『子供たちの涙 ~日本人の父をさがして~』 (49分)
監督:砂田 有紀
上映日時:8/30(日) 10:00-
IMA international Movie Awards 2014 のShort documentary 部門でGold Award 受賞
第二次世界大戦中のインドネシアで、軍人・軍属の日本人男性とインドネシア系オランダ人女性の間に生まれた混血の子たち。終戦後、父が日本に引き揚げ、母の国オランダへ渡った彼らは「敵国の子」と蔑まれた。自分は何者なのか、望まれて生まれてきたのか……。その答えを知るためにも、日本にいる父にひと目会いたい想いが募った。
一人の日本人元兵士が協力を名乗り出た。彼の元に寄せられた父親探しの依頼状は、百通を越えた。実際には、その何倍もの涙の物語があったことだろう。時は残酷にも流れ、戦後七十年、かつての子供たちもすっかり年老いた。その大半は、父が日本人であること以上は何も知らされないまま……。
日本人すらも知らなかった、終わらない戦後を追った渾身のドキュメンタリー。
監督は、英国での第3回帝国戦争博物館短編映画祭、第12回チチェスター短編映画祭でともにベストドキュメンタリー賞を受賞した砂田有紀。「子供たちの涙~日本人の父を探し求めて~」は、インドネシア・ジャカルタで開催されたIMA国際映画賞2014 短編ドキュメンタリー部門で金賞に輝いた。
日本人すらも知らなかった、終わらない戦後を追った渾身のドキュメンタリー。
監督は、英国での第3回帝国戦争博物館短編映画祭、第12回チチェスター短編映画祭でともにベストドキュメンタリー賞を受賞した砂田有紀。「子供たちの涙~日本人の父を探し求めて~」は、インドネシア・ジャカルタで開催されたIMA国際映画賞2014 短編ドキュメンタリー部門で金賞に輝いた。
~背景~
インドネシア共和国は、1602年のオランダ東インド会社設立を機に、長らくオランダの占領下にあり「オランダ領東インド」と呼ばれていた。1941年12月8日、日本は太平洋戦争に突入。1942年3月9日、蘭印軍は日本軍に無条件降伏。以降、1945年8月15日終戦まで、日本占領下で、捕虜のみならず、民間のオランダ人住民も抑留所での生活を強いられた。長い植民地支配を経て大勢いた混血のインドネシア系オランダ人たちは、反日言動がない限り日常の生活を送っていた。地上戦がほとんどなかったこの国では、生活のために働く彼女たちと軍人・軍属の日本人男性が日常的に知り合うことができた。そして、多くの子供が誕生。終戦後、父は帰国。残された子供たちはそれぞれが数奇な運命を辿ったが、公式な調査はこれまでにない。インドネシア独立戦争(1945-1949)を期に、追いやられるようにオランダ本国へ渡った母親と子供たち(オランダの日系二世)がこの作品の主人公である。
インドネシア共和国は、1602年のオランダ東インド会社設立を機に、長らくオランダの占領下にあり「オランダ領東インド」と呼ばれていた。1941年12月8日、日本は太平洋戦争に突入。1942年3月9日、蘭印軍は日本軍に無条件降伏。以降、1945年8月15日終戦まで、日本占領下で、捕虜のみならず、民間のオランダ人住民も抑留所での生活を強いられた。長い植民地支配を経て大勢いた混血のインドネシア系オランダ人たちは、反日言動がない限り日常の生活を送っていた。地上戦がほとんどなかったこの国では、生活のために働く彼女たちと軍人・軍属の日本人男性が日常的に知り合うことができた。そして、多くの子供が誕生。終戦後、父は帰国。残された子供たちはそれぞれが数奇な運命を辿ったが、公式な調査はこれまでにない。インドネシア独立戦争(1945-1949)を期に、追いやられるようにオランダ本国へ渡った母親と子供たち(オランダの日系二世)がこの作品の主人公である。
-- 監督プロフィール
砂田 有紀
同志社大学在学時、カリフォルニア大学アーバイン校映画学科に交換留学。卒業後、米系テレビ局に就職。その後、ロータリー奨学生としてロンドン大学修士課程でドキュメンタリー製作を学ぶ。人種問題を描いたショートフィルム「Footbridge」で英国チチェスター国際映画祭ベストドキュメンタリー賞を受賞。日英退役軍人の和解を描いた「Dear Grandfather, I am in England.」(邦題「兵隊だったおじいちゃんへ」でロンドン帝国戦争博物館映画祭ベストドキュメンタリー賞受賞。BBC特派員ファーガル・キーンがインパール作戦について書いたノンフィクション「Road of Bones」(白骨街道)、アルジャジーラTVのドキュメンタリー「Burma Boy」のリサーチャー/取材同行を手がける。元兵士の取材を重ねる中、7年前にオランダの日系二世の話に出会い作品製作を決意。
同志社大学在学時、カリフォルニア大学アーバイン校映画学科に交換留学。卒業後、米系テレビ局に就職。その後、ロータリー奨学生としてロンドン大学修士課程でドキュメンタリー製作を学ぶ。人種問題を描いたショートフィルム「Footbridge」で英国チチェスター国際映画祭ベストドキュメンタリー賞を受賞。日英退役軍人の和解を描いた「Dear Grandfather, I am in England.」(邦題「兵隊だったおじいちゃんへ」でロンドン帝国戦争博物館映画祭ベストドキュメンタリー賞受賞。BBC特派員ファーガル・キーンがインパール作戦について書いたノンフィクション「Road of Bones」(白骨街道)、アルジャジーラTVのドキュメンタリー「Burma Boy」のリサーチャー/取材同行を手がける。元兵士の取材を重ねる中、7年前にオランダの日系二世の話に出会い作品製作を決意。
-- 映画祭HP 作品紹介




