読書感想:『本泥棒』ほか
最近知ってちょっと嬉しかった、『本泥棒』の映画化。本泥棒/早川書房¥2,376Amazon.co.jp『本泥棒』(マークース・ズ―サック著 早川書房)映画は『やさしい本泥棒』という邦題で6月公開予定らしいんですが、この本すごく好きなんです。第二次世界大戦下、ドイツの小さな町に住む夫婦の元へ里子に出された少女・リーゼル。孤独なリーゼルの世界に色を与えるのは優しい父親、隣家の少年、地下室のユダヤ人、そして「本を盗むこと」だった。私は、この本は少女のかけがえのない日常の物語であり、戦争文学であり、ファンタジーであり哲学であり人間賛歌であると思っています。物語の語り手は“死神”。この死神、俯瞰的でありながらも人間に対して一定以上の興味を持っていて、素っ気ないかと思えばユーモアがある。「ディスクワールド」の死神さんみたいな人物造形です。(『死神の精度』の千葉さんみたい、と言ってもいい)物語が始まって早々「色」に関する説明に入るので、このあたりを理屈っぽいと感じるか詩的と感じるかで読者がふるいにかけられる気がする。「ミステリー仕立てにするのは趣味じゃない」と話の結末を再三ほのめかしたり、「あなたを憎んでいる少年よりタチが悪いのはあなたを愛している少年」等ヒネリの効いた言い回しを多用したり、なかなかに魅力的なナレーター。そしてラストの一文で見事に〆てくれる。好きだ。ストーリーについては、感動ばかり先にたってうまいこと説明できないんですが、とにかくリーゼルが愛おしい。他者との交流を経て、字を読む喜び=生きる喜びを知る。そしてマックスが、リーゼルに向けて物語を描くことで希望を見出すというのが……もうね。リーゼルを中心に、戦時下を生きる市井の人々を描いているところにも惹かれます。街中を行進させられるユダヤ人や、仕事を失っていく養父の描写が痛々しい一方で、あたたかさや美しさを感じられる場面がたくさんある。印象深いのは、リーゼルが防空壕で本を朗読する場面と、母さんがアコーディオンを抱きしめる場面。最後の別れが悲しいからこそ、幸せのまばゆさが胸に迫ってきます。忘れてはいけないのがリーゼルの「盗み」。この物語は人間にとっての本の価値を教えてくれるものだと思うけど、リーゼルを見ていると、本が単なる紙とインクの集合体でないのはもちろん、知的財産や思想の自由と言ったものすら越えた「世界」そのもの、世界と繋がることに対する抗いがたい欲求の象徴なんじゃないかと思えてきた。初めて読んだ時、私にしては珍しく涙ぐんでしまった本なので、どんなふうに映画化されているのか楽しみです。あと最近読んで面白かった本を簡単に。宝石の筏で妖精国を旅した少女 (ハヤカワ文庫 FT ウ 6-1)/早川書房 ¥886 Amazon.co.jp 『宝石の筏で妖精国を旅した少女』。『孤児の物語』で私の心を鷲掴みにしたキャサリン・M.ヴァレンテ氏の著書。12歳の少女セプテンバーが、〈緑の風〉に連れられて妖精国へ。楽しい旅のはずが、万精の都を支配する侯爵と対峙するはめに……。ワイブラリー(ワイバーン+ライブラリー)とか、人間狼とか、石鹸ゴーレムとか、今作も異形の者がわんさか。うーんファンタージエン的。特に石鹸ゴーレムの描写が素敵。『孤児の物語』の〈無原罪の女〉も素敵だったし、作者はこういう人ならざる材料から生まれた存在が好きなんだろうか。あと、やっぱり女の系譜って感じがするな。セプテンバーがとても可愛くて好感の持てる主人公で、こんな女の子が次々不思議な体験をするのだから面白くないはずがない。秋の州に行ってみたい! ハロウィン好きにはたまらんよこれ。「汝の母の剣」が普通の剣じゃないところが、親子の繋がりが感じられて好き。昔話の定石を踏みつつ独創的なファンタジーに仕上がっています。日本人としてはつくも神が出てきたのも嬉しい。続編の『影の妖精国で宴をひらいた少女』も出ていて、こちらもオススメ。いやーこの作風大好きだな!私、もうすっかりヴァレンテさんのファンになってしまいました。ハヤブサが守る家 (海外文学セレクション)/東京創元社 ¥3,024 Amazon.co.jp 『ハヤブサが守る家』 ランサム・リグス著不審な死を遂げた祖父と、彼の残した奇妙な写真。謎の真相を探るべく、主人公は祖父が子ども時代を過ごした島へと向かう。祖父母の過去を紐解く系の話が好きなのでワクワクしながら読みました。奇妙な古写真がたくさん挿入されており、それを楽しみつつ徐々に真実が明らかになっていく過程が面白い。しかし、前半と後半とで話のテイストがガラリと変わります。前半はオカルトミステリだったのがいきなりXメンに様変わりしたようだった。何と言うか、探偵ものからバトルアクションにシフトしたジャンプ漫画を読んでいるような感覚を味わいました。謎解きが完了した後半は、二つの勢力の戦いの物語。こっちも好きなテイストなので楽しめましたが、終わり方がこれまたジャンプの打ち切り漫画のような…。続き、あるのか?不完全な魔法使い<上>/東京創元社 ¥2,052 Amazon.co.jp 『不完全な魔法使い 上・下』 マーガレット・マーヒー著マーヒーと言えば『魔法使いのチョコレート・ケーキ』のイメージが強くて、こういうハイファンタジーも上手いのかと驚き。王と英雄が並び立つ世界。生まれ育った農場を離れ、宮廷魔術師になった少年ヘリオットは、〈分身〉の存在に悩む一方、王都をめぐる争いに巻き込まれていく。こういう苦悩する主人公、好みだなあ。魔法でドンパチではなく、力を抑制し自然の摂理に従って生きようとする姿勢。ゲド戦記っぽくていいね。ヘリオットの苦悩とは裏腹に、王位継承をめぐる争いや陰謀、英雄の裏切りに復讐と、まわりがドロドロしているのがままならなくてもどかしい。不完全だった主人公がちゃんと吹っ切れて終わるのが良し。しかし、「自分から檻に入る」主人公って別の作品でも見た気がするなあ(笑)領主館の花嫁たち/東京創元社 ¥2,052 Amazon.co.jp 『領主館の花嫁たち』 クリスチアナ・ブランド著心に傷を負った女家庭教師テティが訪れたのは、当主の妻を失い悲しみに沈む領主館。テティは館に住む愛らしい双子の姉妹と出会い傷を癒していくが、一族にかけられた呪いによって、彼女らの運命はねじ曲がっていく。ゴシックホラー。『嵐が丘』とか『ジェイン・エア』が好きな人はハマるであろう、古き良き英国の雰囲気たっぷりの小説。いやー…負の連鎖というか、人の業というものは恐ろしいものです。めっちゃ怖い!って感じではないのですが、登場人物それぞれのピリピリした心理描写や時折現れる破滅の予感が効果的で、続きが気になって気になってあっと言う間に読み終えてしまいました。特に、テティに感情移入しかけていたところで満を持してやって来る闇堕ち展開にはゾクッとした。なんか最後らへんは姉がかわいそうで……。愛らしいがゆえに大人にひいきされ、自己中心的に育ってしまった妹には、もう、呆れとか怒りとか以上に吐き気を感じてしまいました。本人が悪いわけじゃないんだけど、「子育てに失敗した最悪の結果」を見せられているようでね。呪いの元凶である姉弟よりも、意思を持っているかのような館の描写に恐怖を覚えます。