前回、村田沙耶香さんの『生命式』を紹介した「ゆる言語学ラジオ」つながりで、もう一冊
「ゆる言語学ラジオ」スピーカーの水野太貴さんが書いた『会話の0.2秒を言語学する』を読んだ。
前回の記事
驚異の0.2秒
会話で相手と交代するまで、平均わずか0.2秒。
このごく短い時間の中で、私たちは相手の発話を聞いて理解し、自分の返答を組み立てて、話し出しているという。
この「ターンテイキング」と呼ばれる話者交代の裏側には、想像を超える複雑な手順と、相手の意図を読み取る高度な推論が走っている
言語学の歴史を大づかみに振り返りながら、食べログのレビューなど身近な題材も交えて、日常に潜む言葉の仕組みをわかりやすく解説してくれる一冊
私が面白いと思った、関西と東北の違い
中でも私が特に面白いと思ったのは、「日本でも違う、東北と近畿」という章。
関西のコミュニケーションは、伝えたいことをすぐ口に出す傾向が強いらしい。
挨拶や相槌、お礼など、場面ごとに細かく用意された定型フレーズのバリエーションも豊富だ。
言葉を積極的に「出す」ことで、お互いの関係性をチューニングしていくのが関西の「普通」だという。
一方、東北のスタイルは対極にあるらしい
言葉をあまり口に出さず、文脈や阿吽の呼吸で通じ合うことを前提にしている。
関西のように場面ごとの定型フレーズを多用する傾向は低いという。
「失礼」と断罪してはいけない
東北の人は近い人に対してお礼を言わない傾向があるらしい
(醤油とって~!はい、ありがとう!という簡単なこと)
水野さんはこの違いを踏まえて、他の地域のコミュニケーションルールを自分の基準で失礼だと断罪してはいけない、と説いている。
関西の人から見れば東北のスタイルは冷たく無愛想に映るかもしれない。
逆に東北の人から見れば、関西のスタイルはうるさい、言葉に頼りすぎに見えるかもしれない。
どちらかが間違っているのではなく、前提としている「音楽」、つまりコミュニケーションの流儀が違うだけ、という相対化の視点が、とても面白かった。
東北の避難所での「けつあつー」のエピソードがめっちゃおもしろいので、東北の方、「これわかる~」なのか、ぜひ感想を教えてほしいです。
同じ関西でも、大阪と京都は違う
そしてこれは(洛外)京都人としての私の実感だが、同じ関西であっても、大阪のように本音をすぐ言葉に出して笑いに変える直球のスタイルと、京都のように言葉の裏を読ませる変化球のスタイルは、大きく異なる。
これもきっと、どちらが冷たいか意地悪かという話ではなく、それぞれの都市の歴史や環境の中で育まれた、対人関係を円滑にするための異なる音楽なのだと思う。
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食欲の秋、読書の秋🍂








