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ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》のスタッフブログ

『1日だけのヒューマンドキュメンタリー映画祭2025』開催!
2025年11月15日(土)11:00〜/大阪市中央公会堂 地下大会議室

予告編:『60万回のトライ』(106分)
監督:朴 思柔、朴 敦史
上映日時:8月24日(日) 10:00~


第15回全州国際映画祭「CGVムービーコラージュ配給支援賞」受賞
関西映画祭初上映



予告編:『60万回のトライ』

ソウル出身の監督が大阪朝鮮高級学校ラグビー部に密着した長編ドキュメンタリー映画です。
2010年の1年間を描いています。
監督は2010年から3年間、大阪朝高ラグビー部を取材し記録してきました。
ラグビーに打ち込む在日朝鮮人の高校生たちのありのままの姿を通じて、在日朝鮮人が歩んできた歴史に思いを馳せ、朝鮮学校が日本社会で有する意味をあらためて考えるきっかけになればと願っています。

2010年正月。花園ラグビー場。
大阪朝高ラグビー部は創部以来、初めて進出した全国大会準決勝の舞台に立った。
彼らの闘志や熱い応援に胸を震わせ、韓国出身の私はドキュメンタリー映画をつくろうと決心する。
悲願の日本一を目指し、主将の戦線離脱などを乗り越えてゆく選手たち。

どこにでもいそうな高校生かと思えば、民族教育の中で自らのルーツを真剣に探す彼ら。
その素顔に接しながら、私は彼らが朝鮮半島と日本の架け橋になってゆくことを願う。

高校無償化からの除外。補助金の凍結。
朝鮮学校を取り巻く日本社会の現実を背負いながらも、彼らはふたたび花園の舞台で頂点を目指し駆け上がっていく。
ソウルから来た監督と、ラグビーに青春をかける在日朝鮮人の高校生たちのドラマチックな1年間を描く。

タイトル『60万回のトライ』には、日本で生きる在日朝鮮人およそ60万人の夢と願い、そして挑戦の意味がこめられている。

監督プロフィール ----------
朴 思柔(パク・サユ)

ソウル生まれソウル育ち。02年来日。
05年から韓国報道局の海外レポーターとして在日同胞に関するニュースを制作。
10年コマプレス結成。本作が初監督作。

朴 敦史(パク・トンサ)

78年京都生まれ大阪育ち。在日朝鮮人3世。
10年コマプレス結成。本作では共同監督を務める。

コマプレス/KOMAPRESS/꼬마프레스
2010年、「小さな声、低い視線」をモットーに設立。
「コマ」 は朝鮮語で子どもを意味し、小さきものを意味する。
巨大なメディアに対してあえて「小さく」「低く」あることで、 声なき声、不可視の葛藤、 抵抗とはみなされない抵抗を伝えてゆくことを使命とする。在日コミュニティや民族教育の現場を取材。
同年から三年間に渡り大阪朝鮮高級学校ラグビー部に密着。
民族教育の現場から、大阪府の助成金問題、無償化「除外」 問題などを取材。
それらの記録を素材にした長篇ドキュメンタリー映画『60万回のトライ』(2013年)を製作。現在、劇場公開中。
東日本震災に際しては、地震発生三日目に仙台の東北朝鮮学校へ向かう。記録映像『東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20』(2011)の制作・上映活動、続編『アフタースクール』制作(2011~編集中)
予告編:『日本一幸せな従業員をつくる!~ホテルアソシア名古屋ターミナルの挑戦~ 』(92分) 
監督:岩崎 靖子
上映日時:8月23日(土) 18:00~


文部科学省選定(平成26年2月19日、少年・青年・成人向き)


予告編:『日本一幸せな従業員をつくる! ~ホテルアソシア名古屋ターミナルの挑戦~ 』


名古屋駅前の小さな老舗ホテル「ホテルアソシア名古屋ターミナル」。
まわりに超高層のホテルが次々に乱立。勢いに押され、名古屋ターミナルは4期連続の赤字へと転落。
人材は流出、従業員はみるみる自信もやる気も失っていく。
その状況の中で新たにホテルの支配人に就任したのは、ホテルマンの経験がまったくない柴田秋雄。
柴田氏が掲げた目標は、「黒字」でもなく「顧客満足度NO1」でもなかった。
それは「日本一幸せな従業員をつくる」こと。

一人一人の従業員を大切にしようと、従業員のお誕生日会を開いてお祝いしたり、心を病んだ従業員のために農場づくりをしたり。
従業員を想う気持ちは、次第に従業員たちを変え始める。
そしてその渦は、従業員だけではなく、取引先に、お客様に広がっていき・・・。
4期連続の赤字ホテルは、いつしか10期連続の黒字のホテルへ。
かつて日本に、こんなにもあたたかく、こんなにも優しく、こんなにも誠実な会社があった。
障がいがあっても、うつ病を抱えていても働ける。
一人一人が自分らしく輝くことで、お互いを活かし合い、驚くべき。
舞台はホテルですが、観た人の職場にも、学校にも、家庭にもきっと幸せを運んでくれます。
みんなが願っている職場や世の中を形にして見せてくれます。
夢は夢じゃない、真実のホテルの物語。

監督プロフィール ----------
岩崎 靖子(コーチ、映像作家)
監督作に「宇宙の約束」「僕のうしろに道はできる」など。
【映画祭まであと5日!】

予告編:『標的の村』(91分)
監督:三上 智恵
上映日時:8月23日(土) 15:30~

・第87回キネマ旬報ベスト・テン 文化映画第1位
・山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 市民賞&日本映画監督協会賞 W受賞



予告編:『標的の村』


日本にあるアメリカ軍基地・専用施設の 74%が密集する沖縄。
5年前、死亡事故が多発する新型輸送機オスプレイの着陸帯建設に抗議し座り込んだ東村・高江の住民を国 は「通行妨害」で訴えた。
反対運動を委縮させる SLAPP 裁判だ[※1]。
人口 160 人の高江集落は米軍のジャ ングル訓練場に囲まれている。
わがもの顔で飛び回り、低空で旋回する米軍のヘリ。
自分たちは「標的」な のかと憤る住民たちに、かつてベトナム戦争時に造られたベトナム村[※2]の記憶がよみがえる。

2012 年6月26日、沖縄県議会がオスプレイ配備計画の撤回を求める抗議決議・意見書を全会一致で可決した。
9月9日の県民大会には10万の人々が結集した。

しかし、その直後、日本政府は電話一本で県に「オスプレイ」配備を通達した。
そして、ついに沖縄の怒りが爆発した。

9 月29日、強硬配備前夜。
台風17号の暴風の中、人々はアメリカ軍普天間基地ゲート前に座り込み、
22時間にわたってこれを完全封鎖したのだ。

4つのゲートの前に身を投げ出し、車を並べ、バリケードを張る 人々。
真っ先に座り込んだのは、あの沖縄戦や復帰前のアメリカ軍統治の苦しみを知る老人たちだった。
強制排除に乗り出した警察との激しい衝突。
取材に駆け付けたジャーナリストや弁護士さえもが排除されていく。
そんな日本人同士の争いを見下ろす若い米兵たち......。

この全国ニュースからほぼ黙殺された前代未聞の出来事の一部始終を記録していたのは、地元テレビ局・琉球朝日放送の報道クルーたちだった。

本作は、反対運動を続ける住民たちに寄り添いながら、沖縄の抵抗の 歴史をひもといていく。
復帰後40年経ってなお切りひろげられる沖縄の傷。

沖縄の人々は一体誰と戦っているのか。
奪われた土地と海と空と引き換えに「平和と安全」を味わうのは誰か?

10 月1日、午前11時20分。
沖縄の空をオスプレイが飛んだ。
抵抗むなしく、絶望する大人たちの傍らで11才の少女が言う。

「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」

※1=SLAPP 裁判:国策に反対する住民を国が訴える、
力のある団体が声を上げた個人を訴える弾圧・ 恫喝目的の裁判をアメリカでは SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)裁判と呼び、多 くの州で禁じられている。

※2=ベトナム村:1960 年代、ベトナム戦を想定して沖縄の演習場内に造られた村。ベトナム戦を想定し 農村に潜むゲリラ兵士を見つけ出して確保する襲撃訓練が行われていた。そこで高江の住民がたびたび南ベトナム人の役をさせられていた。

▼監督プロフィール
三上 智恵(監督)

1964年東京生まれ。
父の仕事の関係で12歳から沖縄に通い、
成城大学で沖縄民俗を専攻。
卒業論文『宮古島の民間巫者に見る霊魂観~タマスウカビを中心に~』
アナウンサー職で大阪の毎日放送入社。
8年後の1995年、琉球朝日放送の開局とともに両親の住む沖縄へ移住、第一声を担当。
以来夕方ローカルワイドニュースのメインキャスターを務めながら、取材、番組制作に奔走。
沖縄民俗学の研究も継続し、放送業と並行して大学院に戻り、2003年春、沖縄国際大学大学院修士課程修了。
修士論文『大神島における祭祀組織のシャーマニズム的研究』
同大学で沖縄民俗の非常勤講師も務める。
ドキュメンタリーの主なテーマは沖縄戦や基地問題、一方、サンゴの移植やジュゴンの文化を追いかけるなど海洋環境と海をめぐる沖縄の文化をテーマにした番組も精力的に製作している。
【映画祭まであと6日!】

予告編:『架け橋 きこえなかった3.11』(73分)
監督:今村 彩子
上映日時:8月23日(土) 13:45~


ドイツ・フランクフルト日本映画専門映画祭<ニッポンコネクション>
ニッポンビジョン部門 観客賞3位 



予告編:『架け橋 きこえなかった3.11』

<関西初上映>

命に関わる情報に格差があってはならない
“津波警報が聞こえなかった”―――。

東日本大震災で危機一髪で助かった聞こえない人のこの言葉に心臓が縮むようでした。
津波警報が聞こえず亡くなった人、 避難放送が聞こえず、津波で孤立した家で一夜を過ごした人・・・。
緊迫感のある体験談を手話で語る、ろう者に私は一刻も早くこのことを社会に伝えなくてはと心を突き動かされました。
そして、震災1ヶ月後に被災地を訪れた時、私も震度6の余震を体験しました。
地面が大きく揺れ、何が起きたのか分かりませんでした。
「津波警報が鳴っている!」とスタッフに言われ、背筋が凍りました。
私は全く聞こえず、揺れが収まったら大丈夫だと思っていたのです。
命を守る情報に格差があってはならない。そう強く感じ、取材を続けました。

主人公の小泉正壽さんは、日々の仕事や被災したろう者の支援活動などで多忙を極めていました。
しかし、取材にはいつも丁寧に応えてくれ、宮城を訪れる度に「わざわざありがとう。
あなたが記録として撮ってくれてとても嬉しい」と笑みを絶やしませんでした。

しかし、予期もしない出来事が起こりました。
取材で宮城に発つ朝、小泉さんの息子さんから「父が倒れた」と連絡がきたのです。
お見舞いに伺った時、小泉さんは脳梗塞で右半身が麻痺し、歩くこともできず、手も上がらないので手話もできませんでした。
私はその夜、涙がとまりませんでした。
しかし、その後、小泉さんは地道な努力でリハビリを続け、走ったり運転したりすることができるまで回復しました。
たくましい精神力にただただ、感服するばかりです。
そして、震災から2年4ヶ月後の7月、会長として仕事に復帰し、笑顔で軽快に走る小泉さんの元気な姿がありました。
その姿をカメラに収め、「架け橋」は完成しました。
この映画が被災地と全国を結ぶ架け橋となれば本望です。

監督プロフィール ----------
今村 彩子(映像作家)

愛知県名古屋市出身/Studio AYA 代表
愛知教育大学卒業/大学在籍中にカルフォルニア州立大学ノースリッジ校に留学し、映画制作・アメリカ手話を学ぶ。
現在、名古屋学院大学・愛知学院大学・名古屋外語大学で講師をする一方、ドキュメンタリー映画制作で国内だけにとどまらず、アメリカやカナダ、韓国、ミャンマーなど海外にも取材に行く。主な作品である「珈琲とエンピツ」(2011)は全国の劇場で公開された。
東日本大震災の被災した聞こえない人を2年4ヶ月間取材し、「架け橋 きこえなかった3.11」(2013)を制作。
全国各地で上映・講演活動をしている。
【映画祭まであと7日!】

『with…若き女性美術作家の生涯』(60分)
監督:榛葉 健
上映日時:8月23日(土) 11:30~


・「日本賞」ユニセフ賞
・「アジアテレビ賞」 
・文部科学省 特別選定作品 優秀映画鑑賞会 推薦作品




1995年の阪神・淡路大震災で自宅が全壊し、瓦礫の下から救出された神戸の女子大生、佐野由美さん(当時19歳)が主人公。

彼女は地震から3日目に、母親から「一番大切なものを取ってきていい」と許しを得て、自宅の瓦礫から、“あるもの”を掘り出してくる。それは、1冊のスケッチブックと何本かのペンだった。そして彼女が描いた被災地に生きる人びとの日常の光景は、後に出版され、ベストセラーになる。

1998年、佐野さんは大学卒業と同時に単身ネパールに渡り、スラム街の小学校でボランティアの美術教師として1年間赴任する。
社会の最低辺で細々と生きる貧困層の人々と生活を共にし、過酷な現実と向き合いながら、彼女は絵やイラストを描き続ける。
彼女は、美術を通して、社会の闇を告発し、平等な社会を少しでも実現するために異国の地で懸命に青春を燃やし続けた。

そして1年間のボランティア活動を終え、日本帰国を数日後に控えていた佐野さんに、思わぬ事態が起きる…。

監督プロフィール ----------
榛葉 健(監督・ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》 ディレクター)
1963年生まれ。社会派、自然、スポーツ等幅広く制作し、日本賞、アジアテレビ賞など受賞多数。毎日放送に在籍。テーマは「いのち」。