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ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》のスタッフブログ

『1日だけのヒューマンドキュメンタリー映画祭2025』開催!
2025年11月15日(土)11:00〜/大阪市中央公会堂 地下大会議室

『日本一幸せな従業員をつくる!~ホテルアソシア名古屋ターミナルの挑戦~ (92分)
監督:岩崎 靖子

上映日時:8月23日(土) 18:00~


文部科学省選定




名古屋駅前の小さな老舗ホテル「ホテルアソシア名古屋ターミナル」

まわりに超高層のホテルが次々に乱立。勢いに押され、名古屋ターミナルは4期連続の赤字へと転落。
人材は流出、従業員はみるみる自信もやる気も失っていく。


その状況の中で新たにホテルの支配人に就任したのは、ホテルマンの経験がまったくない柴田秋雄。
柴田氏が掲げた目標は、「黒字」でもなく「顧客満足度NO1」でもなかった。

それは「日本一幸せな従業員をつくる」こと。

一人一人の従業員を大切にしようと、従業員のお誕生日会を開いてお祝いしたり、心を病んだ従業員のために農場づくりをしたり。
従業員を想う気持ちは、次第に従業員たちを変え始める。

そしてその渦は、従業員だけではなく、取引先に、お客様に広がっていき・・・。 
4期連続の赤字ホテルは、いつしか10期連続の黒字のホテルへ。


かつて日本に、こんなにもあたたかく、こんなにも優しく、こんなにも誠実な会社があった。

障がいがあっても、うつ病を抱えていても働ける。
一人一人が自分らしく輝くことで、お互いを活かし合い、驚くべき。

舞台はホテルですが、観た人の職場にも、学校にも、家庭にもきっと幸せを運んでくれます。

みんなが願っている職場や世の中を形にして見せてくれます。

夢は夢じゃない、真実のホテルの物語。

監督プロフィール ----------

岩崎 靖子(コーチ、映像作家)
監督作に「宇宙の約束」「僕のうしろに道はできる」など

▼予告編はこちら

『標的の村』(91分)
監督:三上 智恵

上映日時:8月23日(土) 15:30~


・第87回キネマ旬報ベスト・テン 文化映画第1位

・山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 市民賞、日本映画監督協会賞 受賞



日本にあるアメリカ軍基地・専用施設の 74%が密集する沖縄。

5年前、死亡事故が多発する新型輸送機オスプレイの着陸帯建設に抗議し座り込んだ東村・高江の住民を国 は「通行妨害」で訴えた。
反対運動を委縮させる SLAPP 裁判だ[※1]。

人口 160 人の高江集落は米軍のジャ ングル訓練場に囲まれている。
わがもの顔で飛び回り、低空で旋回する米軍のヘリ。
自分たちは「標的」な のかと憤る住民たちに、かつてベトナム戦争時に造られたベトナム村[※2]の記憶がよみがえる。

2012 年6月26日、沖縄県議会がオスプレイ配備計画の撤回を求める抗議決議・意見書を全会一致で可決した。 9月9日の県民大会には10万の人々が結集した。

しかし、その直後、日本政府は電話一本で県に「オスプレイ」配備を通達した。

そして、ついに沖縄の怒りが爆発した。
9 月29日、強硬配備前夜。
台風17号の暴風の中、人々はアメリカ軍普天間基地ゲート前に座り込み、22時間にわたってこれを完全封鎖したのだ。
4つのゲートの前に身を投げ出し、車を並べ、バリケードを張る 人々。

真っ先に座り込んだのは、あの沖縄戦や復帰前のアメリカ軍統治の苦しみを知る老人たちだった。
強制排除に乗り出した警察との激しい衝突。取材に駆け付けたジャーナリストや弁護士さえもが排除されていく。
そんな日本人同士の争いを見下ろす若い米兵たち......。

この全国ニュースからほぼ黙殺された前代未聞の出来事の一部始終を記録していたのは、地元テレビ局・琉球朝日放送の報道クルーたちだった。

本作は、反対運動を続ける住民たちに寄り添いながら、沖縄の抵抗の 歴史をひもといていく。

復帰後40年経ってなお切りひろげられる沖縄の傷。
沖縄の人々は一体誰と戦っているのか。
奪われた土地と海と空と引き換えに「平和と安全」を味わうのは誰か?


10 月1日、午前11時20分。
沖縄の空をオスプレイが飛んだ。

抵抗むなしく、絶望する大人たちの傍らで11才の少女が言う。

「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」

※1=SLAPP 裁判......国策に反対する住民を国が訴える。力のある団体が声を上げた個人を訴える弾圧・ 恫喝目的の裁判をアメリカでは SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)裁判と呼び、多 くの州で禁じられている。


※2=ベトナム村......1960 年代、ベトナム戦を想定して沖縄の演習場内に造られた村。
ベトナム戦を想定し 農村に潜むゲリラ兵士を見つけ出して確保する襲撃訓練が行われていた。
そこで高江の住民がたびたび南ベ トナム人の役をさせられていた。


監督プロフィール ----------

三上 智恵(監督)
1964年東京生まれ。
父の仕事の関係で12歳から沖縄に通い、成城大学で沖縄民俗を専攻。

卒業論文『宮古島の民間巫者に見る霊魂観~タマスウカビを中心に~』
アナウンサー職で大阪の毎日放送(株)入社。

8年後の1995年、琉球朝日放送の開局とともに両親の住む沖縄へ移住、第一声を担当。
以来夕方ローカルワイドニュースのメインキャスターを務めながら取材、番組制作に奔走。

沖縄民俗学の研究も継続し、放送業と並行して大学院に戻り、2003年春、沖縄国際大学大学院修士課程修了。
修士論文『大神島における祭祀組織のシャーマニズム的研究』
同大学で沖縄民俗の非常勤講師も務める。
ドキュメンタリーの主なテーマは沖縄戦や基地問題、一方、サンゴの移植や
ジュゴンの文化を追いかけるなど海洋環境と海をめぐる沖縄の文化をテーマにした番組も精力的に製作している。


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『架け橋 きこえなかった3.11』(73分)
監督:今村 彩子

上映日時:8月23日(土) 13:45~

・ドイツ・フランクフルト日本映画専門映画祭<ニッポンコネクション>

ニッポンビジョン部門 観客賞3位 
・関西初上映



命に関わる情報に格差があってはならない
“津波警報が聞こえなかった”―――。

東日本大震災で危機一髪で助かった聞こえない人のこの言葉に心臓が縮むようでした。

津波警報が聞こえず亡くなった人、 避難放送が聞こえず、津波で孤立した家で一夜を過ごした人・・・。
緊迫感のある体験談を手話で語る、ろう者に私は一刻も早くこのことを社会に伝えなくてはと心を突き動かされました。
そ
して、震災1ヶ月後に被災地を訪れた時、私も震度6の余震を体験しました。

地面が大きく揺れ、何が起きたのか分かりませんでした。

「津波警報が鳴っている!」とスタッフに言われ、背筋が凍りました。

私は全く聞こえず、揺れが収まったら大丈夫だと思っていたのです。

命を守る情報に格差があってはならない。そう強く感じ、取材を続けました。

主人公の小泉正壽さんは、日々の仕事や被災したろう者の支援活動などで多忙を極めていました。

しかし、取材にはいつも丁寧に応えてくれ、宮城を訪れる度に「わざわざありがとう。
あなたが記録として撮ってくれてとても嬉しい」と
笑みを絶やしませんでした。
しかし、予期もしない出来事が起こりました。

取材で宮城に発つ朝、小泉さんの息子さんから「父が倒れた」と連絡がきたのです。

お見舞いに伺った時、小泉さんは脳梗塞で右半身が麻痺し、歩くこともできず、手も上がらないので手話もできませんでした。
私はその夜、涙がとまりませんでした。

しかし、その後、小泉さんは地道な努力でリハビリを続け、走ったり運転したりすることができるまで回復しました。
たくましい精神力にただただ、感服するばかりです。

そして、震災から2年4ヶ月後の7月、会長として仕事に復帰し、笑顔で軽快に走る小泉さんの元気な姿がありました。
その姿をカメラに収め、「架け橋」は完成しました。
この映画が被災地と全国を結ぶ架け橋となれば本望です。

監督プロフィール ----------
今村 彩子(映像作家)
愛知県名古屋市出身/Studio AYA 代表 
愛知教育大学卒業/
大学在籍中にカルフォルニア州立大学ノースリッジ校に留学し、映画制作・アメリカ手話を学ぶ。

現在、名古屋学院大学・愛知学院大学・名古屋外語大学で講師をする一方、ドキュメンタリー映画制作で国内だけにとどまらず、アメリカやカナダ、韓国、ミャンマーなど海外にも取材に行く。
主な作品である「珈琲とエンピツ」(2011)は全国の劇場で公開された。

東日本大震災の被災した聞こえない人を2年4ヶ月間取材し、
「架け橋 きこえなかった3.11」(2013)を制作。

全国各地で上映・講演活動をしている。

▼予告編はこちら
『波伝谷に生きる人びと』(134分) 監督:我妻 和樹
上映日時:8月22日(金) 18:00~


・第13回山形国際ドキュメンタリー映画祭「ともにある Cinema with Us 2013」出品
・第28回福岡アジア映画祭参加決定
・関西初上映




宮城県南三陸町の海沿いに位置する戸数約80軒の波伝谷(はでんや)集落。
本作は、東日本大震災の津波により壊滅したこの小さな漁村に生きる人びとの、震災前の日常を追ったドキュメンタリー映画である。

物語は2008年の3月に始まり、漁業者たちの日々の仕事や地域の年中行事、そこでの多様な人間関係などが、ゆったりとした土地の空気とともに描き出されていく。過疎化が進みながらも豊かなくらしを育んできた波伝谷の人びとの時間と、そこに寄り添う作者自身の時間。二つの時間が重なりながら、物語はやがて2011 年の3月11 日へと向かっていく・・・。

「人が生きている限り、人の営みは続いていく。」
製作に約6年(映画製作以前の期間を含めると9年)の歳月を費やし、作者の青春の全てを注いだ本作は、2013年8月15日に行われた波伝谷での試写会をもって完成となり、同年10月に行われた第13回山形国際ドキュメンタリー映画祭の「ともにある Cinema with Us」にて初公開となった(初公開時128分)。現在は宮城県沿岸部10箇所での縦断上映を展開中。
震災を経験した日本人に贈る入魂の一作である。

監督プロフィール ----------
我妻 和樹 (監督)

1985年宮城県白石市出身。
2004年に東北学院大学文学部史学科に入学。
2008年の卒業とともに映画製作を開始
『美しいひと』(116分)
監督:東 志津
上映日時:8月22日(金) 15:00~




1945年8月、アメリカによって日本に、ふたつの原子爆弾が投下されました。
ひとつは広島、ひとつは長崎に―

あのきのこ雲の下にいた人たちがどのように命を奪われ、どのように傷つき、どれだけの被害があったのか、その悲惨な歴史の一片は、今日まで多くの芸術作品によって語り継がれ、表現されています。

しかし、原爆が落とされたその瞬間の出来事に注目する作品は数多くあっても、生き残った人々の“その後の人生”に触れるものはあまり多くはありません。
原爆を体験した人たちには、原爆の後にも、長い長い人生がありました。
ある人は、家族を失って天涯孤独となり、生活の糧を得るために必死で働きました。
ある人は悲惨な光景のトラウマに苦しみながら、辛い記憶とともに戦後を生きていました。
日本に原爆が投下されてから69年。
あの惨禍を生き抜いた最後の世代の人たちが今、人生の最終章を迎えています。
彼らはあの日、何を見たのか、原爆後の人生をどう生きたのか。
日本人被爆者だけでなく、今まであまり語られることのなかった韓国人被爆者や
長崎の捕虜収容所で被爆したオランダ人元兵士らとの対話を通して、
戦争とは何か、人間とは何かに迫る渾身のドキュメンタリーです。

監督プロフィール ----------
東 志津(監督)
1975年東京都出身。大学卒業後、映像の世界へ。
2007年「花の夢ーある中国残留婦人ー」で長編デビュー。