連載小説
「黄金色の風景」
連載第十三回
(五)の2
スコップにすくい上げた田んぼの土を両手で持ち上げて、それを彼はあぜ道に積み上げていった。また土を掘って、はこんで積み上げていった。祖父が言って聞かせたように、田んぼには、三センチから五センチほどの水を入れる。この深さをうまく調節するためには、田んぼの周囲のあぜ道を、高くしなければならない。
田んぼの土をスコップの先に突きさして、よいしょ、とかけ声をかけて、膝の高さまで両手で持ち上げてから、それを彼はあぜ道に積み上げつづけていった。また土を掘って、はこんで積み上げていった。積み上げた土を、こんどは、クワをヘラのように使って、均等に整えていった。
あぜ道は百メートルほどつづく。しんどい。息がきれる。首筋を汗がとめどなく流れる。歯をかみしめたタケルは、スコップとクワを交互に使い分けつづけていった。
深く息をするために、思わず青い空をみあげた。するとまた、自分が海底にいる小さな生き物に思えてきた。幼いころのできごとが、記憶の底から掘り起こされて、画像になって動きはじめたのである。
イネ刈りがおわると、ひあがった田んぼは、タニシたちの楽園だった。カエルと遊んでいた。土の中から顔を出して、甲らぼしを楽しんで、世間話をしているようだった。
「タニシよ、土にしっかりもぐっておらんと、子どもにとられてしまうぞ。いまにやってくるぞ」
カエルがいった。タニシが言いかえした。
「あんたもぼやぼやしとったら、ノラネコにねらわれるぞ。水がなくなった田んぼは、放し飼いのイヌや、ネコどもの天下じゃからな。タニシはカラにこもればいいが、カエルはまる裸じゃからな」
くやしがったカエルが、ゲロゲロと笑ってから言いかえした。
「空をみろよ、電線にとまったカラスどもが、ガアガアいって、さわいでおるぞ。あいつは頭がいいからな。いまにあのクチバシですくいとられて、もっていかれてしまうぞ。そうなれば、石にのせてたたかれて、タニシのあんたもまる裸よ」
そのころ、タニシとりは農家の子どものしごとだった。タケルは水バケツと竹のヘラを手に、田んぼへとりにいった。いくらでもいた。太陽の光を浴びて、のんきそうにあくびをしていた。ヘラですくい取って、バケツに投げ入れる。いっぱいになった。
持ち帰って、タニシのカラを金ツチでたたいて割る。割れたタニシを水で洗ってから、ハラワタを取りのぞいていく。あとは祖母がやってくれる。砂糖と醤油で、甘辛く煮しめると、この上なくうまいのである。こりこりして、歯ごたえがたまらない。サザエの味によく似ているのだった。