どぅばの倉庫 -18ページ目

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫

「最近この店、味が落ちたわね」
 大雨の中やっとの思いで買ってきたチェリータルトを、シオリはそう評した。評しながらも、二切れめをつかんで口に運んだ。皿もフォークも使わなかった。人魚の常識では、なんでも手づかみで食べるらしい。本人に確認したわけではないが、多分そうだ。
「あなたも食べなさいよ、ほら」
 手でつかんだタルトを押し付けてくる。仕方なしに付き合った。甘いものは嫌いではない。僕の場合、どちらかというと和菓子のほうが好きだったが。それにしても、まさかバスルームで人魚と一緒にチェリータルトを食べる日が来るとは思いもしなかった。

「で、それを食べたらシオリは出ていってくれるのかな」
 手渡された一切れを片付けて、質問した。
「出ていくって、どうやって?」
「どうって、それはこっちが聞きたいよ」
「あたし歩けないし。それに水がないと死んじゃうわよ」
「それなら、栞にもどって……」
「もどしかた知ってるの?」
「シオリは知ってるだろう?」
「知らないわよ、そんなの」
 知ってるはずがないじゃない、とでも付け加えそうな口調だった。僕はしばらく考え込んだ。シオリは何事もなかったかのようにタルトを頬張っている。ナイフのような銀色に輝いていた瞳はいつのまにか鮮やかなエメラルド色になって、頬にはえくぼが浮いていた。栞から出てきたときには、それこそ殺されるのではないかと思ったほどだったが。腹をすかせていたせいだったのかもしれない。

「あー。ということはつまり、シオリはここから動けないってこと?」
「そういうことになるわね。まぁしばらくお世話になるわ。よろしくね」
 シオリは芝居がかった調子で片目を閉じてみせた。やけに楽しそうだったが、こっちはそれどころではなかった。
「ちょっと待った。困るよ、それは」
「なにが困るの? こんなイイ女、めったにいないわよ」
「人間じゃないだろ、キミは」
「ひどいわねぇ。ただちょっと足がヘンな形してるだけじゃない」
「ちょっとどころじゃないだろ」
 論点がずれているような気がした。これは、足がどうこうの問題ではなかった。
「あたしがいると、なにが困るわけ? 具体的に言ってみてよ」
「とりあえず、風呂に入れない」
「一緒に入ればいいじゃない。背中流してあげるからさ」
「そんな狭い風呂に二人で入れるわけないだろ」
「それもそうね。じゃあ、カズヤがバスタブ使ってる間は洗い場に出てるから。シャワー浴びてれば平気だし。他にはなにか困ることある?」
「他には……」

 考えてしまった。たしかに、シオリがバスタブに住んでいても困ることは特にない。この世界の物理法則に対して不徳を働いているような気分にはなるが。──いや、一つあった。
「食費はどうするんだ」
 ずいぶんと所帯じみた話だと思った。
「貸しておいてよ」
「返す気はないんだろ?」
「うん」
「やっぱり出ていってくれないかな」
「しょうがないわねぇ。それじゃ、いいこと教えてあげる。……人魚の涙が何になるか知ってる? 真珠よ、真珠。パール。わかる?」
 反射的に、詐欺だと思った。たぶん、誰でもそう思う。
「実際に一つ作ってみせてほしいな」
「なにもないのに泣けないわよ、普通」
 彼女の口から「普通」なんていう言葉が出てくるとは思わなかった。
「どうすれば泣いてくれる?」
「素敵な音楽を聴いたりすると泣けるわね。そういえば部屋にギターがあったけど、弾けるの?」
「まぁ、そこそこは」
「弾いてみてよ。もしかしたら泣けるかもしれないから」
 言われるまま、マーティンを取ってきた。自慢のギターだ。安くない。大学に入ったとき記念に買った愛器だ。ネックに焼酎がこぼれていたので、拭き取った。洗い場に腰を降ろして、斜めに構えた。自信はなかったが、ものはためしだ。

「あぁ、イエスタデイじゃ泣けないわ」
 三つほど音を出しただけで、宣告された。まるでイントロクイズだ。指の位置を変えて、次を試してみた。
「スタンドバイミー? カズヤはそれで泣けるの?」
 ひどい言われようだった。ヤケになって神田川を弾いてみると、涙を流さんばかりの勢いで笑われた。そうか、その手があったかもしれない。しかし僕の信念がそれを許さなかったので、バラードを弾きつづけた。思いつく限りの曲を演奏してみては、ことごとく三秒以内に落選を告げられた。二十曲ほど試してみて、あきらめた。
「まさか、世界中の曲を知ってるんじゃないだろうね」
「そんなことないけど。カズヤがありきたりの古臭い曲しかやらないからよ」
 せめて古典的な曲と言ってほしかったが、もはやどうでもよかった。僕はギターを置いた。すると、シオリがギターを指差した。その指を曲げて、こっちへよこせという具合に合図した。
「濡らさないようにしてくれよ」

 注意して渡した。シオリはものも言わずに受け取ると、やおら体勢を変えて仰向けにギターを抱えた。そのとたん、圧縮された音符の塊がほとばしりだした。聴いたこともない曲だった。左右五本の指が、それぞれ独立して動いている。曲自体は決して速くない。ただ、ありえないほどの密度で音が詰まっているのだ。人間に演奏できる曲ではなかった。三分強、僕は息をすることも忘れてシオリの演奏を見つめていた。世界中のギタリストにこれを見せてやりたいと思った。
「せめて、これぐらいやってくれないとね」
 最後にギターのボディを軽く叩いて、シオリはそう言った。
「そのギター、どこで覚えたんだい?」
「覚えたんじゃないわ。最初から知ってたの」
「最初って。生まれたときから?」
「そう」
 うらやましい話だ。彼女ぐらいギターが弾ければ、それで生活していくこともできるだろう。事実、そうしているのかもしれない。

「よし、それじゃこうしよう。僕にギターを教えてくれ。そうしたらうちに住んでいい」
「そんなのでいいの? 変わってるわねぇ、あなた。もっといろんなことしてあげるのに」
 言いながら、シオリは胸を強調するように腕を組んだ。
 想像しないことにした。だいいち、どんなに美人であろうとも、人魚である以上行為そのものが想像できない。流石に、そこに卵を準備したのでその上にかけてください、なんてことはなかろうが…友人として接する方が無難だ。それに、自信もなかった。色々な点で。僕は焼酎を持ってきて、湯飲み茶碗を二つ置いた。
「飲めるんだろう?」
「焼酎かぁ。ラムかテキーラはないの?」
「ないよ、そんなの」
「ま、アルコールが入ってればなんでもいいけど」
 シオリは一升瓶からそのまま飲んだ。茶碗は使わなかった。どうやら人魚の世界には皿もフォークも茶碗もないようだった。どういう食事風景なのだろう。想像してみて、ちょっとおかしくなった。
 が、すぐに笑っていられる事態ではないことに気付いた。十秒後、僕はラムと焼酎を買いに出ることになっていた。雨の勢いは変わりなかった。ずいぶん高いレッスン料になりそうだった。
 結局、バスタブに水を張ってやることで「みず」の問題は解決した。根本的な問題は何一つ解決していないのではあるけれども。とにもかくにも話を聞くことにした。

「あー。キミは人魚……だよね」
 我ながらマヌケな質問をしたと思った。
「人魚以外の何に見えるっていうの?」
 見かけとは裏腹に、乱暴な答えが返ってきた。声は綺麗だったが、どことなく皮肉っぽい響きがあった。
「キミはどうしてあんな本に、いや栞に。あぁ、いやその前に、どうして人魚が古本屋に……。いや、それはどうでもいいのか。そうじゃなくて、えーと、人魚って本当にいたんだ」
「なに言ってるのかわからないわよ。まずは落ち着きなさい。ほら、深呼吸」
 彼女の腕が伸びてきて、僕の肩を叩いた。バスタブのへりに肘をつく姿勢なので、胸が丸見えだ。そういうことは気にしない性格らしい。改めてよく見てみると、案外小さい。Bカップぐらいだろうか。いや、Cはあるかもしれない。──バカなことを考えている場合ではなかった。三回ほど深呼吸して、質問を始めた。
「どうしてキミは栞なんかになってたんだ?」
「その前に名前を訊きなさいよ。『キミ』じゃやりにくいでしょ」
「あ、あぁ。じゃあ名前は?」
「先に名乗るのが人間の世界の礼儀じゃないの?」
 キミは人魚だろうと言ってやりたかったが、意味がないのでやめた。
「僕は山本」
「ヤマモト? 冴えない名前ねぇ。下の名前は?」
「和也」
「つくづく冴えない名前ね」
 彼女は欧米人のように両手を広げて肩をすくめた。失礼な話だ。確かにありきたりな名前ではあるが。僕の責任ではない。それに、「冴える」名前というのは、どういう名前だろう。伊集院とか西園寺とか、そういう名前だろうか。──我ながら貧困な発想だ。

「……で、キミの名前は?」
「あたしはシオリ」
 ジョークだろうか。だとしたら、ちっとも笑えなかった。
「で、どうしてシオリは栞なんかに……」
 名前を聞いたらよけいにやりにくくなった。
「だって、あたしシオリだもん。普通でしょ」
「普通というかなんというか……」
 人魚の世界ではそうなのかもしれない。しかし僕は人間だ。両者の世界にはかなりの断絶があるようだった。言葉が通じるだけ良かったと思うしかない。これで言葉が通じなかったらお手上げだ。通じても十分にお手上げだったけれども。
「紙切れが人魚になったことが、そんなに不思議なの?」
 シオリが言った。それはもちろん不思議だ。しかし、最大の疑問はそんなところにはなかった。いま僕の目の前で口をきいている彼女は、その存在が何から何まで常識に反していた。
「キミは……」
 なにか訊こうとしたものの、なにから訊けばいいかわからなかった。これがコンパなら、年齢や血液型を訊くところだ。ヤケになって、年齢を訊いてみた。
「覚えてない」
 そういう答えが返ってきた。
「血液型は?」
「AB」
「それはわかるんだ」
「あたりまえじゃない。わからなかったら事故にあったときとか大変でしょ」
 バカじゃないの、とでもいわんばかりだった。やはり質問を間違えたようだ。気をとりなおして、尋問を続けることにした。
「シオリはどこの出身?」
 これはいい質問だろう。
「江戸川」
「江戸川か。僕もそのあたりで育ったんだ。千葉県側の市川市だったんだけど。よく河川敷を散歩したよ」
「なにか勘違いしてない? 川じゃなくて製紙工場なんだけど」
「製紙工場?」
「江戸川区の製紙工場」
 なんでもないことのようにシオリは言った。つまり、こういうことだろうか。人魚が栞に化けていたのではなく、栞が人魚に化けたのだと。どちらにしても異常であることに変わりはないが、なんとなく印象が違う──ような気がする。
「でも普通の栞は人魚にならないよね」
「そりゃそうでしょ。そんなことになったら本屋は人魚でいっぱいじゃない」
「うん、まぁそのとおりなんだけど」
 どうにも会話が噛みあわなかった。

「そうだ。水はこのままでいいのかな」
「もう少し冷たいほうがいいけど、特に問題ないわ」
「そうじゃなくて。塩とか入れたほうがいいのかと思ったんだ」
「いらないわよ、塩なんて。あたし、海の人魚じゃないもの。それよりカズヤ、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「な、なに?」
 動揺した。女性に「カズヤ」などと呼ばれるのは久しぶりのことだった。どうかすると、二年前に帰省した折り母親に呼ばれたのが最後だったかもしれない。
「あたし、おなかすいてるんだけど。何か買ってきてよ」
「何を買えばいい? エビとかカニとか?」
「あたしをタコか何かだと思ってる?」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「今は甘いものが食べたい気分ね」
「もらい物の水羊羹ならあるけど」
「はぁ……。この街の人って、みんなそうなのよね。羊羹だの大福だの……。駅前に一軒だけケーキショップがあるでしょ。パティスリー金田っていうお店。そこでチェリータルト買ってきてよ。今の季節ならあるでしょ」
 人魚とは思えない発言だった。まるきり地元民だ。いや、実際地元民なのだろう。僕より詳しい。何年この街に住んでいるのだろう。そう訊いてみた。
「さぁ。覚える必要のないことは忘れるようにしてるの」
「それは必要なことだと思うけど」
「必要かどうかは自分で決めるから。それより早く買ってきてよ。もうおなか減って死にそう」
 シオリは大袈裟に腹を抱えた。いかにも演技だったが、とりあえず従うことにした。その前に、無駄だと思うが一応訊いておこう。
「お金は?」
「ごちそうさま」
 やっぱりだ。でも、もう少し頑張ろう。
「僕は貧乏学生なんだけどな。なにしろ財布には五千円しか入ってない」
「あたしは一円も持ってないの。チェリータルトは千八百円だから大丈夫」
「貸しってことにしておいていいかな」
「いいわよ。返す機会はないと思うけど」
 そこまで開きなおられてはどうしようもなかった。あきらめて買ってくることにした。
「あ、それと紅茶も忘れないでね」
 アパートを出るまぎわ、追加注文が飛んできた。生返事を返して外へ出た。雨は土砂降りになっていた。ひどい夜になりそうだった。


 近所のスーパーで漬物を買ってアパートに帰り、シャワーを浴びた。とうに日が暮れていたので、焼酎を飲むことにした。アルコールには強いほうだ。本格的に飲むと、一晩で一升瓶がカラになる。残念なことにあまり裕福ではないので、毎日は飲めない。週末以外は飲まないようにしている。

 湯飲み茶碗に安物の焼酎を注いで、漬物を肴にやりはじめた。古本屋で買ってきた『人魚』を手に取って、ぼんやりと眺めてみる。表紙を開くと、青一色に塗りつぶされたページが出てくる。──はずだった。出てきた最初のページは黒一色だった。いや、わずかに青みが残っている。よく見なければそうとわからないほどだったが。どうやら、ただの紙ではなかったようだ。何らかの条件で──おそらく光の加減で、色合いが変わるのだろう。そう思って電灯に近付けたり角度を変えて覗いてみたりしたが、うまくいかなかった。そう簡単なことではないのだろうか。
 二ページめも三ページめも同じだった。古書店で見たとき鮮やかな青だった紙面は、墨を流したように真っ黒だった。四ページめを見ると、白い紙片が挟まっていた。まただ、と思った。この栞は巻末のページに挟んでおいたのだ。これは、どういうトリックだろうか。それとも、僕の頭がおかしくなったのだろうか。

 薄気味悪くなって、『人魚』を机に放り出した。そのとき、隣室の住人が帰宅する音が聞こえた。安アパートであるから、壁は薄い。隣室の音は丸聞こえだ。さいわいなことに僕の部屋は角部屋なので、隣室は一つしかない。ところが、この隣人がかなりの遊び人で、とっかえひっかえ女を連れ込んでは良からぬ行為に及んでいる。あまり女性に縁のない身としてはつらい。
 そういう次第で、隣室から女の声が聞こえてくるような夜にはギターを弾いてやることにしている。日曜日の夜には、そういうことが多い。腕は良くないが、それはそれで構わない。だいいち、腕が良かったら仕返しにならない。
 この夜もまた、部屋の隅に立ててあったマーティンを持ってきてやり始めることになった。いいかげんに酔っ払っているので、チューニングは気にしない。何を弾くかと考えて、まずは指ならしにチャック・ベリーを弾いた。アルコールが入ると弾きたくなる曲だ。ジョニー・B・グッド。

 最後までやり終えて、どこにもいない観客のためにキメのポーズをとってみせると、ギターのネックが茶碗をひっくり返した。だいぶ入っていたようで、あっというまに畳は焼酎まみれだ。あわてて立ち上がると、足元がよろけた。もともと血圧が低いのと酔っ払っているのと、両方が原因だった。バランスを崩して机に寄りかかると、今度はその拍子に本が落ちた。買ったばかりの『人魚』は、あわれ焼酎の海に落下した。あろうことか、ページを開いた状態で。
 やれやれと溜め息をついて、本を拾い上げた。布張りの表紙は無事だったが、中ほどのページは焼酎を吸って、やや変色していた。再び溜め息。──と。不意に、足元から水のはねる音が聞こえた。こぼれた焼酎が音をたてたのだった。そこに栞が落ちていた。なにやら魚の尾びれのようなものがのぞいている。いや、のぞいているなどというものではない。はっきりと、まちがいなく、たしかに、栞の端から魚のヒレが伸びているのだ。かなりの大きさだった。マグロかカツオぐらいのサイズはありそうなそれが、もう一度焼酎を叩いた。盛大な音をたてて、しぶきが飛び散った。
 これはいよいよ頭がおかしくなったかと思っていると、次には栞から腕が出てきた。生白くほっそりとした、紛れもない女性の腕だった。その腕が苦しげに畳を引っ掻いたかと見えると、どこからか「みず」という声が聞こえた。女の声だった。
 何をどうすればいいのか、見当もつかなかった。警察を呼ぶべきか、友人に相談すべきか、病院に行くべきか。どれも正しいような気がしたが、とりあえずは水を持ってくることにした。台所からマグカップに水を注いで、恐る恐る栞の上にかけた。勢いよく、栞が跳ね上がった。まるで、陸に打ちあげられた魚だった。跳ね上がった栞から、尾びれと右腕に続いて左腕が出てきた。水はまったく畳の上に広がらなかった。一滴残らず、栞が吸い取ったのだった。再びどこかから「みず」というのが聞こえてきた。
 台所に引き返して、今度はヤカンいっぱいに水を持ってきた。それをすべて栞に吸い取らせた。二本の腕の間から、紙のように白い背中が出てきた。右の肩口に大きい切り傷があるのが見えた。なまめかしく浮き上がった腰骨の辺りから下は、青黒いウロコに覆われていた。さらに水を持ってきてかけてやると、首筋から亜麻色の髪が出てきた。形のいい乳房が現れて、最後に石像彫刻のように深い影の中から二つの瞳が僕を睨んだ。銀色に光る双眸が、刃物にも似た鋭さで心臓に切り込んできた。人間の瞳ではなかった。一瞬、呼吸が止まった。怖いほどの美貌だった。血を啜ったように赤い唇が「みず」と呟いた。

 もう一度、水を汲んできた。すると彼女の右腕が素早く伸びて、ヤカンをひったくった。左腕が長い髪をかきあげて、滑らかなうなじをあらわにした。白陶のような喉が上を向いて、ヤカンの口をくわえたかと見えるや、たちまち中身を飲み干した。そして再び「みず」と言った。
 僕はヤカンを持って台所に走りながら、まるで火災現場だな、などと考えていた。生まれてこのかた火事に出くわしたことはなかったが。どうやら、少し冷静になってきたようだった。四杯めのヤカンを持って帰ると、彼女は先刻と同じく乱暴にひったくって頭からかぶった。吸い取ってくれると思ったところが、水はそのまま畳の上にまきちらされた。僕は思わず悲鳴をあげた。それでも彼女は「みず」と繰り返しただけだった。