今、日本ではちょっとした「高市早苗フィーバー」とも言える現象が起きている。
支持する人も多ければ、強く批判する人もいる。
ここまで賛否が真っ二つに割れる存在も、今の日本では珍しいように思う。
なぜ、これほどまでに話題になるのだろうか。
少し第三者的な目線で、この現象を眺めてみたい。
経済合理性だけで見れば、支持は「不思議」にも映る
私が師事している経済学者は、この現象についてこう言う。
「経済合理性だけで見れば、理屈に合わない」
円安、物価高、財政赤字、金利上昇…。
これらは特に中小企業経営者にとっては逆風要因が多い。
それでも、なぜこれほどの支持が集まるのか。
ここに私は、従来の経済学では割り切れない“別の力”を感じている。
人は「正しさ」よりも、「高揚感」で動く
今の高市フィーバーを見ていて、私が感じるのはこれだ。
人は、必ずしも「正しいから」支持するのではない。
むしろ「閉塞感を壊してくれそう」「何か変えてくれそう」という高揚感や期待感に突き動かされているのではないか。
論理や数字よりも先に感情が先に動き、後から理屈が追いついてくる。
こうした構造は、実は政治だけの話ではない。
江副浩正と、ベンチャー企業の“熱狂”
この構図を見たとき、私はある人物を思い出した。
かつて、リクルートを立ち上げた江副浩正氏である。
彼が起業した当時、リクルートがここまでの巨大企業になると誰が想像できただろうか。
有名大学の学生達が大手企業の内定を蹴ってでもリクルートに入社してくる。
当時のリクルートはまだベンチャーだった。
経済合理性で言えば有名上場企業に就職するのが当然だ。
それでもリクルートを選んだ理由とは?
そこにあったのは「完璧な論理」よりもむしろ
- これから始まる新しい世界へのワクワク感
- 既存の仕組みを壊していく高揚感
- この人についていきたいという強烈な期待
そうした感情の共有だったように感じる。
人は、理屈で動くのではない。
「未来の物語」に胸を打たれて動く。
経済は「感情」によって動いている
政治であれ、経営であれ、人は本来合理的に判断しようとする生き物だ。
しかし現実には
- 希望
- 怒り
- 期待
- 不安
- 憧れ
こうした感情の揺れがときに合理性を軽々と飛び越えて経済も、社会も、大きく動かしてしまう。
つまり、社会は「正しさ」ではなく「人の心の動き」で動いている。
今の高市フィーバーも、かつてのベンチャーブームも、その構造はとてもよく似ているように思う。
「経済合理性」だけでは、世の中は説明できない
私は最近、こうした現象にとても興味を持っている。
経済学的な理屈だけでは説明しきれない、人間の心理と行動の不思議さ。
人はなぜ、「損かもしれない」と分かっていても「期待できる未来」に賭けてしまうのか。
この問いは政治にも、経営にも、そして私たちの日常の意思決定にもすべてつながっているように思う。
最後に
高市早苗を支持するかしないか。
その是非を論じたいわけではない。
それよりも私が面白いと感じているのは「人は、論理よりも先に“物語”に心を動かされる」という、人間そのものの性質である。
社会が動くとき、そこには必ず「感情」と「期待」が渦巻いている。
それを理解することはこれからの経営にも、組織づくりにも、そして生き方そのものにも、大きなヒントを与えてくれる気がしている。