「藤原さんとどんな話したの?」
その日の放課後、私はチアキと一緒に帰ろうと思ってたんだけど、友達に捕まっちゃってね。 美術の時間にしゃべったことや、チアキとの関係あたりから話が始まって、いつの間にか何人か集まってきてね。私はそこで聞いたの。 「ねえ、何でチアキって避けられてるの?」 みんな目を丸くして、そして黙ったわ。こういうのってね、明確な理由っていうのが無いわけじゃないんだけど、みんながそうしてるからなんとなく、っていうのが強かったりするのよね。大食いなんてたいしたことじゃないわ。だから、それを指摘することで解決するんじゃないかなって思ってた。でもね、一年生のときチアキと同じクラスだった子が話してくれたの。 「去年のクリスマスにね…ウチでパーティしたの。そのときは藤原さん、来てくれたんだけど…」 「うん、あの時からだよね」 「何かあったの?」 チアキはその頃から時々、異常な食欲を見せてたみたいで、でも、それについてはみんなも「変だな」って思う程度で、最初はね、チアキ自身も気にしてて友達に相談したりもしてたみたい。 「ううん、藤原さんが何かしたってわけじゃなかったかもしれないんだけど…変だったのよ」 その場にいた一年生のときのチアキのクラスメイトは二人。一人はその時のパーティの主催者で、もう一人は招待されたお友達。ごめんなさいね。名前ははっきり覚えていないの。 確か、主催した子の家はとても大きくて、お金持ちってわけじゃなくて、昔からお茶農家をやってるお家でね。その子の家は毎年、クリスマスには家族で食事に出かける習慣だったけど、その年だけわがままを言って、その子だけ残ってお友達を呼んでパーティをさせてもらったんですって。 「あの頃は藤原さんも、おとなしいけどみんなと仲良くしてて、藤原さんがいっぱい食べるかもって、みんなで食べ物を多めに準備したり、料理だって一緒にしたんだ。藤原さん、凄く上手だったよ」 「うんうん、チアキは普段から自分で作ってるからね」 「へえ、そうなんだ。でも、結構人数いたし、それだけの人数分準備するのって大変でしょう?慣れてないから。だから失敗作も少しあったんだ」 「ほとんど上手くいったんだけどね。楽しかったなー」 「うん、本当に。でも、その失敗した料理ってのが問題でね…」 私はチアキが何かとんでもない失敗をしたのかな?って思って聞いたの。でも、そんなことを責めるような子達じゃなかったし、それなら笑い話ですむよって言われたわ。 「失敗したのはメインのタンドリーチキン。うちで鶏を飼ってるから、前の日にお父さんが処理してくれててね」 「凄くおいしかったよー」 「え?失敗したのにおいしかったの?」 「うん、それがね…失敗してたんだけど…」 凄く大きな鶏モモの塊をいくつか調理したんですって。それを切り分けて食べましょうって。でも、その子がお肉を切った切り口がまだ少し赤かったらしいの。お肉が大きいものだから生焼けになっちゃったのね。でも、それなら電子レンジでもう一度火を通せば大丈夫よね。 「みんなそう思ったんだけど…チキンを担当していた藤原さんが『えっ?ちょっと見せて』って言うからナイフを渡して藤原さんに切ってもらったの。そしたら…」 「うん、ちゃんと火が通ってたんだよね」 「で、なんだ、そこだけ生焼けだったんだ、ってみんな思ったんだけど…その前に私が切った切り口もいつの間にか火が通ってて…」 私には、いや、そこにいた他の、この話を知らない子たちにも、最初は何を言ってるのかよくわからなかったわ。みんな、何度か同じ質問をしたり、聞き返したりしてわかったことは、要するにチキンをチアキ以外の人が切ると生焼けで、チアキが切るときちんと火が通っていた、ってこと。しかも、他の人が切り分けたチキンもチアキが関わることで、例えばお皿に盛ったり、運んだりすることで、いつの間にか火が通っていたんですって。 「最初はみんな、あれ?不思議だね、ってぐらいで深く考えていなかったんだけど、まあ、テンションも高かったしね。藤原さんが一通りすることで万事うまくいくならそれでもいいか、って。あ、藤原さん本人も不思議がってたんだよ」 「それと、あのケーキ!」 これだけでも十分変な話なのにまだ他にもあるの。その日のケーキはね、その家に業務用の大きな冷凍庫があったから、奮発してアイスケーキにしたんですって。ちゃんと、ホールの。みんなで結構お金を出したそうよ。 「そしたらさ、アイスって…当たり前なんだけど溶けるじゃない?部屋も凄く暖かかったし。でも、今度はね…藤原さんのだけ…」 「溶けなかったの?」 みんなそのことには気付いてて、チアキも気付いてて、でも誰も、何も言えなくて、チアキのアイスは溶けないどころか、スプーンも真っ白になってたんですって。冷凍庫に入れてたみたいに。 「なんかねえ、凄く楽しかったんだけど…なんとも言えないモヤモヤっていうの?そんなのが残ったパーティーだったのよ。」 その後、チアキのいないところでその話になって、そしたら何人か、そのパーティ以外でも思い当たるふしがあったりして、例えば、やけどするくらい熱い給食の寸胴鍋がよろけたときに素手で支えたり、雪が降ったときもチアキの歩くとこだけが凍ってなかったり、野良犬に咆えられたときもチアキが近づいたら逃げていったとか… 不思議な話でしょう?あなた達も同じなのかしら?そのときはどこまで本当かわからなかったけど。それに、その頃からチアキはあまり人と話をしなくなったみたい。だから余計に気味悪がられてしまったの。 「でも、それって、それが本当の話だったとして、チアキがおかしかったとして、でも人に迷惑をかけてはいないよね?どちらかと言えば役にたってるじゃない?」 「いや、確かにさわっちの言うとおりだけど、でも実際に目の前でそういうの見ると…」 「さわっちは藤原さんが無視されるようになったって思ってるのかな?」 「違うの?」 「うーん、今はやっぱり私達の方が避けてるのかな…ごめんね、私もちょっと気味悪い。でもね、最初は藤原さんの方がみんなを避けるようになったんだよ」 それからチアキはクラスで孤立して、それに、誰かがたまたまチアキの読んでる本を覗いたら、あ、チアキはもともと、常に本を持ち歩いてるような子だったんだけど、それがどうやら「魔女狩り」の本だったらしいの。知ってるかしら?中世のヨーロッパで数百万人の被害者を出したって言われてる悪夢。 無口で、ちょっとオカルトな本を読んでて、近くにいたら不思議なことが起こる。こんな条件がそろえば、確かに怖がられるのもわかるわね。 もちろん、その頃の私には納得できなかったわ。私はチアキが好きで、確かに中学校に通いだしてから疎遠にはなったけど、それでもお互い、それぞれの友達がいて、毎日が上手くいってて、たまに時間が合ったりした時におしゃべりして…そういうものだと思ってた。だから悲しくてね。 そういうわけで、その日を境に私はできる限りチアキと一緒にいるようになったの。 |
「藤原は…今日はおかわりはいいのか?」
その日、そんな先生の一言でふと思い出したの。朝起きた時には「今日こそはこれをしよう」って思ってても、いざ一日が始まるとつい忘れてしまってて、夜になって後悔することってあるでしょう?私はその頃、いつもそんなだったの。
藤原というのは私の幼馴染。藤原チアキっていうの。私が通った小学校は一学年一クラスしかなくて、家もわりと近かったからほとんど毎日一緒に遊んでたわ。でも、中学校にあがってクラスが別々になって、なんとなくね、疎遠になっちゃったの。中学校は生徒数もそれなりに多くて、教室も一番遠くになっちゃって。別にケンカしたわけでもないし、ただ、お互いがそれぞれのクラスで別の友達を作っていったから。わかるでしょう?
だから、時々帰りが一緒になったときはよくおしゃべりもしていたんだけど、だんだんとそれもなくなって…二年生に進級して同じクラスになった時には、チアキはすっかり変わっていたの。あ、具体的にはね、いじめられてたの。うん?ちょっと違うわね。直接攻撃されていたわけではないけど、無視…少なくとも皆から避けられてたわ。一日中、ほとんど誰とも話さないし、新しいクラスになって何度か話しかけたんだけど、どちらかというと、チアキの方が私を避けてるみたいで…私には一年生のときから仲良くしてる友達が何人かいたから、グループを組むときもいつもその子たちと一緒で、ほとんどチアキと話さなくなってたの。
だからね、その頃は「明日こそチアキとお話をしよう」って思ってたんだけど、忘れてたり、なかなかタイミングがつかめなかったりで…
先生は中原っていう先生。彼はとても人が良くて、いわゆる熱血タイプかしら?でも、思ったことをズバズバ言ってしまうという悪いところもあったの。デリカシーが無いっていうのかしら?今ならそういう先生はすぐに処分を受けてしまうかもしれないわね。でも、その頃はそれほど親達もそういうことに敏感ではなくて、一般的に「良い先生」で通っていたし、私たちもそう思ってたわ。結果的には彼の心無いと思えるような一言で、私は「チアキとまた友達になる」って目標を想いだしたんだもの。
先生が言ったのは給食のおかわりのこと。その頃には私も、何でチアキが避けられてるかってことは少しなら知っていたの。だからその言葉は「なんてデリカシーの無いことを言うんだろう!」って、思わず眉間にしわがよってしまうような言葉だったわ。
チアキはね、確か一年生の冬、二学期の終わり頃だったと思うんだけど、その頃から何故かよく食べるようになったの。ううん、育ち盛りの年頃の子が、たとえ女の子でも、よく食べるってぐらいじゃおかしくはないんだけど、その食欲が異常だったの。おかわりを五杯とか六杯とか。しかもチアキは細身で、それほど背も高くなくて、女の子から見ればどちらかというとかわいい子だったわ。あまり垢抜けてはいなかったから、それほど男の子の目を引くことは無かったみたいだけど。そんな子が異常な食欲を見せれば引いてしまうわね。
それと、不思議なことがもう一つ。チアキの食欲は毎日ではなかったの。二日に一回とか、三日に一回とかってわけでもなくて、食べない日はどちらかというと少食だったし、全然法則性がなくて、そのことが余計に拍車をかけて「気味悪い」って思う人が多くなっていったの。
だから先生の言葉は、特に今の常識では考えられないようなデリカシーの無い言葉。一歩間違えると先生もいじめに加担してたって思われるかもしれないわね。チアキはその言葉に返事もせず、こくん、って頷いただけ。周りの皆も、これがただの大食い女程度なら囃したてたり、悪口を言ったりするものなんでしょうけど、チアキに対しては誰も何も言わないの。重症でしょう?
「あ、たまにはチアキとも組みたいから今日は三人でやってくれる?」
その日の午後の授業は美術。二人一組になってって言われて、私はすぐにいつもの友達にそう言ったの。
「えっ?藤原さんと…?」
「うん。幼馴染なんだ」
「あ、そうなんだ。いいよ、行ってきなよ」
私にはその時、仲良くしてた子が三人いて、二人組みって言われたらいつもその四人で二組に分かれていたの。そして、クラスの女子は二十一人。あら、その頃はそれなりの大きさの学校なら一クラス四十人を超えることも珍しくなかったのよ。それで、だからチアキはいつも一人になってたの。まあ、一応は三人組みの中に入ってるんだけど、一人のようなもの。
本当は私たちのグループに入れて、二人組と三人組を作りたかったんだけど、どうしても一人、チアキを受け入れられない子がいたの。でも、その子を責めることはできないじゃない?だからまずは、私がチアキと二人組みになろうって思ったの。
「チアキ、たまには一緒に組もうよ!」
「えっ…?」
「あれ?イヤだった?」
「…ううん、イヤじゃないけど…」
「じゃ、決まり!席はそっちでいいかな?」
「…うん……いいの?」
「何が?」
「………」
クラス中から注目されてたわ。チアキはおとなしいタイプの子だったから、そうやって注目されるのは苦手だったみたい。私は平気だったけど。だから余計に「人と違う」ところがあって、周りがそれに気づいたとき、堂々としていられずに内に篭ってしまって、こんなことになってるんだって思ったの。
チアキは何かを気にかけてるみたいで、まあ、自分と一緒に組むことで私が周りから変な目で見られるのを気にしたんだと思うけど、私はそれには気づかないふりでどんどん話しかけていったの。
「いやあ、でもよかったよ」
「何が?」
「チアキったら、せっかく一緒のクラスになれたのに、全然話しかけてくれないんだもん。放課後も一人ですぐに帰っちゃうしさ。嫌われちゃったのかなー、なんてこたないか、あはっ」
「もう、そんなわけないじゃん。カナの周りにはいつも誰かいるし、タイミングがなかっただけだよ」
「だったらそこに入ってくればいいのに。もう、おとなしいんだから」
あ、カナっていうのは私の名前よ。旧姓は沢村。小学生の頃からの友達は「カナ」って呼んでたけど、中学生からの友達からは「さわっち」って呼ばれてたわ。
チアキは、そんなことできないよって曖昧に否定して、ちょっと困った顔をしながら課題に手をつけたの。私もそれに合わせてデッサン用の鉛筆を出して、でも、これで話が終わるのは嫌だったから一生懸命話題を探したのよ。
「昼休みって何してるの?」
「うーん、たいてい図書室かな」
「えー、外で遊ぼうよ」
「ぷっ、外でボール追っかけまわして遊んでるのカナたちぐらいだよ」
「前は一緒にしてたじゃん」
「それって小学生の時じゃんっ!まあ、あの頃はあれで楽しかったけどね。今は本を読みたいかな」
「どんなの読んでるの?」
「………」
「あれっ?ご、ごめん!聞いたらまずかった?」
「う、ううん。違うの。ちょっと変な本が多いから…魔法とか、そういうの」
その時、なんでチアキが戸惑ったのかよくわからなくて、私も本はよく読む方で、ファンタジーとか、そういうの大好きだったし、そのままファンタジー本の話題で美術の時間は終わったの。
いつもより早起きして朝ごはんを食べた後、僕達はその家を訪ねた。昔、学者だったっていう、物知りおじいさんの家。
「あら、いらっしゃい。早かったのね。朝ごはんは食べたの?」
迎えてくれたのはおばあさんだった。とても優しい声。服だって、僕のばあちゃんとは全然違う。と言っても、僕には女物の服のことはよくわからない。派手ではない、とても綺麗な感じだ。
この家は『家』と呼ぶよりは『お屋敷』って呼んだ方がしっくりくるぐらい大きい。そんなとこに住んでる人はきっと、おっとりしていて上品なんだと思う。
「はい。昨日、話が長くなるって言ってたから早起きしてきました」
「そうね、今日一日で終わるかしら?まあ、お上がりなさいな。今、お茶を入れますからね」
ふふふっと笑って、おばあさんは僕たちを入れてくれた。僕はこのおばあさんを好きだと思った。昨日、初めて会ったのに。きっと、妹も好きだと思う。僕らは小さい頃からいつも同じものを好きになった。彼女はどうかな…?
「おばあさん、なんだか楽しそうですね」
「ええ、そうね。ちょうど昨日の朝、おじいさんとあなたたちのことを話してたのよ。そしたら夕方、あなたたちがいらしたものだから。今までずっと忘れてたのに、不思議ね」
「僕たちのこと、知ってるんですかっ?」
「いえいえ、そうじゃなくてね、私達も、あなたたちと同じだったのよ」
「妹と同じなんですかっ?」
「慌てないで。ゆっくりお話しましょう」
おばあさんは、にこにこしながら急須でお茶を注いでいる。やっぱり上品だ。つい、みとれてしまった。口が開いていたかもしれない。
「緑茶はお口に合わないかしら?」
「いえ、急須で入れてもらったお茶をあまり飲む機会がなくて…僕も妹も好きですよ。頂きます」
妹は僕の顔を見て頷いただけで何も言わなかった。緊張してるみたいだ。でも、しっかりお茶はすすってる。
「そちらの…お姉さんかしら?それとも彼女さんかしら?…いかが?」
「あはっ、そんなんじゃありません。友達ですよ」
あれ?って思ったけど、僕は何も言わなかった。ただ、不満そうにしていたのか、おばあさんが僕を見てちょっと困ったように笑った気がした。恥ずかしかったので何か言おうと思ったけど、彼女にさえぎられた。
「私も緑茶大好きなんです。でも、家には急須すらありません…おばあちゃんちで飲むぐらいです」
「そう、昔は普通のことだったのにねぇ。今ではなんだか、とっても贅沢なことみたい。おかしいわね。昔から使ってる急須とお湯飲み、葉っぱだって、知り合いから安物を分けて頂いてるだけなのにねえ」
そういえば、この辺りは昔、全国でも有名なお茶の産地だったって母さんから聞いたことがある。でも、母さんが生まれる前に大きな地震があって、ほとんどダメになったそうだ。今では山を一つ越えた辺りに、少しだけ茶畑が残っているらしい。
「あら、よく知ってるのね。お母様はこちらの方?」
「はい。それで、連休を使って祖母の家に泊まりに来てるんです。こちらのおじいさんがとても物知りだって祖母から聞いて…」
「そうだったの…でもね、今日お話しするのはおじいさんじゃなくて私よ」
「え?」
「私にもおじいさんにも、あなたの言う『不思議な力』というのはありませんけどね」
「でもさっき、僕たちと同じって…」
「私のお友達がそうだったのよ。うふふ、何からお話しようかしら」
そういいながら、おばあさんは新しいお茶の準備をしていた。いつの間にか僕たちの湯飲みはカラになっていた。お茶がとても美味しかったから。