ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》のスタッフブログ -18ページ目

ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》のスタッフブログ

『1日だけのヒューマンドキュメンタリー映画祭2025』開催!
2025年11月15日(土)11:00〜/大阪市中央公会堂 地下大会議室

【今村 彩子監督からメッセージをいただきました】

『架け橋 きこえなかった3.11』(今村 彩子監督作品)

東日本大震災を「ろう者」の視点から描いた、ドキュメンタリー。

津波警報が聞こえなかった…。
「命にかかわる情報に格差があってはならない」
マスメディアでは語られることのなかった「ろう者」達の東日本大震災を、2年4ヶ月かけて撮影した記録。
耳の聴こえない人達が、厳しい状況の中で、たくましく生きる姿が描かれます。

自身も、ろう者である今村監督。
そのため、上映後の舞台挨拶は手話で行い、手話通訳スタッフが読み取って場内にマイクで伝えました。
ですが、ドキュメントトークでは自らの声でお話をしていただきました。

(今村監督のお言葉)
「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》に呼んでいただき、とても嬉しく思っています。
トークでは榛葉監督のアドバイスもあり、初めて自分の声でお話しさせていただきました。

自分の身体から発した声で伝える気持ちよさと緊張感、お客さんへと伝わることの喜びを感じました。

また他の作品に、他の監督の皆さんの熱意に、圧倒され大きな宿題をもらいました。少しずつ考えていきたいと思っています。
どうもありがとうございました。」









『波伝谷に生きる人びと』(我妻 和樹監督作品)

我妻監督は、今年の映画祭の上映作品の中で最年少監督。
宮城県から参加して下さいました。

同県南三陸町の海沿いに位置する戸数約80 軒の波伝谷(はでんや)集落。
作品はこの小さな漁村に生きる人びとをおよそ3年間に渡り、人びとの時間を淡々と描きます。
2011年3月11日、波伝谷はその平穏な時間が突然断ち切られることなりました。

「人が生きている限り、人の営みは続いていく」
我妻監督のメッセージは、観客の皆さまの心に響きました。

開催中の3日間、他の監督さんや実行委員といろんな話をして「多くの刺激を受けた」と話してくださった我妻監督。

「(我妻監督のお言葉)山形国際ドキュメンタリー映画祭にも行きましたが、《阿倍野》の方が、もそれに負けないくらい素敵な映画祭でした。
先輩監督の皆さんから、厳しく、温かいアドバイスをたくさん頂け、自分の宝物になりました。
また呼んでもらえるようがんばります!」








2014年のオープニング作品は、当映画祭プロデューサーである伊勢真一監督の
『小屋番 ~涸沢ヒュッテの四季~』でした。









北アルプスの四季の巡りと人の織り成す映像詩、山好き、自然好き、人好きには観逃せない爽やかなドキュメンタリーです。

今回は、映画にも登場する穂高岳山荘の小屋番であり、カメラマンでもある、はっちゃんこと宮田八郎さんも伊勢監督と共に舞台挨拶を行いました。
また、ロビーでは、お二人ともお客様に対して丁寧にサインに応えておりました。


【のぼりは映画祭の“顔”】
今年の映画祭が終わって大量に撮影した記録写真が、ようやくまとまってきました。
そこで今日から、映画祭の様子をこれらの写真を駆使して、お伝えして参ります。

その1回目は、「幟(のぼり)」。








映画祭の会場、大阪・阿倍野区民センター大ホールの2階入り口に向かう大階段に、数十本の幟を立てて、全国から来られるお客様をお迎えします。

初日の開場前に、スタッフ、監督、更にはゲストまで動員して、一気に幟を設置! 何だか学園祭みたいなノリで楽しんでいます。
ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2014




みなさま、ご来場いただき、誠にありがとうございました!
おかげさまで無事、大盛況のうちに終了することができました。

今年も新たな作品、監督のみなさまとの出会いがありました。
ご来場いただいたお客様、ゲスト、協賛企業のみなさまからの励ましや感謝のお言葉もいただきました。
実行委員、一同大変感謝しております。

みなさまと共に、すばらしい感動と出会いを生み出せる映画祭とすることができたと感じております。

開催中の様子はこれからちょっとずつ書いていきます。
監督さんや実行委員の頑張ってる姿を見てもらえればと思います。