まさに 激動の時代と呼ばれる現在ですが
今の時期だからこそ古典に学ぶことが源流だと思わずにはいられません。
私はホリスティック美容食育®︎アカデミーで 生年月日と産まれた時間を使い 分子整合医学 東洋医学陰陽五行 四柱推命を食育を使ったカウンセラーを育成しています。
今は
落ち着いた世界観でこの世を見たいと考えた末
易経典に結びついていると考えました。
易経典を学んでいます。
こちらは ビジネスについて必要な知識なので
職育セミナーなどで お話として入れたいと考えております。
四柱推命は「自分という小さな宇宙」を知るための入口。
易経は「その小さな宇宙が、大きな宇宙の変化の中でどう息づいているか」を観るための書。
陰陽五行から易への流れは
単なる「より高度な占術を学ぶ」というより、
「個人の運命観から、変化そのものを生きる智慧へ」と、視座が上がっていく過程だと捉えられます。
易経は、今流行の成功法則に比べたら、非常識な考え方のように見えるかもしれません。
しかし、紀元前からずっと語り続けられてきたノウハウです。
易には
「時流に乗る者は時流により滅ぶ」という真理があります。
三千年もの歴史の波を経て生き抜いた『易経』には、決してブレない歴史の真実があるのです。
『易経』の教えをしっかり理解し、正しい手順で実践すると、驚くべき結果が待っていました。
三千年の歴史の重みは流石です。
四柱推命が扱うものとは
🔶四柱推命や算命学などは、生まれた瞬間の「天・地・人」の気の配置を読み解くものです。
自分という個人の「命の設計図」を知るための技術です。
五行のバランス、通根、大運、流年などを通して、「自分はどういう気質で生まれ、どの時期にどんな波が来るのか」を具体的に把握しようとします。
ここで学ぶのは主に「個人の運命の構造」です。
易経が扱うものとは
易経は、個人の命式を超えた
「変化そのものの原理」を扱う経典です。
八卦・六十四卦を通して、天地の動き、時の流れ、陰陽の転換、物極まれば反るという法則を、極めて抽象的かつ普遍的に示しています。
易経は「占いの書」であると同時に、
「変化をどう観て、どう処していくか」という人生の処世術・哲学の書でもあります。
両方学ぶと大きな変化が起きますが
なかなか難しい学問です。
この流れが持つ意味合い
四柱推命で「自分の設計図」をしっかり見た後に易経へ
1. 個人の枠を超える
最初は「自分の命式を知りたい」
「運を良くしたい」という動機で始まります。
しかし学んでいくうちに、
「この設計図もまた、もっと大きな変化の法則の中にある」と気づき始めました。
ここで視点が「私の運命」から「変化の原理」へと広がりました。
2. 固定から流動へ
四柱推命はある程度「決まっているもの」を読む技術。
一方で易経は「今この瞬間にどう動くか」
「時に応じてどう変えるか」を重視します。
命式を知った上で易経に向かうと、
「運命を読む」から「運命と共に動く」へと
意識がシフトしやすくなります。
3. 技術から智慧へ
四柱推命は非常に精緻な「技術」です。
易経は技術を超えた「智慧」の領域に入ります。
卦の言葉は抽象的で、解釈する人の器によって深さが変わります。
だからこそ、命式を通して自己をある程度客観視した人が、易経の言葉をより立体的に受け取れるようになります。
4. 「知る」から「処する」へ
四柱推命で「わかる」ことを増やした後、
易経では「どう処するか」を問われるようになります。
知っているだけでは足りず、時に応じてどう決断し、どう手放し、どう動くか。
ここに「運命を生きる」という実践の側面が強く出てきます。
まとめ的な意味合い
四柱推命は「自分という小さな宇宙」を知るための入口。
易経は「その小さな宇宙が、大きな宇宙の変化の中でどう息づいているか」を観るための書。
だからこの流れは、単なる「より高度な占術を学ぶ」というより、
「個人の運命観から、変化そのものを生きる智慧へ」と、視座が上がっていく過程だと捉えられます。
あなたがすでに五行や陰陽の感覚を持っているなら、この流れはとても自然で、むしろ必然に近いものだと思います。
• 天地の変化の法則
• 時の流れ
• 陰と陽の転換
• 物極まれば反るという構造
といった、より大きな枠組みで物事を観る。
また
こちらのブログでは
易についても書きたいと思います。
食育&職育のなかで
ALOパートナーの学ぶ機会を増やしていけたらと思います
どんな人でも、
考え方を変えただけで、急に運が良くなるわけではありません。
タネ明かしをすれば、幸運と不運の扱い方を変え、
自問自答して、
あらかじめ納得のいく答えを出せるようになっただけです。
それだけで私たちの人生は大きく変わるのです。
人生は決断の連続です。
食べたものが身体をつくるのと同様に、われわれが行った決断が人生をつくります。
人生を幸せなものにできるかどうかは、すべて自分の決断にかかっているわけです。
AIがいくら発達しても、決断だけは人がやらねばなりません。
感情に流されず 人生全体を見渡す10年単位の視座をもつことや
決断を間違えたくないから、できればあらかじめ未来を見とおしたい…。この切実な想いこそが、「易経』の原点です。
出世するとは
易では 世の中のためになる事で
人前に出るという解釈です。
日本では
易経を使って「万世一系の皇統」を正当化する国体論が展開され
明治天皇に易を講義したこともあり、近代天皇制のイデオロギーを支える理論的根拠の一つとして機能した歴史的な事実があります。












