どぅばの倉庫 -14ページ目

どぅばの倉庫

煩悩廃棄物倉庫



「魔女だって人に心当たりがあるんだ」

 数日後、アキラの突然の告白に二人して目をまるくしたわ。

「ま、魔女…?」
「うん」
「おお、なんかカッコイイね」
「え?私ヤダ…悪い人みたい…」
「えー、チアキが魔女だったらカワイイよ。」
「でも、『魔』って…悪魔の『魔』だよ…」
「うーん、じゃあ、魔法使いってのはどう?」
「それでも『魔』がついてるじゃんっ!」
「あの…それは置いといて…その魔女の話なんだけど…」

 その「魔女」の話なんですけど、どうやらアキラのおばあ様、お母様のお母様ね。そのおばあ様が、実際に魔女に会ったことがあって、それだけじゃなくてお世話になったそうなの。

「僕もおばあちゃんから聞いたのは小さい頃だったから今まで忘れてて、藤原見てふと思い出したんだ。でも、はっきりはわからなかったから、母さんにそれとなく聞いてみたんだ」
「え?おばさんに話したの?」
「大丈夫、藤原のことは言ってないよ」

 アキラのおばあ様がね、昔、交通事故に遭われたの。アキラが生まれる前のお話ですって。アキラには歳の離れたお兄さんがいるんだけど、そのお兄さんが赤ちゃんの頃って言ってたわ。
 その事故はね、自転車に乗ってるときに自動車と接触したそうなの。大怪我…だったはずが、病院に運ばれたときは擦り傷が少しある程度だったらしいわ。接触した自動車はそのまま逃げて、まあ、その日のうちに捕まったみたい。それでね、その時にたまたま居合わせた女性が救急車を呼んでくださったんですけど、その方が魔女だったそうよ。

 おばあ様がおっしゃるには、その女性が痛いところを、おそらく骨折とか、軽くても打撲ね、そういったところを触ったとたんに痛くなくなったんですって。血がたくさん出てた傷口もほとんどきれいに治ってて、お洋服にはたくさん血が付いていたのに、傷が全然たいしたことないって、お医者様も驚いていたそうよ。

「で、その後、その人の家にお礼に行ったときに、本人が『私は魔女で、不思議な力を持ってるんです』って言ったらしいんだ」
「チアキと同じだね。でも、自分で魔女って言ったんだ」
「うん、だからおばあちゃんが僕にその話をしてくれたときは『魔女さん』って言ってたよ。母さんも会ったことがあるって。橋本さんって名前らしい」
「じゃあさ、その人に会ってみようよ」
「え…会うの?」
「だって、その人なら、何で自分にそんな力があるのか知ってるかもしれないじゃん」
「うん、僕もそう思うんだけど…もう引っ越しちゃってどこに住んでるのかわからないんだ」
「おばあちゃんなら知ってるんじゃない?」
「僕もそう思ったんだけど…事故の後も仲良くしてたみたいだし…ただね…」
「どうかしたの?」
「…おばあちゃん、最近はね、僕のことがわからなかったりするんだ…」

 アキラのおばあ様はね、同じ町内の老人ホームに入所してたの。最初はね、病気とかではなかったんだけど、おばあ様本人が、その方が気楽だからって入所されたそうよ。お友達もたくさんいらしたみたい。アキラも時々会いに行ったり、おばあ様がアキラの家に遊びに来たり。
 でもね、一年生の終わりごろからって言ってたわ。徐々に記憶障害が出てきたんですって。

「だからね、近々老人ホームを移ることになってるんだ。もっと、病院みたいなとこ」
「そっか…」
「新しいところは遠いの?」
「え?ああ、うん。電車に乗らないと行けないね」
「じゃあさ、会いに行かない?」

 そう提案したのはチアキ。私達もね、おばあ様とはお会いしたことあったのよ。私達が小さい頃は、よくアキラの家に来ての。お菓子を頂いたりしたわ。

 ただ、アキラはあまり乗り気じゃなかったの。やっぱりね、自分のことを忘れられてるのは辛いことよね。会いたいけど会いたくない、そんな気持ちだったみたい。

「でも、時々ならアキラ君のことわかるんでしょう?私達のことも覚えてるかな?病気…だから…仕方ないけど、でも、覚えてるうちにもう一度会いたいの」
「うーん…」

 私もチアキと同じ意見だったわ。アキラは悩んだけど「母さんに相談してみる」って。もちろん、お母様は喜んでくださって、「是非会いに行ってあげて」って。お母様の都合がつかなかったから、日曜日に三人だけで行くことになったの。近くだったし、アキラも何度か一人で行ってたみたいだから、その辺は問題なかったわ。

「おばあちゃんはね…僕のことがわからないときは、たいてい僕のことを父さんだと思って話をするんだ。酷いときはおじいさんだったりもする…だから、その時はね…話を合わせてくれるかな…?」

 アキラの辛そうな声。チアキはちょっと泣きそうな顔だったわね。自分のことを、他の誰かだと思って話をされる。そんな経験は私はしたことなかったけど、アキラの顔を見たらなんとなくわかる気がしてね。私も悲しくなったわ。

「あら、セイジさん!来てくださったのね」

 嬉しそうなおばあ様の声。セイジさんというのは、アキラのおじい様のこと。アキラのお母様が結婚する前に、病気で亡くなったそうよ。
 おばあ様の症状は、その頃は記憶障害だけで行動障害はなかったの。だから、話がちぐはぐだったりはするんだけど、それ以外は普通に見えたわ。ただ、その記憶障害が、日に日に、目で見て取れるように悪くなり始めてた頃だったの。

「や…やあ、元気そうだね」
「ええ、ごめんなさいね、こんな格好で。でも、今日はとっても気分がいいの。あら、お客様?」
「うん、友達を連れてきたよ」
「あらそうなの、ゆっくりされて…あれ?魔女さんじゃない!」

 おばあ様はね、なんとチアキを見て「魔女さん」だと思ったの。三人とも凄く驚いてね。私は声も出なかったわ。でもね、チアキはすぐに対応したの。

「こんにちは。お久しぶりです」
「まあまあ、セイジさん、魔女さんとお知り合いだったんですか?そちらの方は…?」
「あ、魔女の友達です。初め…まして…」

 アキラのことがわからなかったんですもの。私達のことがわからないのも当然。でもね、とても悲しくて、どうにかこうにか涙をこらえたのよ。
 おばあ様は一通り挨拶した後、「セイジさん」よりも「魔女さん」に話しかけてきたの。

「本当にお久しぶり。今日は旦那様は?」
「え、ええ…あ、仕事でこれなかったんですよ」
「あら、残念」

 いろいろと話しかけてくるおばあ様に「魔女さん」はたじたじ。会話はかみ合っていたような、ちぐはぐだったような。おばあ様は何度も「よく来てくださいました」と言っては「魔女さん」の手を握って…
 その時ね、チアキが、あれ?って顔をしたの。ううん、手を握られるたびに、そんな顔をしてたような気もするわ。そしたらふっと、チアキが体を乗り出して、

「おばあさん、ちょっと失礼します」

って、両手でおばあ様の頭を、そうね、こうやって耳のあたりを挟むように触ったの。ちょっと、チアキ!何するのっ?って思ったんだけど、多分アキラもそう思ったんだけど、急だったから声が出なかったわ。するとね、

「あら、アキラちゃん。いつの間に来てたの?いらっしゃい。こちらのお嬢さんたちは…もしかしてチアキちゃんにカナちゃん?」

 ずいぶん久しぶりねえ、なんておばあ様の突然のそんな言葉に、もう、私まで涙がでちゃって。とにかくね、チアキって凄い!って思ったのよ。まあ、結局その時、ほんの少しの時間、おばあ様の症状が回復しただけだったんだけど、アキラも目に涙をいっぱいためて喜んでたのよ。
 それに、その少しの時間だけでも、十分に魔女さんの話が聞けたわ。おばあ様は魔女さんとはお手紙のやり取りをしてたみたい。でも、残念ながら、もう亡くなっていたの。ただ、旦那様はご健在で、おそらくはまだ、最後のお手紙の住所に住んでらっしゃることがわかったのよ。

 お母様は、運良く火傷には至らなかったって思ったみたい。気を付けなさいよ、なんていいながら、そのまますぐみんなで後片付けをしてお茶にしたの。会話の主導権はずっとお母様が持っててね、アキラは不満そうだったけど、私達はすごく楽しかったわ。
 それから夕方になって、ケーキはさすがに四人で食べても半分以上残ってね、その残りを半分ずつ、私達はお土産に持って帰ることになったの。アキラも、ちょっとそこまで送っていくねって、一緒に出てきて、それから三人で近くの公園に行ったの。お昼間はわりと、小さな子供を連れたお母さんたちでにぎわう公園も、夕方にはほとんど人がいなくて好都合だったわ。

「カナ…いい…かな?」
「うん、いいよ。はい、これ」
「えっ?どうしたの?」
「アキラ君は…あんまり…見ないで…うぅ…」

 チアキはね、もう、お腹がペコペコだったのよ。ケーキ一切れじゃ全然足りないの。家まで我慢するつもりだったみたいだけど、それじゃその日の目的、アキラに相談することができないじゃない?
 きれいに箱に詰められたケーキを手掴みで食べだすチアキを横目に、ちょっと離れた場所で私はアキラに事情を説明したの。チアキは最近、ものすごい量を食べないともたないんだって。

「そ、それって、何か病気とかじゃないの?」
「うーん、それがね、全然食べなくても大丈夫な日もあるのよ…ほら、チアキってもともと少食でしょ」
「そう…まあ、それだけを聞いたら、やっぱり病気か何かだと思うんだけど…さっきのと関係があるのかな…?」
「さっきのって?」
「……沢村はわかってるんだろ?火傷が治った」
「ああ…やっぱり火傷してたんだ…」
「うん…すぐに手のひらがブクブクになるぐらいだった…」


 チアキは食べ終わったみたいで、ちょっとお水飲んでくるって。そうね、その頃は公園の水道の水を飲んでもなんともなかったわ。どこの公園にも、たいてい「水飲み場」があったぐらいよ。

「うん、そう言われてみれば確かに、藤原の食欲がすごいって話は聞いたことある気がする…僕には全然信じられなかったし、だから今まで気にもしなかったけど」
「あ、聞いたことあるんだ。私は全然知らなかったから、初めて見たときはすごいびっくりしたよ」
「いや、今僕もすごくびっくりしてるよ」
「百年の恋も冷めたかな?ムフフ」
「カーナーっ!」

 チアキが戻ってきて怒られちゃったわ。そういう話するの禁止って言われちゃったの。アキラはもう、私のからかいには慣れてたみたいで、あまり興味なさそうだったわね。まあ、その時はもっと興味をそそる話の最中でしたから。

「で、その…藤原。さっき…のは…?」
「うん…」
「……」
「……」
「ちょっと、なんでそこで二人して黙るのよっ!」

 沈黙が長くなるにつれてチアキの表情が暗くなっていったわ。だから私は、一生懸命会話が続くように頑張ったのよ。

「その…変だな、とは思ったんだけど…火傷したはずだし…」
「私、変だよね…やっぱり怖い…」
「いや、怖くはないし…その、変か変じゃないかって言えば変…いや、そうじゃなくて、普通の人にはできないことで…」
「普通じゃ…ないよね…」

 アキラが言葉を重ねるたびに、チアキは泣きそうになって…私も他に言い方あるでしょうっ?って言ってはみたんだけど…でも、表現しようがないわよねえ。

「…だから、いや、悪いって言ってるんじゃなくて、その…うー、何て言ったらいいかわからないんだけど…」
「ちょっと、アキラ!」
「はい?」
「とりあえず、言うことがあるでしょっ!」
「え?え?」
「だって、アキラは火傷して、チアキがそれを治したんだったら、『ありがとう』って言うのが先でしょう?」
「あ、そか、ごめ…いや、ありがとう、藤原」
「それから、『これからも僕を守ってください』でしょうっ!」
「あ、うん。これからも僕を…ってそれは変だろ?」
「あははははっ!」

 その時ね、チアキもふきだしちゃって、涙目だったけど、やっと笑顔になって。まだ声は震えていたけど、少しずつね、アキラに言ったの。

「私…ね、ちょっと…ううん、だいぶ前からこんな感じで…自分でもどうしていいかわからなくて…でもね、カナがいてくれたから…カナにはちょっと酷いことしちゃったんだけど…」

 私に初めて話した時とは違う、涙は出てたけど泣いてなんかない、途切れ途切れだけど力強く、チアキは話をしたの。今までのこと、私を、人を傷つけたくないから、能力をコントロールできるように頑張ってたこと。そのおかげで、気付いてなかった能力に気付いて、いろいろと便利になったこと。ちょっとの間にずいぶん強くなったんだなって思ったわ。

「ちょっと、チアキ。じゃあ、今はどんなことができるの?」
「えっとね、前にも言った、何かを熱くしたり冷たくしたり、あと電気ショックみたいの?そういうのは加減ができるようになったのと…それと、風…かな?」
「風?」
「うん…例えばこんなふうに…」

ってチアキが言ったとたん、チアキの周りに、そうね、風が集まるって言うのかしら?ふわっとつむじ風みたいのが起こってね。すごいって思ったんだけど、その風でチアキのスカートがめくれちゃって大騒ぎ。

「うわっ、ちょっと、藤原!」
「あー!チアキ!スカート!スカート!」
「えっ?きゃあっ!」

 私は大笑いだったんだけど、チアキもアキラも、顔を真っ赤にして。アキラにもバッチリ見えてたのね。

「あははっ!ちょっと、チアキー。何のサービス?」
「ち、違うの!そうじゃなくて…」
「もう、全然コントロールできてないじゃん!あははっ!」
「うう…」
「これはもうちょっと練習しなきゃだね」
「…う…でも、さっき…も、使ってたんだよ」
「え?」
「ケーキ作るとき、にね、粉がまわないようにとか…カップいっぱいの牛乳だって、動かしてもこぼれないように上から押さえてたの」
「それってメチャメチャすごいじゃん!」

 私とアキラはすごくびっくりして、アキラは特に、どんなふうにしてるのか興味があったみたいでいろいろ聞いてたわ。でも、チアキも実際のところは「なんとなくできる」ことを「なんとなく調節してる」だけで、はっきりしたことはわからなかったの。
 でもね、なんでチアキにそういう能力があるのか、今後その能力をどうすればいいのか、なんてことはわからなかったけど、私たちに新しい仲間ができたのよ。チアキの事情を理解して、仲良くできる友達。ずっと悩んでたチアキにとって、それはとても素敵なことだったの。

 図書室では結局ただの笑い話になったけど、でも、チアキは何か考えたのかしら?そう思って後で聞いてみたの。

「チアキ、アキラに言うつもりなの?」
「う…そうじゃないんだけど…」
「えー?でも、あれじゃアキラも変に思ったかもよ。チアキの聞き方が怪しかったし」
「………うん…」
「そうじゃなくても、私は知らなかったけどチアキの話ってわりと噂になってたりするみたいじゃん?女子の間だけかも知れないけど…」
「だ、だって…カナが…アキラ、君と…楽しそうに…」
「ナニナニ?」
「もうっ!バカっ!」
「あははっ、別に私はチアキの恋路を邪魔する気はないですよー」
「うぅ…」

 ただのヤキモチだったみたい。でもね、もしチアキが、前みたいにアキラと仲良くしたいって思ってるなら、事情を話して相談に乗ってもらったらいいんじゃないかな?そういう話をしたんだけど、結局結論は出なかったわ。
 でもね、それからなんだけど、あ、さっきも言ったとおり、アキラは運動はそれほど得意ではなかったんだけど、それでもたいてい昼休みは他の男の子と外に遊びに出てたの。だから私は前から時々話をしたり遊んだりしてたんだけど、あの図書室で一緒したときからね、アキラはほとんど外に出てこなくなったの。チアキと二人で図書室に行ってたのよ。


 数日後…

「カナ、私決めた」

 チアキは突然そう言ったの。確か、朝の待ち合わせの場所に着いて、おはようすら言う前だったわ。チアキには一大決心だったのね。

「アキラ君に相談する」
「へー。最近すごくいい感じだもんね」
「えっ?」
「知ってるよー。毎日図書室で…ムフフ」
「ちょ、私は本当に…」
「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。うん、いいんじゃない?私は賛成だよ。で、いつ?」
「えーっと…どうしよう?」
「それこそ、アキラを図書室の裏あたりに呼び出して…」
「それじゃ、告白するみたいじゃないっ!」
「あれ、しないの?」
「もうっ!知らないっ!」

 ちょっとからかい過ぎたみたい。チアキ、怒っちゃったわ。まあ、それはいいんだけど、私はその日のうちにアキラの週末の予定を聞いて、チアキと二人で久しぶりにアキラの家に行く約束をしたの。小学生の頃はね、時々お邪魔してたのよ。

 アキラの家に行った名目はお勉強会。でね、アキラのお母様ってとても楽しい人で、数年ぶりに私たちが訪ねていったものだからすごくはしゃいじゃって。

「はーい。あら、まあ!カナちゃんにチアキちゃんじゃないのっ!ずいぶん久しぶりねえ。あらあら、こんなに綺麗になっちゃって」
「おばさん、お久しぶりです」
「まあ、アキラもスミに置けないわねっ!うふふ、で、どっちなの、アキラ?」
「やめてよ母さん…」
「どっちって…ねえ、チアキ」
「ちょ、カナっ!」
「あら、チアキちゃんの方なの!まあまあ、うふふ」
「母さん、そういうのじゃないから…もう、あっち行っててよ!」
「いいじゃない!そう、チアキちゃんかあ。そうね、カナちゃんは彼氏なんかいなくてもたくましく生きていきそうだしね」
「ぶははははっ!」
「…相変わらずですね…」

 もう、玄関で大騒ぎ。チアキは真っ赤になってるし、アキラはお腹かかえて笑ってるんですもの。失礼よね?母子二人して同じ意見なのよ。

「じゃあ、今日はおばさん、おいしいお菓子を作っちゃおうかな。ねえ、聞いてよ!この子が連れてくる男友達といったら、とにかく質より量なんだから!適当にお腹に溜まるものを買ってきて袋に詰めて、部屋の中に放り込むだけなのよ。あれじゃ、ワニに餌やってるようなもんだわ」

 とにかく喋るだけ喋って、お母様はお買い物に出たの。その前にチアキがお菓子作るなら手伝いましょうか?って、そう言ったものだから、お母様が帰ってきたら一緒にケーキを作ることになったのよ。アキラは不満そうだったけど。そういうわけで、それまでは普通にテスト勉強。ちょうど、期末テストが近かったの。
 でもね、チアキは勉強できる方。私は苦手。だからね、私がアキラから教えてもらうような格好になって、チアキはちょっと不満だったみたい。いつもは私がやめるって言うまで勉強してるのに、お母様が帰ってきたとたん、チアキが、

「さあ、ケーキ作ろっ!」

って。可愛いでしょう?

 まあ、そんなこんなで四人でケーキ作りを始めたの。お母様はもちろん、チアキもすごく手際が良くて、私とアキラはあまり役には立たなかったわね。

「ムフフフ、チアキー、花嫁修業ですか?」
「ちょっと、何言って…」
「さーわーむーらー…」
「あははは!おばさんはチアキちゃんでもカナちゃんでも、どっちでも大歓迎よ」
「でも、お料理するならチアキの方がオススメですよ」
「本当に、チアキちゃんは上手ねえ」
「そんな、おばさんの方がずっと上手ですよ」
「だって、チアキちゃんのとこ、ほら、全然汚れてないでしょう?おばさんのとこはこんなに粉やら砂糖やらが落ちて、ちょっとこびりついたりして…何度も拭いたりはしてるんだけど…チアキちゃんはちっとも汚さないのね。すごく手際がいい証拠よ」

 そう言われて、私はあれ?って思ったの。確かにチアキが扱うと粉も飛ばないし、軽量スプーンですりきり一杯とかを運んでも少しもこぼれないの。お母様が言うにはね、お菓子作りに大切なのは分量なんですって。少しの違いでも味に影響があるそうなの。だからこぼしたりするのは以てのほか、ボウルやカップに付いた材料もきれいに使い切るチアキには感心したみたい。

「それにね、このテンパリング。すごいわ。これは確実におばさんよりもチアキちゃんのほうが上手ね」

 わかるかしら?テンパリングというのはね、温度調整のことよ。その時はチョコレートケーキを作っていたの。チョコレートってね、簡単に溶かして型に流し込んでって思われがちだけど、ものすごくデリケートなの。ちょっとテンパリングを間違えるとね、固まったときに粉を噴いたり、全然おいしくなかったりするのよ。
 お母様はただ感心するだけだったけど、私は気付いちゃったわ。あの不思議な力のせいだって。後から聞いたんだけど、チアキは私に火傷を負わせたのがよほどショックだったみたいなの。だからね、少しずつ、自分の能力をうまく扱えるように練習してたんですって。その時は、粉がこぼれなかったりっていうのはチアキの性格によるところだと思ってたんですけどね、実はそれもチアキの能力の一つだったのよ。
 アキラは、私たちのチョコレートの話なんか興味がなかったみたいで、洗い物ぐらいなら自分でもできるって言ってお片づけをしてたの。そしたら急にね、

「アチッッッッ!」

ってアキラが叫んだものだから、もうびっくり!チョコレートを湯銭にかけるのに沸かしてたお湯をね、一度冷めてたんだけど、ケーキを作った後の汚れって水だとなかなか落ちないでしょう?だからそのお湯をもう一度沸かしなおして、特に汚れてるボウルやケーキ型を洗うのに使うとこだったの。アキラはそのお湯で火傷したみたい。

「大変!すぐ冷やさなくっちゃ!」
「このバカ息子!ボーっとしてるから!」

 その時ね、チアキが真っ先にアキラのそばに行って、

「ちょっと見せて!」

って。もちろんアキラの手は何ともなかったわ。チアキのおかげでね。