ありがたいことに、父親はいつも「がんばったね」といってくれていたので、
それだけが救いでした。

 

 


これで父まで教育パパだったら、私は確実に不良と化していました。

 

 


母親に怒られるたびに、


「こいつを困らせるために不良になってやる!!」


と何度も思っては、


「でも、家族を困らせてはいけない・・・」


と、我慢して生きていた青春時代だったから・・・



私の努力のせいなのか、
学年トップをとって勘違いした母がよりいっそう教育ママになったからか、
理由はわからないけれど、この後、
私は有名な進学校に進むことになりました。

 

 


そこでは、一生ものの友人と出会えたし、人生で一番楽しいときを過ごせたから、
結果、よかったのかもしれない。



けれど、
あの時トップをとっていなかったら、
私はもっと早く教育熱心な母親の期待を裏切り、レールから外れていたような気がしてなりません。

 

 


だから、トップをとったことが、私の人生の間違いの始まりだったようにも思えるんです。




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