最近、つくづく思うのである。
人生を楽しめる人は、どんな場面でも「自分は一年生」という意識を持っている——そんな共通点があるのではないかと。
新しいことに挑戦しようとすると、「今さらこの歳で…」とか「若い人に教わるなんてちょっと抵抗がある」と尻込みしてしまう人がいる。
しかし、その躊躇こそが、人生の可能性を狭めてしまっている気がしてならない。
年齢を理由にして諦めることも、年下から学ぶことを恥ずかしがることも、実は他人から見れば「本当にどうでもいいこと」
人生において大切なのは、そのこだわりではなく、「自分がどうありたいか」だと思う。
英検準2級を“今さら”受けてみた
先日、私は英検準2級を受験した。
試験会場に集まっていたのは高校生や中学生ばかり。
係員の方からは「付き添いの方ですか?」と聞かれる始末(笑)。
それでも受けたかったから受けた。それだけのこと。
そして無事に合格できた。
この小さな出来事が、自分にとってとても大きな自信になった。
「学びに遅いなんてことは本当にない」
「新しいことは、始めるほど世界が広がる」
そんな当たり前の事実を、改めて体感した瞬間だった。
キックボクシングでは“最年長一年生”
6年ほど通っているキックボクシングジム。
トレーナーは自分の子どもと言っていいほど若い人たち、練習仲間もほとんどが20〜40代。おそらく自分は最年長。
でも、その中で同じメニューをこなし、汗を流していると、年齢など関係ないことに気づく。
むしろ、年齢を理由にしないからこそ、得られる自信がある。
若い人たちの中に混ざって新しい技術を覚える。
その感覚は、大人になってからこそ味わえる“贅沢な時間”なのではないだろうか。
40年のドラム歴があっても、Jazzでは一年生
Jazz ドラムに挑戦中である。
ロックドラムは高校時代から40年以上続けているが、Jazzとなるとまったくの初心者。
だからこそ、基礎から学び直している。
そして、バンドメンバーの意見を素直に聞く。
ここでも感じるのは、「できない自分を受け入れるから、学びが楽しくなる」ということ。
何歳になっても“自分は一年生”。
そう思える瞬間こそ、人生の喜びが詰まっているのかもしれない。
歳を重ねたからこそ、軽やかになれる
齢60を迎えた今、むしろ以前より自由に、軽やかに挑戦できている気がする。
「開き直れたから」なのかもしれない、しかし、それで良い。
新しい世界に飛び込みたいなら、小さなことにこだわらず進めばいい。
年齢・性別・環境——そんなものは、進む人の前では大した障害にはならない。
大切なのは、「自分がどんな人生を生きたいのか」「後悔しない選択ができているか」
そして何より、「今日の自分が人生でいちばん若い」という事実である。
後悔の中で終わりたくないから
「やっておけばよかった」
そんな後悔とともに人生を終えるなんてお断りである。
だから今日も、新しい世界に一歩踏み出す。
一年生の気持ちを忘れずに。
その積み重ねこそが、人生を豊かに、楽しくしてくれると信じている。