【連載小説】
風に咲く白い花
(連載第十四回)
(三)の4
「日本ではむかしから、トウフやナットウやミソなどの大豆食品をたくさん食べている。それは長いあいだの、生活の知恵だったのである。アジアのほかの国々でも、ダイズからつくるナットウのような食べものや、トウフが好んで食べられている」
よし、とタケルは自分の手と力で、米を作ることに決めた。田んぼは学校だと思えばいい。小学校の一年生になったつもりで、米作りを勉強していけばいい。教科書は図書館にある。
「熱帯地方では、大きな川が氾濫して洪水になると、水田の深さが一メートルから三メートルになることがある。イネは水が好きだけど、すっぽり水につかってしまうと、数日で腐ってしまう。ところがイネの仲間には、一日に水が三十センチにふえても、その速さに負けないくらいにはやく茎がのびる性質をもった浮きイネという種類もある。その反対に、畑で育つ陸稲という乾燥につよいイネもある」
農業機械を手にいれなければならない。トラックターと田植え機械をタケルはまず購入した。農機具の販売店にたのんだ。どちらも安価な中古品である。新品は目をむくほど高額で、手も足もでなかった。
「米はどうして水田で育てるのか。作物は乾いた地面にうえるのがふつうである。イネは地面に水をはって水田で育てる。それはイネが水の好きな植物だからである。イネの原産地である東南アジアでは、湿地や沼地にイネが生えている」
農業用の機械類を運転するのは、初めてのことだった。関西での生活で、乗り物は自転車だった。職場へは乗用車を使ってはいけないことになっていた。電車やバスが多く走っているから、通勤に自家用車は禁止されていた。
「水田の水は養分がいっぱいある。畑ではどんな作物をつくるにも肥料がいる。水田につかう川の水には、山や平地を流れているあいだに、たくさんの養分がとけこんでいる。あるていどの収穫であれば、肥料はほとんどいらない」
トラックターの高い運転席にのって、冬のあいだは眠っていた田んぼを起こしていった。右と左の手と、ふたつの足を要領よく使いこなして、機械を操作していかなくてはならない。ディーゼルエンジンの音と振動がはげしい。鉄をつくる工場のなかにいるようだった。
「田植えの時期は、気温が摂氏十三度をこえる五月の連休のころから、六月の上旬がいいとされている。このころに田にイネを植えると、八月の上旬にイネに穂がでてくる」
広大な田んぼのなかで、トラックターを低速運転にして進めていくと、後輪のうしろのロータリーが激しく回転して、田んぼの土が掘り起こされていく。するとそこで、眠っていたカエルやミミズなども起こされて、あわてて跳びだしていく。
「米は毎年育てられる。畑ではおなじ場所におなじ作物をつくっていると、きちんと世話をしていても、作物にだんだん元気がなくなっていったり、病気になったりする。それは土の中の肥料の種類がかたよってしまうのと、作物の病原菌がふえるためである」
トラックターで田んぼを起こしつづけていると、どこからともなく野鳥たちがやってくる。カラスがまずやってくる。スズメが忍びよってくる。ムクドリがつがいになって、うれしそうな鳴き声をあげながら舞い降りてくる。鳥たちはこの日を待っていたようだった。