「魔女だって人に心当たりがあるんだ」
数日後、アキラの突然の告白に二人して目をまるくしたわ。
「ま、魔女…?」
「うん」
「おお、なんかカッコイイね」
「え?私ヤダ…悪い人みたい…」
「えー、チアキが魔女だったらカワイイよ。」
「でも、『魔』って…悪魔の『魔』だよ…」
「うーん、じゃあ、魔法使いってのはどう?」
「それでも『魔』がついてるじゃんっ!」
「あの…それは置いといて…その魔女の話なんだけど…」
その「魔女」の話なんですけど、どうやらアキラのおばあ様、お母様のお母様ね。そのおばあ様が、実際に魔女に会ったことがあって、それだけじゃなくてお世話になったそうなの。
「僕もおばあちゃんから聞いたのは小さい頃だったから今まで忘れてて、藤原見てふと思い出したんだ。でも、はっきりはわからなかったから、母さんにそれとなく聞いてみたんだ」
「え?おばさんに話したの?」
「大丈夫、藤原のことは言ってないよ」
アキラのおばあ様がね、昔、交通事故に遭われたの。アキラが生まれる前のお話ですって。アキラには歳の離れたお兄さんがいるんだけど、そのお兄さんが赤ちゃんの頃って言ってたわ。
その事故はね、自転車に乗ってるときに自動車と接触したそうなの。大怪我…だったはずが、病院に運ばれたときは擦り傷が少しある程度だったらしいわ。接触した自動車はそのまま逃げて、まあ、その日のうちに捕まったみたい。それでね、その時にたまたま居合わせた女性が救急車を呼んでくださったんですけど、その方が魔女だったそうよ。
おばあ様がおっしゃるには、その女性が痛いところを、おそらく骨折とか、軽くても打撲ね、そういったところを触ったとたんに痛くなくなったんですって。血がたくさん出てた傷口もほとんどきれいに治ってて、お洋服にはたくさん血が付いていたのに、傷が全然たいしたことないって、お医者様も驚いていたそうよ。
「で、その後、その人の家にお礼に行ったときに、本人が『私は魔女で、不思議な力を持ってるんです』って言ったらしいんだ」
「チアキと同じだね。でも、自分で魔女って言ったんだ」
「うん、だからおばあちゃんが僕にその話をしてくれたときは『魔女さん』って言ってたよ。母さんも会ったことがあるって。橋本さんって名前らしい」
「じゃあさ、その人に会ってみようよ」
「え…会うの?」
「だって、その人なら、何で自分にそんな力があるのか知ってるかもしれないじゃん」
「うん、僕もそう思うんだけど…もう引っ越しちゃってどこに住んでるのかわからないんだ」
「おばあちゃんなら知ってるんじゃない?」
「僕もそう思ったんだけど…事故の後も仲良くしてたみたいだし…ただね…」
「どうかしたの?」
「…おばあちゃん、最近はね、僕のことがわからなかったりするんだ…」
アキラのおばあ様はね、同じ町内の老人ホームに入所してたの。最初はね、病気とかではなかったんだけど、おばあ様本人が、その方が気楽だからって入所されたそうよ。お友達もたくさんいらしたみたい。アキラも時々会いに行ったり、おばあ様がアキラの家に遊びに来たり。
でもね、一年生の終わりごろからって言ってたわ。徐々に記憶障害が出てきたんですって。
「だからね、近々老人ホームを移ることになってるんだ。もっと、病院みたいなとこ」
「そっか…」
「新しいところは遠いの?」
「え?ああ、うん。電車に乗らないと行けないね」
「じゃあさ、会いに行かない?」
そう提案したのはチアキ。私達もね、おばあ様とはお会いしたことあったのよ。私達が小さい頃は、よくアキラの家に来ての。お菓子を頂いたりしたわ。
ただ、アキラはあまり乗り気じゃなかったの。やっぱりね、自分のことを忘れられてるのは辛いことよね。会いたいけど会いたくない、そんな気持ちだったみたい。
「でも、時々ならアキラ君のことわかるんでしょう?私達のことも覚えてるかな?病気…だから…仕方ないけど、でも、覚えてるうちにもう一度会いたいの」
「うーん…」
私もチアキと同じ意見だったわ。アキラは悩んだけど「母さんに相談してみる」って。もちろん、お母様は喜んでくださって、「是非会いに行ってあげて」って。お母様の都合がつかなかったから、日曜日に三人だけで行くことになったの。近くだったし、アキラも何度か一人で行ってたみたいだから、その辺は問題なかったわ。
「おばあちゃんはね…僕のことがわからないときは、たいてい僕のことを父さんだと思って話をするんだ。酷いときはおじいさんだったりもする…だから、その時はね…話を合わせてくれるかな…?」
アキラの辛そうな声。チアキはちょっと泣きそうな顔だったわね。自分のことを、他の誰かだと思って話をされる。そんな経験は私はしたことなかったけど、アキラの顔を見たらなんとなくわかる気がしてね。私も悲しくなったわ。
「あら、セイジさん!来てくださったのね」
嬉しそうなおばあ様の声。セイジさんというのは、アキラのおじい様のこと。アキラのお母様が結婚する前に、病気で亡くなったそうよ。
おばあ様の症状は、その頃は記憶障害だけで行動障害はなかったの。だから、話がちぐはぐだったりはするんだけど、それ以外は普通に見えたわ。ただ、その記憶障害が、日に日に、目で見て取れるように悪くなり始めてた頃だったの。
「や…やあ、元気そうだね」
「ええ、ごめんなさいね、こんな格好で。でも、今日はとっても気分がいいの。あら、お客様?」
「うん、友達を連れてきたよ」
「あらそうなの、ゆっくりされて…あれ?魔女さんじゃない!」
おばあ様はね、なんとチアキを見て「魔女さん」だと思ったの。三人とも凄く驚いてね。私は声も出なかったわ。でもね、チアキはすぐに対応したの。
「こんにちは。お久しぶりです」
「まあまあ、セイジさん、魔女さんとお知り合いだったんですか?そちらの方は…?」
「あ、魔女の友達です。初め…まして…」
アキラのことがわからなかったんですもの。私達のことがわからないのも当然。でもね、とても悲しくて、どうにかこうにか涙をこらえたのよ。
おばあ様は一通り挨拶した後、「セイジさん」よりも「魔女さん」に話しかけてきたの。
「本当にお久しぶり。今日は旦那様は?」
「え、ええ…あ、仕事でこれなかったんですよ」
「あら、残念」
いろいろと話しかけてくるおばあ様に「魔女さん」はたじたじ。会話はかみ合っていたような、ちぐはぐだったような。おばあ様は何度も「よく来てくださいました」と言っては「魔女さん」の手を握って…
その時ね、チアキが、あれ?って顔をしたの。ううん、手を握られるたびに、そんな顔をしてたような気もするわ。そしたらふっと、チアキが体を乗り出して、
「おばあさん、ちょっと失礼します」
って、両手でおばあ様の頭を、そうね、こうやって耳のあたりを挟むように触ったの。ちょっと、チアキ!何するのっ?って思ったんだけど、多分アキラもそう思ったんだけど、急だったから声が出なかったわ。するとね、
「あら、アキラちゃん。いつの間に来てたの?いらっしゃい。こちらのお嬢さんたちは…もしかしてチアキちゃんにカナちゃん?」
ずいぶん久しぶりねえ、なんておばあ様の突然のそんな言葉に、もう、私まで涙がでちゃって。とにかくね、チアキって凄い!って思ったのよ。まあ、結局その時、ほんの少しの時間、おばあ様の症状が回復しただけだったんだけど、アキラも目に涙をいっぱいためて喜んでたのよ。
それに、その少しの時間だけでも、十分に魔女さんの話が聞けたわ。おばあ様は魔女さんとはお手紙のやり取りをしてたみたい。でも、残念ながら、もう亡くなっていたの。ただ、旦那様はご健在で、おそらくはまだ、最後のお手紙の住所に住んでらっしゃることがわかったのよ。