【連載小説】
風に咲く白い花
(連載第二十一回)
(五)の3
その翌日は、小雨の高崎山でサルに噛まれた。おいで、おいでといって手招きをしたら、跳びかかってきた。手を引っ掻いた。祖母の気性にそっくりだった。メス猿だったから、顔まで似ていた。タケルは飼育員に叱られた。
「悪いことをしたらいかんよ、猿に。たのむからね」
「高崎山は大分市の、最も西部にある別府市および由布市との境界にある山で、標高は六百二十八メートルであります。昭和二十七年、つまり一九五二年ごろのことでした。そのころ大分市長であった上田保が、高崎山の周辺の農家で、農作物の被害を及ぼしているサルを、その防止策として一カ所に集めて、観光資源にしようと試みたそうです」
自然動物園の案内人が、傘にかくれてハンドスピーカーで語って聞かせた。修学旅行生たちも傘やビニールカッパで、雨から身をまもっていた。案内人はつづけた。
「市長はその年の十一月に、ポケットマネーからリンゴを餌付け用にして、ほら貝を吹き鳴らしてサルを呼び込もうとしました。だが、なかなかうまくいかなかった。そこで高崎山のふもとにある万寿寺別院の、大西和尚のアイデアで、エサをサツマイモに変更したところ、人間を警戒していたサルたちは、徐々に食べるようになっていった。その後の昭和二十八年の三月に、高崎山自然動物園としてスタートしたのでした」
雨が降りつづいていたせいだった。サルはほとんど姿をみせなかった。南九州から七台のバスでのりこんだものだから、「鹿児島の田舎ザルども」と見下して、相手にしなかったのかもしれない。
祖母によく似たボス猿だけが、睨みをきかせていた。雨に耐えて、タケルをじっとみつめていた。背筋がぞくぞくして、寒気がおそってきた。
「別府は温泉が市内の各地で湧き出して、源泉の数は二千三百カ所をこえています。日本の総源泉数の十分の一を占めていて、湯の量も一日に十二万五千キロリットルと、国内で最大なのです」
ハンドマイクを手にしたバスガイドそういって、湯の町へと案内していった。一刻も早く温泉につかって、タケルは身体を芯から温めたかった。