出典 こんなによくなる!糖尿病
鈴木吉彦 著 朝日新聞出版から引用連載
こんなによくなる!糖尿病 驚きの「インクレチン」新薬効果
糖尿病の知識を得るため本やインターネットをご覧になった方は、「インスリン」という言葉な ら よ く 見 か け る と 思 い ま す 。 一方 、 「インクレチン」と い う 言 葉 は 、 イ ン ス リ ン ほ ど は 見 か け な い と思います。しかし、インクレチンも糖尿病の研究の歴史の中で、古くから注目されてきた大切な物質です。
もう100年以上前になりますが、1906年、糖尿病の患者を対象にした、ある研究が行われました。人の腸の中にある液体を体の外に抽出して、糖尿病の患者の体内に投与するというものです。この液体を投与された患者は、尿に含まれる糖の量が減ることがわかったのです。
糖尿病になると、血糖値が高い状態が続くほかに、尿中の糖の量も多くなります。古代インドの 文献には 「患者の尿にアリが集まった」という記録もあり、これが 「糖尿病」という名の由来とさ れています。
1906年の試験では、まず、腸から抽出した液体に、糖尿病の患者の尿中の糖を減らす効果が あることがわかったのです。
この試験の後も、研究者たちはこの謎の液体をいろいろと調べました。当時すでに、膵臓のβ細胞から分泌されるインスリンが、血液中のブドウ糖の量を減らすことがわかっていました。
そこで、 研究者たちは 「どうやら腸の中の液体は、膵臓のβ細胞に対して、インスリンを分泌するよう働き かけているようだ」と考えるようになりました。そして、1932年、ジャン・ラ・バールというベルギーの生理学者たちが、膵臓にホルモンを分泌するよう促す物質のことを 「インクレチン」と 呼ぼうと提唱したのです。
インクレチンは、英語で表すと "INCRETIN"となります。この言葉は、”IN”と”CRET”と”IN”に分解することができます。それぞれ”INtestine"つまり「腸」"seCRETion"つまり
「分泌」、"INsulin"つまり「インスリン」というそれぞれの言葉の一部分を撮ったもので、つなげると「腸から分泌されるインスリン」となります。
インクレチンは、本当は 腸から出てきて膵臓へと向かい、インスリンの分泌を働きかけるホルモンですが、比喩的に 「腸から分泌されるインスリン」と名付けられたようです。
インクレチンが、不思議な性質を持った魅力的なホルモンであるということがわかってくるのはこの後です。1964年、ニール・マッキンタイアとハロルド・エルリックという二人の人物がそれぞれ独自に、インクレチンに関する興味深い効果を、研究チームの仲間たちとともに研究成果として発表しました。
この研究では、被験者にブドウ糖を体の中に取り入れてもらいます。その方法は二つ。口から入れる方法と、注射で静脈から入れる方法です。どちらも、体内にブドウ糖が取り入れられるという点は同じですが、はつきりとした違いも見られたのです。
それは、「口からブドウ糖を摂取したときのほうが、膵臓から分泌されるインスリンの量が多くなる」というものでした。つまり、ブドウ 糖を点滴で取り入れるよりも、飲み込むほうが、血糖値を抑えるインスリンがたくさん出てくる、 というのです。この意味を示すグラフをご覧いただければ、 一目瞭然だと思います [図1ー1]。
どのような違いによって、′′口から′′のほうがインスリンが多く分泌されるのでしょうか? 点 滴 で ブ ド ウ 糖 を 注 入 し た 場 合 、 ブ ド ウ 糖 は 被 験 者 の 消 化 管 を 通 る こ と は あ り ま せ ん 。 一 方 、 口か ら ブドウ糖を飲み込めば、ブドウ糖は食道、胃、十二指腸、小腸といった具合に消化管を通ることに なります。
どうやら消化管のどこかに 「食べ物が入ってきたぞ」と反応して、「もしもし膵臓のβ細胞ですか、ブドウ糖が入 ってきたのでインスリンを分泌してください」と、指示を送るしくみがあるよう です。
このしくみは、「どうやら腸の中の物質は、膵臓のβ細胞に対して、インスリンを分泌するよう働きかけているようだ」と考えられてきた物質、すなわちインクレチンの働きと同じです。そこで 「口 からブドウ糖を取るほうが、静脈注射でブドウ糖を 取るよりも、インスリンの濃度が高くなる」という 効果を 「インクレチン効果」と呼ぶようになりまし た。

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