毒親に悩んでいる方・実母のことを「嫌い、憎い」と思ってしまう方のためのカウンセラー 加藤菜々です^^
今日は体からのサインの話について。
あれは、当時付き合っていた彼からのDVが始まって、3ヶ月くらいたった時かなぁ・・・
首にね、ぽつぽつ赤い湿疹ができたの。
その時期冬だったから、蚊じゃないだろうし、なんだろう?って思っていたの。
とってもかゆくて、かきまくっていたら、蚊に刺されてかいたあとのように、赤くなった。
それを見たDV彼氏は、「他の男にキスマークをつけられた」って言い始めて、大騒動になったのね。
・・・どこまでも妄想して、妄想で私に怒りをぶつけてきて、殴る・ける・言葉の暴力をふるうっていう人だった。
その湿疹はその後どんどん悪化していったんだけど、その頃の私は、DV彼氏にいつか殺されると思って、DVから逃れるべく実家に帰ったの。
私が初めて手にした自由、私の大好きな空間だった一人暮らし。
それを手放さないと、私はいつか死んでしまうと思った。
心はすでに死んじゃってたから・・・
実家に帰ってもね、湿疹は悪化するばかりだった。
皮膚科に行っても、「虫じゃない?ダニとか」といわれるだけ。
でも家族でかゆいのは私だけ。
皮膚がぼろぼろになっていくのを見て、不憫に思ったおばあは、
防虫剤をまいてくれたり、晴れの日は毎日布団を干し(これは実家の習慣だから私のためってわけでもないけど)、私が寝ていた和室のたたみまで変えてくれた。
あ、母は何もしません。
「なんだろね~」と無関心。
さすがでしょ(笑)
肌を露出する夏になるころ、私の手足は真っ赤になってた。
かゆくて我慢が出来ない。
寝ていても我慢ができない。
まったく寝れない。
熟睡もできず、仕事にいくんだけど、通勤中だってめっちゃかゆいし、仕事中も無意識にかいてしまって、気付けいたるところから出血。
それを見た先生(予備校に勤めてたので先生に囲まれてました^^)方が、「血が出てるけど大丈夫!?」と驚くのを聞いて、血が出ているのに気付き、「あぁ・・・またやっちゃった・・・」と反省する日々。
夜、お風呂に入るときが一番つらかった・・・
服を脱いで、鏡を見るとね、私の首と手と足は(肩から手首まで、ももからくるぶしまで)ぼろぼろだった・・・
かゆくて、止められないからかいて、血が出て、かさぶたができて、しみになって、私の肌はしみと傷と赤みだらけだった・・・
「なんで・・・?なんで・・・」って毎日泣いてた。
「こんな体じゃ、もう誰とも付き合えない・・・」って、お風呂で一人で泣いてた。
でも、かゆみは止まらないから、しみになっても、また新しく湿疹ができて、かゆくて、かいて の繰り返し。
肌はきれいな方だったから、鏡の前に写る自分の姿は耐えられなかった・・・
病院も2つ回ったけど、虫としか言われず、薬も全然効果がなかった。
手や足をだすのが、本当につらかった・・・
人前にいくのも、怖くなった。
3つ目の病院に言った頃、かゆくなり始めてから1年がたってたんだけど、その皮膚科の先生は笑顔だったの。
「うーん、ストレスかなぁ?仕事、大変なの?」
って、話を少し、聞いてくれた。
DVのことなんて話せなかったから、仕事が忙しいってことにしたんだけど、なぜかね、その先生のところに行くようになってから、少しずつよくなっていったの。
薬の相性もよかったのか、少しずつ引いていったの。
今ではね、あの時のしみだらけの手足がうそのよう。
きれいに、消えたの。
・
今思うと、あの時先生が話を聞いてくれたのがよかったのかなぁ?
最初に行った2つの病院の先生の顔はまったく覚えてないけど、最後にいった先生の顔ははっきり思いだせる。
笑顔なの^^
先生、ありがとう。
人は、つらいとき、誰かに寄り添ってほしいんだよねきっと。
おばあがいろいろやってくれたのはうれしかったけど、本当は私、先生みたいに話を聞いてくれる人がほしかったのかもしれない って今では思う。
きっと、私の湿疹は、私にいろんなことを教えるために発症したものなんだろうな。
前も書いたけど、人は苦しいことがあると、それを乗り越えた時、たくさんのものを手に入れることができると思うの。
私の場合は、この湿疹もそうだけど、アダルトチルドレンとか、機能不全家庭育ちとか、DVとか、共依存ばっかりの恋愛とか、いろいろつらいこといっぱいあった。
けど、つらいことが多かった分、私は優しくなれたんだと思う。
こうしてブログを書いて、人とつながれたんだ って思う。
そう思うと、私の人生、これでよかったのかな^^って受け入れられる^^
読んでくださって、ありがとう^^
菜々
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