今週末、自分にとって退院後初めての大きなイベントがあった。
「ジムの再開」である。
9月に退院してからというもの、歩くことを中心にリハビリを続けてきた。
最初は近所を歩くだけでも息が切れ、ちょっとした坂道や階段にも苦労していた。
それでも少しずつ歩ける距離が伸び、体力も戻ってきた。
そして先月の検診で、主治医から嬉しい言葉をもらった。
「来月にはジムも再開していいでしょう」
待ってました!
ということで、満を持して11月1日、ついにジム復帰である。
近所のジムで30分のパーソナルトレーニングを予約した。
前日から、なんだかドキドキする。
「やっと日常に戻れるんだな」
しばらく封印していたジム用のシャツとパンツを引っ張り出す。
ただのトレーニングウェアなのに、妙に懐かしい。
以前は週に2、3回、当たり前のように着ていた服である。
それが、こんなに特別なものに感じるとは。
さて、当日。
14時の予約に少し早めに到着。
トレーナーに手術のことや病院からの注意事項を伝え、無理のない範囲でメニューを組んでもらう。
そして、いよいよ筋トレルームへ。
全身鏡に映る自分の姿を見る。
うーん。
脚は細いし、胸も薄い。
かつて多少なりとも存在していた筋肉たちは、すっかりどこかへ旅立ってしまったようだ。
「さて、まずは少しずつ慣らしていきましょう!」
事情をよく知るトレーナーが明るく声をかけてくれる。
まずはスクワット。
これがキツい!
歩くことには随分慣れてきたものの、深くしゃがんで立ち上がる動作はまるで別物。
脚にズシンとくる。
続いてマシンを使った上腕二頭筋のトレーニング。
ダンベルカール、腹筋、上腕三頭筋のマシントレーニング、ハンマーカール、そしてダンベルを使った三角筋のトレーニング。
腕、肩、肩甲骨周辺、そして脚。
胸の筋肉にはまだ負担をかけられないので、そこは慎重に。
それにしても驚いた。
ダンベルもマシンも、以前に比べればずっと軽い重量なのだ。
それなのに、キツい!
「えっ、この重さでこんなにキツいんだ……」
思わず嘆く自分。
「大丈夫ですよ!すぐに戻りますから!」
トレーナーは笑顔で励ましてくれる。
本当に戻るのか?
戻るのかもしれないが、なんだか随分先の話のように感じてしまう。
そんなこんなで、30分のパーソナルはあっという間に終了。
すでに腕も脚もパンパンである。
「いやぁ、これは明日筋肉痛だね」
「そうですね!ならなかったら足りなかったってことですから!」
と、笑うトレーナー。
いやいや、こちらはリハビリのつもりなんだけど……。
まぁ、いいか。
久しぶりに気持ちの良い疲労感だった。
帰り道。
少しずつ重くなってくる脚と腕を感じながら、ふと思った。
「ああ、やっと日常が戻ってきたんだな」
入院前は週に2、3回、ジムに通うことが当たり前だった。
仕事をして、ジムに行って、食事をして、眠る。
そんな普通の生活。
特別なことでもなければ、誰かに自慢するようなことでもない。
ただ、自分にとっての「日常」だった。
ところが、ある日突然、その日常が消えてしまった。
病院のベッドの上で、以前のように歩けるだろうか、仕事に戻れるだろうか、運動なんてまたできるようになるのだろうか、と考えていた。
それまで何の疑問も持たずにできていたことが、ある日突然できなくなる。
その喪失感は、想像していた以上に大きかった。
そして、失ったものを取り戻せるのかどうかもわからない。
これがまた、不安を大きくする。
今回の病気を通じて感じたのは、人間にとって「当たり前の日常」が、いかに大きな安心感を与えてくれているかということだった。
朝起きて、仕事に向かう。
好きなものを食べる。
友人と会う。
運動をする。
行きたい場所へ出かける。
そんなことを、以前は特別にありがたいと思ったことなどなかった。
むしろ、毎日同じことの繰り返しに退屈さえ感じることもあった。
もっと刺激が欲しい。
もっと新しいことに挑戦したい。
もっと面白い毎日を送りたい。
そんなことばかり考えていた気がする。
もちろん、今でもそうした気持ちは変わらない。
ただ、ひとつ大きく変わったことがある。
新しいことに挑戦できるのも、安心して過ごせる日常という土台があってこそなのだ。
ということ。
仕事も同じだと思う。
会社に行けば仲間がいて、お客様がいて、やるべき仕事がある。
時には面倒なこともあるし、腹の立つこともある。
それでも、そんな毎日が続いていること自体が、実はとても幸せなことなのかもしれない。
普段は気にも留めない日常。
けれど、それを失って初めて、その価値に気づく。
なんとも皮肉なものである。
今回、ジムに復帰して改めて思った。
以前と同じ重量が持てなくてもいい。
昔のような筋肉がなくてもいい。
少しずつでも、自分の好きなことができる。
それだけで、こんなにも嬉しいものなのだ。
そして、もうひとつ思うことがある。
せっかく取り戻しつつある日常なのだから、ただ元に戻すだけではもったいない。
以前よりも少し健康に。
以前よりも少し体力をつけて。
以前よりも少しだけ、毎日を楽しめる自分になってみたい。
そう考えると、失った日常を取り戻すというのも、ひとつの新しい挑戦なのかもしれない。
当たり前だった日常が、今ではちょっとしたご褒美に感じられる。
なんだか得をした気分でもある。
さて、そんなことを考えながら帰宅したわけだが……。
すでに脚も腕も、かなり重い。
明日は間違いなく筋肉痛だろう。
「以前よりも少し成長した自分になりたい!」
なんて立派なことを考えてはいるものの、
明日の朝、ベッドから起き上がれなかったら、この決意もあっさり揺らぐかもしれない。
まぁ、それも含めて、日常が戻ってきたということなのだろう。
筋肉痛さえも、今はちょっと嬉しい。
……たぶん。