ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》のスタッフブログ -31ページ目

ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》のスタッフブログ

1日だけのヒューマンドキュメンタリー映画祭2026 開催決定!
2026年12月6日(日)・大阪市中央公会堂 地下大会議室

映画祭本番まで、あと4日!

予告編 「飯館村」~放射能と帰村~


【ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2013】

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9月1日(日) 13:00~ 
「飯館村」~放射能と帰村~ 土井 敏邦監督

監督:土井 敏邦よりメッセージ

「飯舘村―放射能と帰村―」があぶり出す「国家」の本質
ジャーナリスト・土井敏邦

2012年春に完成した『飯舘村 第一章――故郷を追われる村人たち――』では、飯舘村の2つの酪農家の家族が、生業の源であり、“家族”の一員”だった牛を手放し、避難のために家と先祖が眠る墓を残したまま村を離れていく姿を描いた。

映画の中で村人たちは故郷の意味を自問し、愛郷の想いを切々と語った。
もう1つのテーマは“放射能の恐怖”だった。
幼い子どもの被曝を怖れ、放射能に汚染された村から一刻も早い避難を訴えた若い親たちと、“村”という共同体を残そうと
奔走する村の為政者たちとの間に生まれた深い乖離と軋轢も、飯舘村を描くのに欠かすことができない要素だった。

本作『飯舘村――放射能と帰村――』はその続編である。
前作で描いた酪農家の2家族のその後を追うなかで “故郷”“家族”の意味を改めて問うとともに、
「放射能に汚染されたあの村に、住民は帰れるのか」という深刻な問題がこの映画の主要なテーマである。
若い親たちは、幼い子どもたちの被曝を怖れ、帰村を断念し始めている。

一方、年配者たちも、断ち難い望郷の念と、「子どもも孫もいない村、農業もできない村へ独り帰るのか」という不安と葛藤のなかで苦悩する。
そんななか、国は全村民の帰村をめざし、莫大な費用をかけ“除染”を推し進める。
しかし取材を進めていくと、「除染はほんとうに効果があるのか、村人はほんとうに帰れるのか」という疑問が湧き起ってくる。
さらに、いったいこの除染事業によって誰が利益を得るのか、国は除染によって何を狙っているのかという疑惑も浮かび上がってくるのである。

“日本の中のパレスチナ”いう視点から、「人にとって故郷とは何か」「家族とは何か」を問うことから取材を始めた「飯舘村」は、
「国家はほんとうに民衆のために動くのか」という視点へと私を向かわせた。
この映画は、私のその問題意識の変遷の報告である。

「飯舘村―放射能と帰村―」公式サイト

土井 敏邦 (監督)
1953年佐賀県生まれ。
1985年以来、パレスチナをはじめ各地を取材。
テレビ各局でドキュメンタリーを放映。

映画祭本番まで、あと4日!

予告編 「傍」~3月11日からの旅~


【ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2013】

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9月1日(日) 10:00~
「傍」~3月11日からの旅~ 伊勢 真一監督

監督:伊勢 真一よりメッセージ

“東日本大震災と呼ばれるようになった災害直後、おさまりようのない胸騒ぎのまま、宮城・亘理町、福島・飯舘村に、スタッフと共に通いつめた記録だ。
テレビ番組のように、情報が盛られているわけでも、感動を描いているわけでもない。記録というよりも、私的でいびつな記憶のようなもの・・・
 
誰に頼まれたわけでもないのに、被災地へ入れば迷惑をかけるにちがいないのに、金も無いのに何故?

「自分のことは、自分が一番よくワカラナイ」”

・・・と、完成直後、ノートに書きとめた思いは
今も変わらない。

決して社会派とは言えない、私のような軟派な創り手が、被災地へ向かい、カメラを回すことにも、きっと意味があると、意気地無しが精一杯気合いを入れて創った「屁の突っ張り」のような
ドキュメンタリーです。

阿倍野の映画祭では、二度目の上映になりますが、
もう観た、という方も、もう一度ぜひ観てほしいと思いプログラムしました。

ドキュメンタリー映画は、社会の「窓」というだけでなく、ある時は観ているひとりひとりの「鏡」でもあるように思う。
「傍(かたわら)」も「窓」であり「鏡」である映画だと私は思っています。

現在進行形の状況の中で、今も自主上映に取り組んでいるので、応援よろしくお願いします。

いせフィルム


伊勢 真一(監督)
1949年東京生まれ。
答えよりも、問いを持ち続けたいと、幅広くドキュメンタリーを手がける。

ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2013
開催中の3日間、東北の「ええもん」を参加してくださる
「ミンナ DE カオウヤ」プロジェクト。

【「ミンナ DE カオウヤ」プロジェクトとは】
被災エリアの授産品を日本全国で販売して、被災した障がい者の収入、福祉事業所の経営を支える
「参加」プロジェクト(=経済活動支援)です。
今回も東北の特産品を中心に販売いたします。

映画祭専用のチラシをつくってくださりました。

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映画の合間に「豆乳入り焼きどーなつ」
お土産に「おからかりんとう」はいかがでしょうか。
宮城県登米地方の「あぶら麩」もあります!

その他、様々な東北地方の物産を販売しております。
ぜひ、物販コーナーもお立ち寄りください。

「ミンナ DE カオウヤ」
全国に販売店舗があり、大阪は梅田スカイビルのガーデンシックス1階など、7店舗あります。


【ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2013】

予告編「毎日がアルツハイマー」

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8月31日(土) 18:30~
「毎日がアルツハイマー」関口 祐加監督

監督・関口 祐加よりメッセージ

2010年、初期のアルツハイマー病であると診断された母と暮らすために、29年住んだオーストラリアから帰国しました。
初めて自ら小型カメラを持ち、母との日常を撮影したものをYouTubeに動画として投稿し始めたのもこの頃です。
YouTubeは、シドニーの映画学校で教えていた時に、学生たちが上手に活用していたことから私もやってみようと考えました。

これが、介護に悩む人や医者、医療従事者など多くの人々の共感を呼び、累計視聴数が、グングン増え始めました。
そして、累計視聴数が10万を越え始めた頃から、メディアからも注目され、取材申し込みをされるという思いがけない状況になりました。
今や累計視聴数は、51万を越しています。
誰よりも私自身が、この展開に驚いています。

長編動画『毎日がアルツハイマー』は、そんな100時間以上にわたり撮影した映像素材を93分にまとめた作品です。
通常のドキュメンタリー映画の製作過程と違い、『毎アル』は、すでに映像素材を動画として公開していたので、
私としては、大きなチャレンジでした。見慣れた映像素材を新鮮に見せるためには、「ツッコミ字幕」などの編集の創意工夫が、不可欠でした。

『毎アル』な母と家族の暮らしは、笑って、怒って、泣いて、そしてまた笑うというコメディのような世界ですが、
同時にアルツハイマーの世界を通して、家族のあり方、母と娘の関係、更には、人間の尊厳とは何かを鋭く問います。
何はともあれ、まずは大いに笑ってご鑑賞を!

「毎日がアルツハイマー」公式サイト

facebookページ

関口 祐加(監督)
横浜生まれ。1981年オーストラリアへ渡り、映画監督になる。
国内外で高い評価を得てきた監督の最新作は『毎日がアルツハイマー』

映画祭本番まで、あと5日!

予告編「ニッポンの嘘~報道写真家 福島菊次郎90歳~」


【ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2013】

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8月31日(土) 15:15~
「ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳」 長谷川 三郎監督


監督:長谷川 三郎よりメッセージ

報道写真家、福島菊次郎さんと出会ったのは、今から4年前の2009年の夏。
「報道写真家 福島菊次郎が、瀬戸内海の街に暮らしている。現在90歳近い年齢で、胃がんを患い、満身創痍。
ちゃんとお話が聞けるのは、今が最後のチャンスかもしれない…」

そんな話を聞き、プロデューサーの橋本佳子と、広島行きの新幹線に乗った。
権力の嘘を暴き続けてきた反骨の報道写真家、福島菊次郎とは、一体どんな人物なのか…。
緊張気味の私を出迎えてくれたのは、六畳間で愛犬ロクと暮らす、福島さんのとびきりの笑顔だった。

「なんでも聞いてくださいよ。だいぶモウロクしているけど、レンズを通して見た戦後だけは、しっかりと頭に残っているの」
大先輩である福島さんに失礼な物言いかもしれないが、そのチャーミングな人柄、そして壮絶なカメラマン人生に、初対面から魅了されてしまった。
福島さんがカメラで暴こうとした『ニッポンの嘘』を伝えたい…。
その直感を頼りに、東京から福島さんの元に通う日々が始まった。

そして取材の最中、2011年3月、あの取り返しのつかない、福島原発事故が起きてしまった…。
食い入るようにTVニュースを見つめる福島さんは、無念そうにつぶやいた。
「今のフクシマがヒロシマに重なる…」

国家に棄てられたヒロシマの被爆者との出会いをきっかけに、カメラマンの道を歩み始め、人生をかけて暴き続けた『ニッポンの嘘』。
その福島菊次郎の写真を改めて見つめ直した時に、息をのんだ。
3.11以降のニッポンを覆うであろう嘘を、写真が静かに語っていたのだ。

「嘘を許してはいけない…」

先行きの見えない時代が続きますが、スクリーンを通して、福島菊次郎さんと出会い、これからのニッポンについて考えて頂ければ嬉しいです。


公式サイト


長谷川 三郎(監督)
1970年千葉県出身。
1996年よりドキュメンタリージャパン参加。
TVドキュメンタリーを多数演出。