広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二です。
半年ぶりにひがき乳腺クリニックに来られた方からは、嬉しい知らせを聞かせてもらいました。この4月に、娘さんが岡山大学医学部に入られたそうです。
今のところ娘さんは、新幹線で通学されているようです。交通費はおじいさまが出されているとのこと。
私は18歳のときの自分を振り返りました。双子の息子をもつ我が家の家計では、国立大学しか受験できませんでした。
呉三津田高校から広大の医学部に進学した同級生が多かったのは、いずれも親の指示、すなわち自宅から通えば安くつくという理由でした。私と弟は、どうしても家を出て独り立ちがしたいと思いました。
そのため私は岡山大学、弟は千葉大学を受験しました。一月の仕送りはそれぞれ3万円と4万円でした。
物価の差を考慮したためでした。18歳になって家を出た私が感じた自由は、今でもはっきりと覚えています。
三度の食事も、家に帰ることも、義務ではなくなったのです。今から思えば、医師になってから今までの人一倍過酷な生活に耐えられたのも、自由な学生時代の6年間があったからだと思います。
広島で乳がんの治療をしているひがき乳腺クリニック院長・檜垣健二でした。